くせ者?
朝になると水田から吹いてくる風はなんとも心地良く、ここ最近の暑さを和らげてくれるように涼しげで爽やかな朝の匂いを運んでくる、しかしよく晴れた空に眩しい太陽、今日も暑くなりそうだ。
エリサ達は村の人達にお礼を言うとベルニの村をあとにしバリエへと急いだ。
しかし村を出発してすぐに一台の馬車の車輪が外れてしまい急遽足止めをくらってしまうこととなる。
ガシャーン、という大きな音とともに数頭の馬の鳴き声、前の方が急に慌しくなる。
「っ?なに…」
「どうしたんでしょう?」
エリサとエレナが幌から顔を出すと皆が慌てて前の方へ急いでいる。
その光景を見たときは盗賊か何かが襲ってきたのかと身体が強張ったが一人の兵士が通り過ぎざまに「馬車が壊れたみたいです!」と教えてくれたので嫌な緊張感はすぐにおさまった。
馬車は向かいから来た馬車とすれ違う時にたまたま窪みにはまってしまったらしい。壊れた車輪はアラン、フール、アルミンの3人が修理をすることになったのだがかなり酷い壊れ方をしているらしく苦戦している。
結局その3人がベルニの村まで戻って同じ大きさの車輪を探すことになった。
おかげで以外と時間がかかってしまいそうなのでエリサとエレナはお茶を用意することにした。
私達に出来ることはこれくらいだ!
「あ、エレナちゃんもう少し小枝を取ってきてもらえるかな?」
「はい」お湯を沸かすために火をおこしていたが消えそうになってきたのでエレナが茂みに入っていった。
「あ〜、ハーブティーですかぁ?」カロンが近寄り様子を見に来た。何やら暇そうにしている。
「はい、少し長引きそうでしたのでみんなに飲んでもらおうかと思いまして!今日も暑いのでレモングラスとミントを合わせて爽やかな感じにしてみようと思います、それにこれは冷めても美味しいんですよ」
「へぇ〜美味しそうですねぇ、楽しみですぅ」カロンは本当に暇らしくエリサの近くでハーブティーを淹れるところを興味深そうに眺めている。しかし昨夜は酔っ払っていたとはいえ少し揶揄われたのでなんとなく警戒をするエリサ。
「エリサさん、これくらいで足りますか?」エレナが小枝を集めて戻ってきた。十分な量だ。
………………◇◇………………◇◇………………
同じ頃、ラウラはバリエを離れコンクスまでの街道を馬に乗ってのんびりと進んでいた。
「あ、あつい…」すでに陽は昇り、気温もグングンと高くなっていっている。水筒の水を一口飲むと馬の首に抱きつくように倒れこみ、そのままの姿勢でとても器用に、そしてゆっくりと馬を進ませる。
すれ違う旅人や商人達が奇異な目で見ているが全く気にしていない。それどころかやっぱりこの任務と言えないような退屈な任務を断ればよかったとさえ思っていた。
「う〜、面倒くさいぃ〜、なんで私がバルサのお迎えなんか……この辺りは安全だし大丈夫でしょうに…」子供のようにふて腐れながら馬の立て髪に顔を埋める。
「………ぷはぁ!…うぅ〜こうなったらさっさと合流してバリエに戻ろう。暑くて死にそうだ!」
ラウラは気を取り直し、勢いよく馬の脇腹を蹴ると物凄いスピードで馬を走らせた。
真剣な表情で馬を走らせ、しかも騎士の正装に身を包んでいるため街道を行く旅人や行商人達は何かあったのかと勘違いをして道端に避ける。お陰で走りやすいのでラッキーと思うラウラ。
しばらく馬を走らせるとかなり前方だが数台の馬車と馬が見えた、人も沢山いる。
ラウラはその不自然な状態に気がつき馬を止めて目を凝らしながら探るように遠くの集団を見た。
「……?…ん〜?……馬車が壊れてる?…何かあったかな…盗賊?」ラウラはその異変に気がつくと馬を近くの木に結び付け、気づかれないように脇の林の中から近付くことにした。
林の中の道なき道を進むラウラ。
「あ、クワガタみっけ!ラッキー」取り敢えず胸の所へブローチのように付けてまた進む。
かなり近づいたところでラウラは木に昇り気配を殺して様子を伺うことにした。辺りに他の人の気配は感じられず不思議に思う。
「……あ、やっぱり、多分バルサ達だ…どうしたんだろう…もう少し近付くか……」
馬車の周りにいる兵士の服装を見てファルネシオ国の騎士だったので、すぐにバルサ達と理解できた。しかしバルサの姿がまだ見えない、何かあったのかと不審に思いもう少し近付くことにし、器用に木から木へと飛び移るラウラ。
かなり近づいたところで木の上から様子を伺う。
「なっ?」その光景に驚き思わず出た声を呑み込み慌てるラウラ。
ちょちょ、ちょっと…なんでエリサさんがいるの?ってしかもカロンまで居るじゃない。カロンがいれば盗賊くらいどうって事ないはず…いやそれより…エリサさんがなぜ?
しばらく状況が理解できず混乱する。
…………◇◇………………◇◇………………
「乾燥のハーブだから香りは弱いけどそれでも十分美味しいはずよ」カロンがあまりにも暇そうにしているので説明しながらハーブティーを入れる事にした。以外と真面目に聞いてくれているので驚いている、でもこういう事に興味を持ってくれるのは少し嬉しかったりもする。
すると突然カロンが立ち上がりエリサの後ろに回り込んだ。
「おーいカルロス!!」そして近くにいたカルロスを呼ぶとそこに立たせ、ヒソヒソと笑顔のまま小声で何かを耳打ちしている。
(うっ?また何かやろうとしているのかしら…また虫?)エリサが昨夜の事を思い出し警戒をすると突然小さなナイフのようなものを林の中に投げ込んだ。
「へっ?」一瞬の事で理解できないエリサ。
「くせ者だ!!」次の瞬間カルロスが叫びながら剣を抜きエリサとエレナの前に立ちはだかるとカロンはそのまま剣を抜き林の中に物凄い勢いで走り込んだ。いつもと違うカロンの鋭い顔つきが一瞬だけ見えた、背筋が凍りつくような恐ろしい殺気は素人のエリサにも十分わかるものだった。
やばい、何かあったんだ。
「エレナちゃん、こっち!」そう思いエレナちゃんを抱き寄せカルロスの後ろに身を小さくして隠れるエリサ。
ナイフを投げ込んだ先で『どさっ』という物音と共に大きな塊が木の上から落ちてくる。
「シッ!!」カロンはそのまままっすぐ走り込むと落ちて来た塊に向かって容赦なく斬りつける。
「な、あ!、ちょちょちょっと…私だってば!…………カロン!」
キンッ!キンッ!という金属のぶつかり合う音が二回聞こえ静かになる。
「ん?あれ〜?ラウラさんですかぁ?」細い目でいつものようなノンビリ口調に戻るカロン。しかしその手に持った剣先はラウラの喉元の手前数センチのところでラウラの短剣によって受け止められていた。
「っ……… あ、あの〜、剣を退いてもらえないかなぁ?」ラウラがその剣先を見つめ息を呑むと困ったように尋ねる。
「ん〜………あなたぁ本物ですかぁ?」
「え?…………?………どうして疑うのよ〜??」ラウラがあり得ないとばかりに大きな声で叫ぶ。
「はは、冗談ですよ〜」カロンは、にこやかにそう言うと剣を鞘に収め林の中から外へと向かう。その姿を見てラウラは「はぁっ…」と大きく息を吐きながら立ち上がり後を追った。