楽しい夕食
エリサが思っていた通りエレナの料理は上手く作れている。ただ少し時間がかかりすぎているところが問題だ、すでにバルサさんは帰って来て応接間で夕食を待っている。
しかしここで急がせては焦ってミスをしかねない、申し訳ないが皆んなにはもう少し待ってもらうことにした。その分とびっきりのご馳走だ!
今までに見たことのない真剣な表情で調理をするエレナ、それを見ながらエリサは他の料理を仕上げテーブルの用意を進める。
もうすぐ焼き終わるかな…
エリサは調理の進み具合を見ながら食器を用意した。
オーブン焼きはすでに焼きあがっているのでもう一度オーブンに入れて温める、ムニエルは焼き上がりに時間差があるがオーブンの近くに置いてあるので温かいままだ。あとはソースをかければ完成する!
エリサはそれらを盛り付けエレナにソースの仕上げをお願いした。何かアドバイスをしようと思ったが集中しているので失敗しないように側で見守ることにした。
もう心配するような雰囲気ではない、安心して見ていられる。
もっと経験を積めば強張った真剣な表情も和らぎ、落ち着いて調理が出来るようになるはず。エリサは心の中で「もう少しだ、頑張れ!」と叫んでいた。
「……で、できました…」香ばしく食欲のそそるバターの香りが漂うと同時にエレナは味見をした。
「うん、お疲れさま!」エリサはエレナの強張った顔をほぐすかのように優しく頬をさすった。
「はい…」エレナは無事に終わった安心感と集中していた緊張感がほどけ今にも泣きそうな顔になっている。
「皆んなを呼んでくるね、ソースをかけて完成させておいて」エリサはそのまま優しく微笑みながらそう言った。
出来上がった料理はどれもエリサが作ったものと変わりない出来上がりだ。
味はもちろん、見た目も綺麗に作れている。すでに厨房には美味しそうな香りが立ち込めている、おそらく応接間の方まで漂っているはずだ。皆はこの匂いを嗅いだだけで必ず期待をしながらやって来ると確信できる。
案の定、食卓に着くと皆がいつもより豪華な食事に眼を輝かせ早く食べたいのを我慢しているのが良く分かる。
「おお、今日は豪華な夕食ですね。どれも美味しそうでエリサさんらしい料理だ! それでは皆さん温かいうちに頂きましょう!」バルサも待っていられないという感じで今日の報告も後回しに食べ始めることになった。
『絶対に美味しい』そう期待しながら食べ始めると本当に美味しいのだから不思議なものだ、しかも期待以上の味なものだから全員で「旨い、旨い」と連呼している。
それを見てエレナは安心したのか嬉しいのか、眼を潤ませながら皆が食べている姿を見つめている。
確かにこの光景は料理人にしか味わえない最高に嬉しい時間だ。私達はこの光景を見るために料理を作ると言っても大袈裟ではないくらいだ。おそらくエレナちゃんはそれを初めて感じることができているのかもしれない。エリサは横で呆然としているエレナを見て自分のことのように嬉しくなった。
「エリサさん、今日の料理はまた格別に美味いです」バルサが嬉しそうに食べている、すでに葡萄酒は二杯目だ。
「ああ、いつも旨いが今日はまた格別だ!」他の人も美味しい料理に喜んでいる。
そろそろ頃合いかと思いエリサは皆の方を向き姿勢を正した。
「ふふふ、今日はですね〜、私が作ったのではありません!」
「………」
全員が食べていた手を止めエリサを見て唖然とした顔をしている。どういうことかわからない様子だ。
「今日はエレナちゃんに作って貰ったんです!」エリサはそう言うとエレナの肩に手を掛けた。
「…………あ…」その瞬間全員がエレナを見るものだからエレナは恥ずかしくて声が出せない。しかも全員がエレナを見ている。
「え〜〜〜?」全員が驚き声を上げた。予想外の言葉に立ち上がる者もいるくらいだ。バルサさんは飲んでいた葡萄酒をテーブルに置いたし、カロンさんは細い目が少し開いたようにも感じた。
それもそうだろう、今までエレナちゃんは料理が苦手というイメージできていたのだ。それがこんなにも美味しい料理を作るとは誰も思っていなかったはずだ。
ふふ、大成功だ!
エリサは今夜の試みが上手くいって満足気だ。
「お、オレ、エレナさんの料理 …また食べたいです !」立ち上がった兵士の一人がエレナに向かって大きな声で言った。
お調子者のアランだ、兵士の中でも下っ端でいつも見張りや雑用を任されているのに料理ができると仕事をほったらかしてしまう。初日の野営の時も見張りを放って食事をしていた人だ。
最近はアランが調子に乗っているときは場の雰囲気が明るくなるのでエスカレートしない程度に放っておくことが多い。
「ええ、これ程美味しいのであれば私も是非お願いしたいです」キツネ目のアルミンも続けた。
うわっ、この人もか?とエリサが思い、アルミンを見た瞬間、目が合ってしまった。どうにもあの鋭い目つきは苦手なので不意に眼を背けてしまってから後悔した。
垂れた前髪で視線を隠しながらもう一度アルミンを見るとこっちを見てニヤついている。
(ああ、また何か勘違いされた気がする……)
エリサはアルミンだけは苦手だった、何も悪い人ではないのだがあの鋭い目だけは直視することが出来ないのでいつも視線をそらせてしまう。おかげで意識してしまい恥ずかしくて眼をそらすのだと勘違いされているのも知っている。
「いやぁこれは失礼しました、さすがセリオが推薦しただけのことはありますね。私からも是非お願いします」バルサさんも嬉しそうにしている。
「ひひひ、やったねエレナちゃん!」エリサは小声で隣にいるエレナの耳元で囁いた。
「はい、ありがとうございます、エリサさん。 私…凄く嬉しいです!」エレナは満面の笑みで答えた。
その日、夜の食事は宴会のように盛り上がり、皆はいつもより多く葡萄酒を飲んでいた。
ご機嫌になったアランが踊りだしたり、伝令役のカルロスがハーモニカを演奏してくれたり、アランと一緒に雑用をこなしているフールが歌い出したり、急にバルサさんが何かを熱く語りだしたり……。
踊りもハーモニカも歌も、どれも上手ではないところがまた楽しい、陽気な気分に合わせて好き勝手に騒いでいるものだから不思議と賑やかな雰囲気に溶け込んでいる。
きっとプロのように上手だったら逆に白けているかも知れない。
エレナも終始笑顔でいつもより楽しそうにしている、それがまたエリサにとっては嬉かった。
時折エレナは多くの兵士から声をかけられて困っていたが、その困った顔を見ているのも楽しいものだ。
急遽宴会となってしまった夕食は笑顔と笑い声に包まれていつもより長い時間続き、バルサさんが酔いつぶれるまで続いた。