教会の中は神聖な場所ですよ
サントクワテロ教会に着くと兵士達は緊張とも興奮とも言えない始めて見る表情を浮かべている。ここはこの町で一番大きな教会だ、信者からすれば聖地とまではいかないものの畏れ多く神聖な場所だ、信仰心が高ければ高いほどそうなるものだろう。
しかしその傍らでは息を切らせ乱れた髪のエリサとエレナが立っていた。到着直前までじゃれあっていたらしい。
「えっと…じゃ、じゃぁ行きましょうか…エリサさんも洗礼を受けているんですよね〜」バルサさんが戸惑っているのが良く分かるが、どうでもいいと思えるくらい気持ちは落ち着いた。
「はい、行きます! 行こう、エレナちゃん」気持ちを入れ直し、エレナの手を引くエリサ。
「あ、でも…」引かれた手に力を入れ立ち止まるエレナ。
「あの、わたしは洗礼を受けてないので…一緒には…」信仰心もなくて洗礼を受けていないエレナは一緒に行くことを躊躇して立ち止まってしまった。
「うん、大丈夫よ教会見物と思って行きましょう!」
「は、はぁ…」
教会の入り口では年老いたシスターが一人づつ洗礼名を伺っている、何やら神聖な雰囲気を漂わせていて、それがエレナをますます緊張させている。
「おやおや立派な貴族様の御一行ですな…洗礼名をどうぞ…」
「神より授かりし我が名はクルト、神の子として旅路の無事を祈りに参りました」初めにバルサがお布施のコインとともにシスターに名を告げて中に入ると、他の兵士達も順番に名を告げ、中に入っていく。
「神の子らに祝福を…」シスターはコインを受け取ると一人づつ一言添えて中へ通していく。
「エレナちゃん、ここからはそれぞれ入り口で洗礼名をシスターに告げて中に入るの。そうすることで教会の中では洗礼名が主となりそれぞれが神の子として神聖な存在になるのよ。だからこの先で私を呼ぶ時は『エル』ね!」
「あ、はい。でも私はどうすれば?」
「うん、エレナちゃんはエレナのまま。大人になってから洗礼を受ける人も多いから問題ないわ、入るときにこう言うの………『長い時を経て我らが母のもとに辿り着きました、名もなき私に母なるお導きを…』って、こんな感じで」
「あ、はい!」
エリサはフォローできるように慣れていないエレナを先に行かせて自分は最後に行くことにした。目の前でたどたどしくもエレナが言葉を告げて中に入ると「母なるお導きがありますように…」とシスターに中へ通された。
さて、私で最後だ…
「神のもと授かりし名は『エル』…エルの名と共に神の子として……」
エリサが慣れた感じで洗礼名を告げてコインを手渡すとシスターが目を丸くしてエリサを見ている。
「…エ、エル?…と……そしてなんと美しい金色の髪じゃ。もしや北から?」何故だかエリサを見てシスターは驚いた表情をしている。そしてエリサの髪だけでなく全身をくまなく確認するように見ている。
「あ、いえ、祖父が北方の産まれですが、私はラージュから」エリサは自分の髪の色がそんなに珍しいのかと思い不思議に思った。確かに大人になっても鮮やかなブロンドというのは少ないがシスターの表情には何か不自然なものを感じる。
「そ、そうでしたか、エルの名のもと、母なる神の祝福がありますように」シスターはエリサに対して他の人よりも長く丁寧に対応をしたように感じた。
エルの名のもと? …… やっぱり私の名前は珍しいのかな?
ん〜?私もラージュの教会しか知らないからなぁ…ディベスでは料理を作ることで頭の中はいっぱいだったし…それに避難していたから特に洗礼名を名乗ることもなかったし…しかも最後に「お忍びでこちらに?」などと小声で聞かれた。完全に誰かと間違えてる!
不思議に思いながらも先で待っているエレナの所へ行きバルサさん達を追った。
教会の中はエリサが今までに見たことの無い幻想的な景色が広がっていた。
壁や天井に描かれた神々や天使の絵。
いたるところに聖母様の像があり、何処を歩いていても陽の光が室内を照らしている。
色鮮やかなステンドグラスは陽の光を浴びて幻想的な彩りを見せてくれる。
何処からともなく聞こえるパイプオルガンの音、祈り以外に声を発するものも少なく静まり返った空間にパイプオルガンの音と小鳥のさえずる声だけが遠くまで響いている。
そしてそれがまた幻想的な雰囲気を作り出していた。
そして少しひんやりとした空気…街中はあんなにも暑かったというのに此処には涼しささえも感じることができる。
「いやぁ〜此処は何度来ても良い、心が洗われるようだ」バルサさんが小声で呟いた。
「ええ、この祝福を頂けて本当に感激です…」隣でカルロスも呟いた。
「これで残りの道程も安心ですね!」次はルークも話に混ざってきた。
エリサとエレナは少し離れたところでそんな会話を聞いている。
信仰心の無い二人は思わず目と目を合わせて声を出さずに笑ってしまった。みんな熱心な信者だ!!