晴れ時々料理そして恋
ファルネシオ国の首都バリエ、ここにエリサ達が到着して5日が経った。
今日は朝から天気も良く、屋敷の庭に出ると木々と建物の間からルイスのいるお城がよく見える。それは青と白を基調とした色をしていて、それがさらに夏の青い空と真っ白な入道雲と重なり合いとてもキレイだ。
バリエに到着した初日ほどの驚きはないものの、その美しさと雄大さは何度見ても飽きないし見入ってしまう。
「それにしても大っきなお城だね〜」エリサは洗濯物を干している手を休めてしばしお城を眺めていた。
「あそこに人が住んでいるなんて信じられないです…」エレナも一緒に見入ってしまう。
良く晴れていて少し風も吹いているので洗濯物は早く乾きそうだ、風になびく髪を抑えながらエリサはラージュやディベスの海風を懐かしむように空を仰いだ。
この高くて青い空と大きくて真っ白な雲はラージュと一緒だ…
到着してからというものバルサさんは毎日、毎日、朝早くからお城へ行きラージュ復興の話を進めている。そして帰りはいつも夜遅い。
さらに兵士達は全員バリエから海賊討伐でラージュに来ていた王国の騎士だ。当たり前だが家も家族もここバリエにあるため今は交代で帰省をさせている。
バルサさんと一緒にお城へ行くお供は1人。そして屋敷に警備として残るのは交代で4〜5人だ。
あれだけ沢山いた兵士もこれほど少なくなると少し寂しいものだが、私の仕事は変わらない。数に関係なく、みんなのために毎日料理を作るだけだ。
ただ、1つだけ大きく変わったことがある、時々というか頻繁にラウラさんが屋敷に顔を出すようになったのだ。
理由はふたつ。
………◇◇………
「エリサさ〜ん、ハーブティー飲みたいです!」ラウラはやってくると必ず開口一番で挨拶よりもハーブティーの催促をしてくる。これが理由の1つ目。
そしてハーブティーを淹れたあと、私がソワソワしている姿を楽しむように眺めた後もう1つの理由である手紙を私に差し出す。
この手紙を受け取った時の私の顔はどんな表情なんだろうか?ラウラさんには「焦らせば焦らしただけ面白い顔が見れて楽しい」と言われた。
ラウラさんが持ってきてくれるこの手紙はルイスが私宛に書いてくれた手紙!ラウラさんは城の外へ用事を言い使った時のついでにここまで持ってきてくれるのだ。
初めての手紙はバリエに着いた二日目の午後だった。「昨日の朝食美味しかった!ご馳走様。ルイス」というたった一文のメモのような手紙を持ってきてくれた。あまりにも嬉しくてその文章に対して私が返事を書いたら、またラウラさんが次の日に手紙を持ってきてくれたのだ。
ひょんなことから始まった文通のようなやりとり、話したいことはいっぱいある、聞きたいことも沢山ある、こんな手紙じゃ書ききれないほどに…。
私が返信の手紙を書いている間、ラウラさんはハーブティーを飲んで待っていてくれる。何も言わずに。
でも手紙を書き終えラウラさんに手渡すと必ず「私は郵便屋さんじゃないんですけど」と笑いながら言うのだ。
………◇◇………
今は、凄く幸せな気持ちだ。ルイスからの手紙を受け取るたび心の中の小さかった灯火が大きく弾けるように燃え盛る。
手紙を受け取るたび身体は熱くなり気持ちが高揚するのもわかる。
そして…
ドキドキが激しくなり治らないのだ
この手紙はルイスが書いてくれたもの。そう、ネックレスの次に私がルイスからもらったプレゼントのようなものなんだ……なんだかルイスの匂いもしてきそうな気がする…
そう思い午後のキッチンで手紙を読み返しながら匂いを嗅いでみるエリサ。
「…………?………匂いはしないか」
「・・・・エリサさんってそう言う趣味があったんですかぁ?」
「ひぃあっ!」
怪しい雰囲気のエリサをキッチンの入り口から「じ〜〜〜っ」っと見つめるラウラ
「あ、あゎ、わ、いぇ、あの、べべ、別にそう言うのじゃ、なくて…いや、あのいつからそこに?」
「ん〜、上の空で口元からヨダレを垂らしている辺りからです!」
「っん!!」すかさず口元を拭うエリサ。
「そ・れ・よ・り!ハーブティー飲みたいです!」
ここバリエでは手に入らない食材は何も無いと言っていいほどなんでも売っている。東西南北に繋がる交通の要であるだけでなく首都ということ、市場がいくつもあり、それぞれの市場で売っているものが微妙に違う。 ハーブも沢山売っていて買い物に出るとなにを買うのか迷ってしまう。
そんな中で今日選んだハーブはラベンダーだ。
「はい、どうぞ!それと…クッキーを焼いたから一緒に食べて!」
「おお〜!……はむ…」すかさずクッキーを口に放り込むラウラ。
「ん〜〜〜!〜〜!!おいひぃ!!!!!ほろほろしていて口の中で溶けていくような感じがたまらないです!」足をバタバタとさせて子供のように喜ぶラウラ。
こんな姿だけを見ていると可愛い妹のようなんだけど、年上なんだよね…しかも王国の騎士…
「…うん、良かった!スノーボールクッキーって言うのよ、粉砂糖が真っ白な雪玉みたいでしょう!?」
「うん、うん」
「それと、これを、その、あの、ルイスにも…持って行って…もらえるかな…?……」
恥ずかしそうに出された袋にはクッキーが入っている、少しくらい食べて減ったとしてもわからないくらいくらいの量だ。
「……ま、良いですよ」ラウラはクッキーを見ると2〜3個食べちゃおうかなと思いながら承諾した。
しかしそんなイタズラを予想していたかのようにもう一袋出てきた。
「ほんと?ありがとう!あ、ラウラさんの分もまだあるからこれも持っていって」
ルイスより小さめの袋だったが、まぁ仕方が無いと思いつまみ食いも諦めた。
「はぁ、郵便屋さんの次は宅配屋さんか…」
「うん!ありがとう」ラウラの軽口は少し照れ隠しな部分があることに気がついている、もちろんそうでは無いこともあるのだが、エリサは笑顔でお礼を言った。
いつもハーブティーを飲んで、私からの手紙を受け取ると長居はせずにすぐ帰ってしまう。最近は、あれこれとルイスからのおつかいが多いらしく以外と忙しいらしい。
そんなラウラを見送りに外へ出ると陽射しは強く、その眩しさに眼を細めるエリサ。
庭先では残っている兵士達がカロンに剣術の稽古を受けていて、それを横目で見ながらラウラは歩いた。
「あんた、踏み込みが大きいから隙ができてる!」
「……っ?…あ、ありがとうございます!!」不意に投げかけられたラウラのアドバイスに驚き恐縮するクロード。
そんなラウラをカロンがニヤニヤとした顔で嬉しそうにしている。
「ちゃんと見てやんなさいよ!」
「はい〜!」少しずつラウラが変わっているのを見て嬉しそうに返事をするカロン。
そんなラウラと入れ替わりに買い物に出ていたエレナが戻ってきた。ここバリエは治安が良いので女性が1人で出歩いても何も問題は無いため、今は交代で買い物に行き、料理も交代で考えて作っている。そして今日はエレナちゃんの当番だ。
「あ、ただいま!エリサさん」
「おかえりエレナちゃん」
「今日もラウラさん来ていたんですか?」
「ええ、今帰ったところよ、で?今日はなにを買ってきたのかなぁ?」エレナの持つ買い物かごを覗き込むように見るエリサ。
「はい、今日は美味しそうな豚肉の肩ロースがあったので買ってきちゃいました!」持っていたカゴにかけてある布を外し中身を見せるエレナ。
「へぇ〜、いいね、いいね! で、何を作るのかな?」他にも美味しそうな野菜が入っていて目を輝かせる。
「へへ、これをグリルしてマスタードソースを作ろうかと思います」
「っ!美味しそう〜〜」
「はい、うまくできるか心配なんですけど、お父さんの得意な料理なんです!」
「うんうん、エレナちゃんなら大丈夫だよ!私も手伝うから」
「はい、お願いします」エレナはホッと安心したような笑顔で嬉しそうに返事をした
何気なく言ったエリサの『私も手伝うから』という言葉で凄く安心できる、どんな料理でもエリサさんと一緒なら作れてしまいそうな気がするから不思議だ、でも今までも実際に作ってこれた。きっと今回も大丈夫だ。
この時期は日が長いためまだ明るいうちから仕込みを始める、今日のように良い天気な日は屋敷の中に西陽が当たりとても明るい。外ではまだカロン達が剣の稽古をしているようで木刀の交わる音が絶え間なく聞こえている。
「それじゃぁ作ろうか!」エリサがいつものように腕まくりをする。
「はい、お願いします」
豚肉は焼き網に乗せてじっくりと香ばしく焼きあげる。エレナの緊張が近くにいるエリサにも伝わってくるが以前より安心して見ていられる。
少しずつ脂身のところが焦げて香ばしい香りが食欲をそそる。
豚肉を焼いている間にエレナはソースも作る、刻んだ玉ねぎとニンニクを炒めたら白ワインを入れて煮詰める、そこに鶏ガラのだし汁を入れたら、マスタードをたっぷりと入れるのだ。あとは塩を入れて味を調整すれば完成。マスタードの香りと酸味が豚肉の香ばしさと相まって絶妙な味わいとなる。
サラダと付け合わせに添える野菜のグラッセやマッシュポテトはエリサが作った。
「…どうでしょう?」味見をするエリサを不安そうに見つめるエレナ。
「うん!すっごい美味しいよ、エレナちゃん」
「ほんとですか?」
「今までで一番好きな味だな!」
「へへ、ありがとうございます。でもお父さんの味はもっとこう、何ていうか力強い味がするんですけどね、ちょっと違うんですよ」
「ううん、良いんだよ!これで、料理は真似するだけじゃ上達はしない、作る人の特徴が出ないとその本当の美味しさは食べる人にも伝わらない。これはエレナちゃんらしさが出ていてすごく良いと思う。食べた人が喜んでくれる味だよ!」
「私らしさ…ですか…何だか、はずかしぃですぅ…」