信仰心
結局コンクスに到着したその日は時間に余裕があったため3箇所の教会をハシゴして祈りを捧げることとなった。何よりバルサさん達が行きたくて仕方がないといった感じだった。
トローム教会、シアム教会、共に受付の若いシスターはエリサが名乗っても他の人達とと変わらない対応で中へ通してくれた。
サントクワテロ教会のシスターがエリサを見たときのあの反応が気になっていたが他の教会のシスターは何も反応を見せなかったので深く考えることをやめた。やはり誰かと勘違いしたか、同姓同名でもいたのだろう…
「でも…」 ふと洗礼名を名乗ったときの驚いたような顔が頭から離れなかった…そういえば初めてルイスとバルサさんに名乗ったときも驚いていたような気が…
しかし結果としては余計なことはあまり考えずに教会見物をエレナちゃんと楽しむことができたのだ。しかも今日は夕食の仕事が無いということで気持ちも楽だった。
すでに宿屋の夕食も済ませ部屋でくつろぐエリサとエレナ。
「ねぇエレナちゃん、今日は面白かったね!」ベットに腰掛けニヤニヤしながら話しかけるエリサ。
「ええ、皆さん熱心に祈っていましたね」エレナは思い出しただけでニヤついてしまっている。
それもそうだろうほとんど信仰心の無い二人と教会信仰と共に生活をしている貴族とでは価値観に大きな隔たりがある。
祈りを捧げているクリスタルなどただの宝石にしか見えないし、神や天使が描かれている壁は『趣味の良い絵画』程度の感覚だ。綺麗な装飾や神聖で厳かな雰囲気は見事だと思うがクラウスの屋敷の悪魔崇拝のような装飾を見た後なので極端に感じてしまうくらいだ。
「でもどうしてですか?エリサさんはご両親もお爺様も熱心な信者でしたのに…私の家庭はそういうのはまるっきり無かったから…」エレナは教会での作法や訓えに詳しいエリサがほとんど信仰していないということが不思議だった。
「うん、私も小さい頃はもう少し信じていたよ! でも、祈るだけじゃ何も変わらない、現実を受け止め、自分で変えていかなくちゃダメなんだって思うようになったの! 今回のラージュのことでそれは心の底からそう思ったわ…」エリサは少し悲しそうな表情で話す。
「あ、でも信仰しているひとを馬鹿にしているわけじゃ無いんだよ!信仰する気持ちはわかるんだ、自分もそうだったから…」
「エリサさん…」多分何かがあったのだろう、エレナはそれ以上聞いて良いものか戸惑い少しお互いに無言となった。
「エレナちゃん…今回、私達はクラウスの反乱で家や仕事を失ってしまったわ、でも神を信じている人達は『命が助かったじゃないか、君たちはバリエに向かっているじゃないか、全て神が見守っている証拠だ』って言うと思うの」
「じゃぁ何故?何故お父さんとお母さんは突然私の前からいなくなった?何故軌道に乗ってきた酒場は海賊に襲われるの? 何故店も家も燃え、家族の思い出までも全て失わなくちゃいけないの?」エリサは涙を我慢しながら話し始めた。
「もちろん救いの手を差し伸べてくれた人は沢山いた。だから今こうやって生きている。でもそれが神のお導き?祝福なの?………違うと思ったわ、それを神に感謝をするなら、私は神に感謝をしないで手を差し伸べてくれたその人に感謝する!私は目の前で手を差し伸べてくれるその人の手をにぎりしめ絶対に離さない」
「私ね、お父さんとお母さんが突然漁から帰ってこなくなったとき毎日神に祈ったわ、朝も昼も夜も、もちろんその前からお父さんに連れられて礼拝には定期的に入っていた。
怪我をしていてもいい、生きて私の前に戻ってきて欲しい…全てを失っても、どんな苦労が降りかかっても耐えます、この身を売ってもいい…そう祈り続けた…」息を詰まらせながら昼間と同じ辛い表情を見せるエリサ。
「どんなことをしても、何を失っても…お父さんとお母さんに無事でいて欲しい…初めてだったかもしれない、あんなに必死に神に祈ったのは…でも…私に手を差し伸べてくれたのは神じゃなくて、アンネさんとカイさんだった…」
時折息を詰まらせながら話すエリサのその手はベットのシーツを強く握りしめている。
「海賊が町を占拠した時も、クラウスの時も、私に手を差し伸べてこの手を引いてくれたのはアンネさんとカイさんだ。だから私はその手を握りしめ絶対に離さなかった、感謝を告げるならその手を差し伸べてくれた人達に感謝をするわ…」
「私にとって手を差し伸べてくれる人は神より尊いの…」
「二人だけじゃない、沢山の人のお陰で私は現実を受け入れることができた…人はそれを神の導きや祝福と言うのかもしれないけど私にはそう思えなかったの…」
「はい…」エレナはそう一言返事をするとエリサの前に跪きエリサの手を握った。
「?」涙を我慢している目を開いて驚くエリサ。
「私もエリサさんの手を離しませんよ…」そう言うとエレナはその手を強く握りしめる。
「料理のできない私に手を差し伸べて道を示してくれたのはエリサさんです。私が感謝を告げるなら神ではなくエリサさんです『ありがとうございます』、そしてこの先も、もちろんラージュに戻っても離しませんから」エレナは昼間バルサ達が神に祈りを捧げ感謝を告げていたようにエリサに向かって話し始めた。
「…ぅ〜」自分の言った言葉がまさかそのまま自分に向けられて言い戻ってくるとは予想外だ。我慢していた目からは涙が少しだけこぼれ落ちる、しかしさすがに恥ずかしく耳まで赤くなってしまう。
しかもエレナは全く恥ずかしがらずサラッと言うもんだから対応に困るエリサ。
「め、面と向かって言われると、か、かなり、はずかしい…んだけど…」ちょっと上目に視線をそらし照れるエリサ。
「ふふ、じゃぁくすぐってあげましょうか?」
「な? ちょ、ちょっと…全く感謝してないじゃないの!」とっさに立ち上がり逃げるエリサ。
「何やら上が騒がしいですね?」エリサ達の下の部屋で同室のバルサとカロンが天井を見上げる
「確か上の部屋は……ぁぁ………」バルサは上の部屋がエリサ達だと思い出し苦笑いしかできなかった。
「あ〜…注意してきましょうかぁ?」さすがに気になるらしくカロンも苦笑いをしている。
「いや、もう直ぐバリエだ。どうせなら元気なエリサさんをルイスに会わせたい」
「はい〜、私も元気なエリサさんを見ていたいです」
「ええ、では賑やかな音楽と思って一杯飲みましょう」そう言うとバルサは葡萄酒の入った瓶を棚から取り出した。
「はい〜、楽しい音楽ですね〜」