料理人エレナ
無事に魚も手に入り屋敷に戻るともうすぐ夕暮れ時で夕食の準備をする頃合いになっていた。
結局ゆっくりと街を見て回れなかったがおじさん達に喜んでもらえたので良しとする事にし荷物を下ろし始めた。
それよりもエリサは早く夕食を作ろうと考えていた。荷物を運び終わるとカロンに馬車を出してもらったお礼を言い早速厨房へ向かう。
生の魚を捌くのは久しぶりだ、その感覚はラージュやディベスの事を思い出すには十分慣れ親しんだ感触だ。
今は楽しいことを考えていて気分が良いからだろうか?思い出す記憶は楽しかった事ばかり。その脇でエレナは必要な材料などを揃えてくれている、さっき作っているところを見ていたし、何も言わなくても手順は理解しているようだ。
「エレナちゃん、今夜はさっきと同じ物を作るからわかるよね!?」エリサが確認するように尋ねる。
「はい、大丈夫ですよ! 材料も作りかたも全部見ていましたから」エレナは自信ありげに材料を揃えながら答える。
「作り方も大丈夫よね?」エリサがもう一度確認するように尋ねるが、口元がニヤついている。
「はい、任せてください!オーブンもすぐ火をいれますから」エレナはテキパキと作業を進めている。
「じゃぁエレナちゃん作ってみようか!!」
「はい、任せ…て………?……??……はぃ?」エレナの作業をしていた手が止まった、そして何かを聞き間違えたんだと自分に言い聞かせるようにエリサの顔を見る。
「うん、サラダと川海老の調理はやっておくからムニエルとオーブン焼きをお願いね!」エリサは魚を捌きながら淡々と話す。その口元は何やら楽しげにニヤついている。
「いや、ちょちょ…ちょと、まってくださ〜いエリサさん!! 無理ですよ〜〜…」それはすぐに聞き間違えでないとわかった。それと同時にエレナは半分泣きそうな顔でエリサのそばに詰め寄る。
「へへ、せっかくこれだけの厨房があるんだからやってみようよ! 大丈夫だよ、私が見てるから」優しく話すエリサだがその顔を見るととても楽しげにに見える。
「それに以前バルサさんにもエレナちゃんの料理を食べてみたいって言われてたじゃない」
「いやそんな前のこと…いや、それよりもあれはただの社交辞令ですよ〜!?」
「そんなことはないわよ! みんな驚くわよ〜。兵士さんの中にはエレナちゃんのファンもいるみたいだし…エレナちゃん可愛いからなぁ、きっと喜ぶわよ!」
「うう、エリサさん楽しんでいませんか? 私をからかう冗談か何かですかぁ?」エレナはエリサがいつもよりテンションが高めなことに気がつき、ちょっとした悪ふざけなのかもと思った。
「いやいや、そんなことは……大丈夫、私がサポートするから!」エリサは少しドキッとしたが楽しんでいるところは否定できない…でもエレナちゃんに作ってもらおうと考えているのは本当だ、最近のエレナを見ていて大丈夫と思ったのは事実なのだから。
「う〜、ちゃんとフォローして貰えますか?…」
「うん、もちろん! 失敗されても困るしね! でも2つは失敗しても平気だよ、私とエレナちゃんが食べれば良い」エリサは魚を捌くのを一旦止めエレナの方を向いた。
「………はい、わかり……いや、でも…」なんとも煮え切らない返事しかできないエレナだがエリサはちゃんと答えが出るのを待っている。
「大丈夫だよ、エレナちゃんなら作れるよ! 」
「…ううぅ…」魚を見つめながら悩むエレナ。
しばらくエレナは悩んでしまった、失敗した時の不安と自分も料理を作ってみたいという料理人としての欲望と不器用な自分の自信のなさがエレナの頭の中をグルグルと回る。悩めば悩むほど答えは出せなくなる、この場から逃げ出すことさえ考えてしまった。
「多分エレナちゃんの両親は料理がすごく上手なんじゃないかな?」
「…?…はい、親としても料理人としても尊敬できます、私なんて足元にも及ばないくらい凄いです。だからこそまだまだ私が料理を作るなんて…」突然の質問にエレナはおかしいと思ったが両親まで料理が下手だと思われたくなかったので答えた。
「そうね、だからエレナちゃんは他の人と自分とを比べちゃうんだと思う。両親と自分の差、そしてラージュの屋敷で働いていても周りには一流のコックさんばかりだ。ちょっと料理ができますなんてレベルじゃとてもじゃないが比べ物にならない。
でもね、エレナちゃんは凄い人達とばかり仕事をしてきたから自分が出来ないと思い込んでいないかな?そこにきて不器用なものだから余計にそう思ってしまう、多分周りもそう思ってしまうかもね。
でもセリオさんは気がついていたと思うよ、そうじゃなきゃ推薦なんてしないと思う」
「……?」その言葉にエレナが眼を丸くした。
「今回、私もやってみてわかったんだけど、ただ真面目なだけで選んでもらえるほどこれは楽な仕事じゃない、本当に料理ができないと無理だって思ったわ。
それに一緒に料理を作っていてわかったんだけど、エレナちゃんは料理の知識はちゃんと持っている、そして何より料理が大好きでもっと出来るようになりたいと思っている。そうでしょう?」エリサはとびっきりの笑顔でエレナに言った、ただエレナに作らせたいだけではない、エレナに上達してほしいと願うからこその提案なのだ。
そうだ、何を勘違いしていたのだろう。いつの間にかエリサさんの手伝いをする事で満足している。それが当たり前になっていた。
私だって料理人の端くれだ、私が未熟なままではエリサさんの負担が大きいまま…早く上達しないといけないんだ。
エリサの言葉を聞いてエレナもなんとか決心ができたようだ。
「……はい、やらせてくださいエリサさん。エレナ・アランソやります!」そして最後は料理人としての自分の欲望が打ち勝った。それはエリサがいるという安心感があったからだろう。決心したその顔には不安が滲み出ているが、確実に自分の足で一歩前に進んだのだ。
「うん、お願いね」エリサは嬉しそうに返事をして、残りの魚を捌いた。そしてそれをエレナに渡し全てを任せる、あとは見守るのみだ。
意を決して調理を始めたエレナはたどたどしい動きと手捌きだが手順は間違っていない、その緊張がエリサにも伝わるくらい真剣で硬い表情をしている。
……でも……今日、魚屋さんのおじさんの家で料理を作った時に確信できた。エレナちゃんは私がやる事を全て理解している。いや、私の動きを見て判断した。
初めての調理場、初めての料理、初めての食材、そんな中でエレナちゃんは完璧に調理の段取りを組み立て私に合わせることが出来ていた。
そんなことはしっかりとした調理の知識と経験が無いと簡単には出来ない、経験の少ないエレナちゃんができたということは知識とそこから判断させる洞察力が素晴らしいということ。
これでなぜ料理が苦手と言ってしまうのか?エレナちゃんに必要なのはもっと料理に慣れることと調理時に慌てないこと、あとほんの少しの自信だ。自信が無いから慌てるし緊張してナイフを持っただけで力が入ってしまう。
自信が持てれば気持ちに余裕とゆとりができる、少々荒療治だがエレナちゃんなら出来るはず。
エリサは片時も眼を離さずエレナを見ている、それはエレナに安心感を与えてくれるものだった。