お散歩日和
バリエに来て7日目。
毎日が平和で淡々と同じように1日が終わっていく。
朝早くにバルサさんを見送り洗濯や掃除をする、午後になるとラウラさんがやってきてハーブティーを出し、おしゃべりをしてルイスからの手紙を受け取る。夕食だけは交代で考えているので時間にもゆとりができたし毎日が同じように穏やかに過ぎていく。
ただ、そうなると不思議なもので欲張りな自分が顔を出し始め私の弱い心は不安に飲み込まれそうになっていく……
今日は珍しく午前中のうちにラウラさんが来て、夜ご飯の当番はエレナちゃんだ。
エレナちゃんの作る夕食を一緒に考えようと思ったのだが『私にやらせて下さい』と断られてしまった。頼もしく成長してくれるのは嬉しいものだが少し寂しかったのも事実……。
でも何かあったら手を貸せば良いんだ、今はエレナちゃんが上達するのを見守る事にしよう。
お陰で午後は時間が空いて暇ができてしまった。
何をしようか悩んだが今日は1人でバリエの街を散策することにした。楽しみだ。
「でも、どこから行こうかな? あ、そういえば…」歩き始めてからどこに行こうか考えるエリサ、不意に数日前の夕食でのバルサさんとの会話を思い出した。
…………◇◇………◇◇………
「この街は用途に合わせて区画が整理されています。例えばこの屋敷の周辺は住居区、兵士の宿舎もこの辺りにありますので治安は最高に良いです。ここから西に向かうと食料品を扱うお店が多いい市場が、そしてそのすぐ先には様々な物を売る商店街が広がっています。また郊外に進むと様々な物を作るための工房が集められています、そこは家具や調理器具はもちろんガラスの工芸品や武器、防具なんかも作られているんです。まぁ時間があるときにでも行ってみると面白いと思いますよ」
………◇◇………◇◇………
「よし!まずは商店街だ♪」エリサはスキップほどではないがリズミカルにそしてテンポ良く歩き始めた。
今、自分は夢にまで見た首都のバリエにいる。ラージュとは比べものにならないくらい街は人で溢れ活気に満ちている、そしてエリサの目に映るお店はどこもお洒落で品揃えが豊富だ。何よりどこのお店もお客さんでいっぱいなのが凄い。
「うわ〜ここのレストラン美味しそう〜。一回食べに行きたいなぁ…」木組みの建物にガラス張りの外観で窓の内側には観葉植物が並べてあり目隠しのようになっている。
店内は良く見えないが外にメニューが置いてあるので覗いてみる。マスのムニエル、マスのグリエ、魚貝のポワレ、エビのグラタン、ムール貝の蒸し煮。
「へぇ〜」以外と魚介料理が多い、しかし海の魚や貝類は目が飛び出るほど高くて驚いた。
「えぇ?私のお店の3倍はするよ………でも…美味しそう!」その値段が見間違いではないかと思い3回ほど見直したが間違いではない
「いらっしゃいませ!どうぞ〜」メニューを見ているエリサをお客と思い女性の店員が中から出てくる、しかも上品そうな上に素敵な笑顔だ。
「あ、いえ、すいません、ま、また今度来ます」慌てて少し声が裏返るエリサ。見ていただけと言えずに恥ずかしそうに足早にその場を離れた。
そうだよなぁ、あんな食べたそうに見てたら声をかけるよね…普通は…
気を取り直し、しばらく歩くと、ふと横の店内から綺麗なメロディが流れてきている事に気がつく、思わず立ち止るエリサ。
ん?…ぁ……
通り過ぎそうになった脇の店の小窓を覗くと見たことのない数のオルゴールが並べてある。
「わぁ、オルゴールだ」
しかもこんなにたくさんのオルゴールなんて初めて見た…
オルゴールの音に誘われるように店中へ入るエリサ。幾つかのオルゴールはネジが巻いてあり曲がかかっている。ゆっくりと流れるような曲、アップテンポな曲、聴いたことのある有名な曲も、複数の曲が交じり合い新しい1つの曲のように聴こえるから不思議だ。
そして、このオルゴールの暖かくて優しい音色、店の中にいるとオルゴールの音に包まれて夢の国のような雰囲気になる。
素敵だ。
あ、そうだ、ルイスにプレゼントしよう!
「……」色々と手に取り耳を近づけ曲を聴いてみる。どれも可愛い装飾がしてあり癒される曲ばかりだ。
しかしすぐに葛藤が始まり、それが諦めになるのにそう時間はかからなかった。「……うぅ〜…」今のエリサには値段の張るものばかりなのだ。
エリサは「はぁ」と小さな吐息を漏らし、手に取ったオルゴールを棚へと戻す。
ちょっと…たかい…かな……アンネさん達にお土産も買いたいし、身の回りの物を少し買わないといけない。
……次のお給金が貰えたらもう一度来よう。
一応、幾つかのオルゴールに目星をつけ今日のところは諦める事にした。しかしこの商店街にはお店が沢山ある、他にも良いものが有りそうな雰囲気にエリサの期待は膨らむ一方だ。さらに人々の活気と、この華やかな街がエリサの気持ちをさらに楽しくさせてくれる。
「あっ!ここも入ってみよう」次に目にしたお店は文具店だ。ルイスに出す手紙に使える便箋が欲しかったのだ。
そこには様々な色や質感の便箋や封書が置かれていて値段も手頃だ。書き心地の良いペンもある。
「わぁ、うんうん、良いなこれ!」
ふと脇にペーパーウェイトが並んでいる事に気がつくエリサ。
「ん……これ、良いかも」
動物の形をしたものや野菜や果物の形をしたものまであり面白い。どれも初めて見るような商品だ。エリサは「これにしよう!」とすぐに決めた、それは枝にブドウの房が連なるように形作られたペーパーウェイトだ、しかもブドウの実のところはガラス細工になっていてキラキラと宝石みたいに輝いている。
今のエリサには買えるものも限られているので仕方ないものの、衝動買いのようにすぐ決めてしまったのは少し気がひける。それでも良いものを選んだと満足もしている。
うん、明日ラウラさんが来たら一緒に持って行ってもらおう!明日のことを想像して「くすっ!」と1人ほくそ笑んでしまう。また『私は宅配屋じゃないですよ』なんていいそうだけど大丈夫だ、ラウラさんが結構優しいことがわかってしまったのだから!
…………………
しかし翌日ラウラさんにお願いすると…
……………………
「イヤです!」
「え?あの…ラウラさん…どうして…」まさかの拒否に戸惑いが隠せないエリサ。その言葉に動揺が隠せない。
「ん〜〜……」不機嫌そうに悩むラウラ。
「大きくないし、それほど邪魔にはならないから…」
「ゔ〜〜」今度はしかめっ面になる。
「……」
どうして良いかわからず黙り込んでしまったエリサを見ながら、かなり困ったような表情で確認をするようにラウラが尋ねた。
「それ……プレゼント…なんですよね!?」
「う、うん。だから…お願い」
「だからイヤなんです?」
「??」一瞬意味が解らなかった。どういう事?
「ですから、ちゃんと自分の手で渡して下さい。そういう大事なものは本人が渡さないと意味がないです」
「っ!!…」
それはわかっている…。
バリエに来てすぐにルイスに会えた。でもそれから一度も会っていない。
このもどかしい気持ちを少しでも晴らしたい、どうにかしたいと毎日考えている。でも手紙だけでは伝えきれないこの想いが……手に届きそうな距離にいるのに会いたいのに時間だけが毎日過ぎていく……もしかしたらこのまま会えないでラージュに戻るのかもしれない……最近はそんなことも頭をよぎり、考えれば考えるほどこのもどかしい気持ちが募り押しつぶされてしまいそうになる。
だから…せめて私からの贈り物が近くにあれば、私を忘れないでもらえるかもしれない。ただそれだけ…
でも…「でも、会えるなら…会えるなら私も会って直接渡したい。でも…私はお城には入れないし…いつルイスに会えるか…」
ラウラはしばし思いつめた表情のエリサを見つめたあと静かに口を開いた。
「……あと少し…」
「え?」
「あと少し待ってください。もうすぐ落ち着くと思いますすから」
「…?」
「じゃ、そういう事で…」
「え、あ、ちょっと…」
ラウラはそう言うと急ぐように外へ出た、珍しくハーブティーを残して帰ってしまった。