首都バリエ
書斎ではルイスが心配そうに窓から外を眺めている。
陽は傾き始め、空は紅く染まり綺麗な夕陽が山に落ち始めている。
「おかしい…届いた手紙では昼過ぎには到着している筈なのに…しかもラウラも戻ってこない……何かあったのか?」
湿気を含んだ生暖かい風がまとわりつくようでルイスの気持ちを少しイラつかせる。
…………◇◇…………◇◇………
「あ?そろそろかな…」ラウラが荷馬車の後ろから紅く染まり始めた外を眺め一言呟くと「お〜い!キツネ目のヤツ〜」後方にいるアルミンを呼び始めた。アルミンは慌てて馬を走らせエリサ達が乗る荷馬車の後ろまでやって来た。
「はい、ラウラ様!」いつにも無く真剣な表情を見せるアルミン。
「あ、もういいよ」
「え?」
「え?じゃなくてもういいって!馬を返して」
「あ、はい……えっと…」走る馬車の中から馬を返せと言われどうしていいかわからずキョロキョロと辺りを見渡すアルミン。
「ああぁ、もう!手綱を渡しなさい」
「えっ?ぁあ、は、はい!」ラウラの声に怯えるアルミン、言われるがままに持っていた手綱を前方に放り投げるとそれを受け取ったラウラが起用に馬を操る。
そしてエリサ達が『まさか?』と思っていたことを次の瞬間行動に起こした。
「よっ!っと…」ラウラが荷馬車の幌をかけてある外枠に手をかけて空中ブランコのように外へ飛び出した。
「きゃぁっ!!」エリサとエレナが思わず叫び目を閉じる。しかし何も変わらず馬車が進んでいることに気がつき、恐る恐る目を開けるとアルミンの目の前、鞍の上ギリギリのところに曲芸のようにラウラが立っていた。
ラウラは立ったまま器用に馬を止めるとアルミンを下ろして何事もなかったように馬に乗り始めた。
「エリサさん、私はルイス様に報告があるので先に行きますね。パスタとハーブティーごちそうさま!」夕陽を背にしたラウラのその笑顔はとても可愛らしく、でも本当に騎士なんだと思えるほどかっこ良く見えた。
ラウラはエリサ以外の人間には挨拶もせずものすごい勢いで馬を走らせた、そんなラウラを誰も気にかける様子も無く馬車は何も変わらず前へ進む。はるか後方で突然馬から降ろされたアルミンがアランの馬に拾われているのが見えた。
ここまで来るとさすがに緊張してくる。もうバリエが目の前にあるんだ、そこにルイスがいる!
さすがに着いて直ぐに会えるとは思わないが早く会いたい……
馬車は夕陽に染まる真っ赤な空の下、小高い丘を下り始めた。いつものようにエレナちゃんと他愛もない話をしていると馬車の外からエリサ達を呼ぶ声に気がつく。
「エリサさん、エレナさん」
開いている幌の向こうに馬に乗ったカルロスが、声をかけていた。
「はい!」二人とも慌てて移動する。
カルロスは特に慌てている様子も無く和かな表情を見せているので、面倒なことが起きたわけではないという事は理解できた。
「もう少し進むと右手にバリエの街並みが見えます、お二人は始めてなので教えてこいとバルサ様が」
そう言われてカルロスの指差す方を見るエリサとエレナ
馬車が左カーブを曲がり始めると目の前の樹々が無くなり開けた風景が見えてくる。
二人の目の前に現れた景色は今まで想像していた以上の、いや想像などはるかに超えたとんでもない景色が眼に飛び込んできた。
「………!!」
「…!!………」
「この丘を下ればそこはもうバリエの街です、長い道のりお疲れ様でした!」カルロスはそう言うと列の前の方へ戻って行った。
「………エレナ…ちゃん…」
「…はい……エリサ…さん………」
二人が見ているバリエの街は夕陽に染まり燃えるように真っ赤になっている。その街並みの中に教会の大きな建物が幾つか見える、その中には教会以外の建物も幾つかある。コンクスの教会も大きかったがそれと同じかそれ以上に大きいかもしれない。しかし教会以外の建物はなんだか見当がつかない。
あれがお城かな?
馬車が進むにつれ視界は開け街の大きさがよく見えてくる。始めに見えた街並みだけでもラージュの数倍はあった、しかしどこまでも続く街並みはどんどん広がりエリサ達の目の前に広がっていく。
街の奥の方は霞んで見えなく、その広大な街並みは確実にラージュの数十倍はありそうだ。エリサは以前にルイスが『バリエの広さはラージュの50倍はある』確かにそう言っていたことを思い出したが目の前に見える街並みはどう見てもそれ以上に感じる。呑み込まれそうな広さと高い建物。
声も出せずにただただ呆然とバリエの街並みを見下ろしていた次の瞬間驚く物が眼に飛び込んできた。
「っ!!」
「ぁ………」
先ほどお城かと思った建物が犬小屋なんじゃないかと思うくらいミニチュアに感じるほと巨大な建物が見える。誰がどう見てもわかるであろうその建物はお城だ。それは雲にまで届くのではないかと思うくらい高く、1つの山と言っていいほど巨大だ!
そして夕陽に照らされたお城はガラスや装飾がキラキラ、キラキラと輝きまるで宝石でも散りばめてあるのではないかと思うほど美しい。
二人はその規格外に思えるほどの首都バリエに、驚きとも恐怖とも言えないような感情に襲われ声を震わせた。
「わ、私達…とんでもない所に来ちゃったみたい……」
「……はい………」
…………◇◇………◇◇………◇◇………
ちょうど陽が沈み暗くなってきた頃ラウラがルイスの元に帰ってきた。
「ただいま戻りましたルイス様」
「ラウラ!遅かったがどうした?何かあったのか?」慌ててラウラの近くに駆け寄るルイス。
「大丈夫です、ただ、ベルニ村の近くで馬車が壊れておりましてその修理に手間取っておりました。西の見晴らしの丘まで共に戻ってきましたので、あと数刻のうちに到着するでしょう、明日にでもお会いになればよろしいかと思います」ラウラはまず与えられた任務の報告を的確に済ます。その姿は第3皇子の側近らしい真面目な立ち居振る舞いだ。
「ああ、よかった。バルサは変わりなかったか?」不安が消え笑顔の戻るルイス。
「ええ、皆さん変わりなくとても元気でした」少し『皆さん』というところを強調するラウラ、もちろんその皆さんにエリサも含まれるのだがそれは秘密な為口元がニヤつく。
「ところでぇ、明日は朝一でバルサさんのところへ行きませんかぁ?」報告が終わり素に戻るラウラ。
「ああ、そうだな。早くバルサに会いたいしな!話したいことも沢山ある」
「くすっ…では明日!」思わず笑ってしまうラウラだったがそんな事は気にならないほどルイスは嬉しそうにしていた。