湖畔の町ロジャック
ルヒアナを出発して1日半、既に太陽はエリサ達が下ってきた山の陰に隠れている。暗くなるのは時間の問題だが山道を下る一行の眼下には大きな湖とその湖畔に広がる街並みが見えていた。
「さぁ、もう少しです!もう一踏ん張り、足元に気をつけて進みましょう」バルサは馬車ではなく馬に乗り列の真ん中辺りで声を上げた。
今日は途中で何度も雨に降られて足止めを喰らったため到着が遅れてしまった。皆を鼓舞するように大きな声を絶え間なくかけている。
足止めされている間は休憩となるのでお茶を用意をする事もある、おかげでエリサ達はかなり忙しい1日となった。しかもこの後にはまだ夕食の準備もあるのだ。
「暗くなる前には着きたいね」エリサは荷馬車から空を見上げながら言った。
「はい、それにしても今日は朝から疲れますね〜」エレナはかなり疲れている様子で到着までの束の間の休息といった感じだ。
もちろんエリサも疲れている、今日は足止めになることが多かったため馬車に乗っている間も食器を拭いたり、食材を仕分けしたりとほとんど休んでいなかった。しかも揺れる馬車の上での作業は気を使うため以外とはかどらないものだ。
関所も無事に通過し湖畔に沿った道を進むとロジャックの街はもう目の前だ。
既に陽は落ち、真っ暗になってしまったが、小さくて可愛らしい家が立ち並ぶおしゃれな感じの街並みがエリサの目には映っていた。
夜にはなってしまったとはいえそれ程遅い時間でもない、通り過ぎる街中の酒場などはあまり繁盛していない様子で、人もほとんど出歩いていない。活気のない雰囲気にエリサは不思議そうな顔で夜の街を眺めていた。
綺麗に整備された石畳の上を馬車につけられたランタンのわずかな灯りを頼りに街中を進む。湖畔の大きな通りから離れ、さらに静かな場所へと入って行くと、草木が鬱蒼と生い茂った手入れのされていない薄汚れた小さな館にたどり着く。
「さぁ着きましたよ!ひとまず中に入りましょう」
どうやらここがクラウスの使っていた屋敷らしい。
しかしこんなところに別荘を持っていたなんて……
悪口が出てしまいそうになったのでエリサはそれ以上考えるのを止めた。
ランタンの小さな灯りには夏の虫が集まってきて、薄汚れた屋敷を一層不気味に感じさせる。
ランタンを馬車から外し手に持ちかえ屋敷の中へ入るとしばらく使っていなかったのだろう、ホコリがひどく蜘蛛の巣も張っている。
室内に設置されている明かりにに火をともすと、ぼんやりと辺りを照らしてくれた。屋敷の中はラージュと同じく悪趣味な装飾品の数々が飾ってあり、夜中に見たく無い不気味なお面が目に入ってきた。
あぁ、やっぱりクラウスの屋敷だったんだ…とエリサは思わず言いたくなる言葉を呑み込んだ
「エリサさん、エレナさん、こちらに!」奥の部屋からバルサさんが呼んでいる。
「あ、はい」おそらく厨房だろうと思い呼ばれた部屋へと急いで向かうエリサとエレナ。
部屋の中に入ると厨房はなかなか立派な造りをしていて、蒔も結構置いてある。
ただ、ホコリがひどく溜まっていて蜘蛛の巣も張っているのでこのまま調理するのは気が引けるような状況だ。
「どうでしょう何か作れそうですか? 今日はもう遅くなってしまいましたし簡単な物で結構ですので何かできればお願いしたいのですが」
思っていた以上に汚れている屋敷にバルサも遠慮気味だった。やはりここまで酷いとは思っていなかったのだろう。
「はい、確かに時間も遅いですから簡単にできるものを作りますね」しかしエリサはこれで諦めていたら自分が来た意味がないと思い、疲れているみんなのためにも頑張ろうと気合を入れた。
「ありがとうございます、エリサさん。では我々は休むための部屋を片付けて来ます」
「はい、ありがとうございます」
さすがにすぐ調理ができる状態ではないので蒔に火を灯し湯を沸かしながら簡単に掃除から始めた。
時間も遅いので作るものは一品、野菜がごろごろと入ったポトフを作ることにした。
ジャガイモ、玉ねぎ、人参、キャベツ、トマト、鶏肉と豚肉の燻製をザクザクっと適当な大きさに切る、形は不揃いでも問題ないのでエレナちゃんにも切ってもらった。
相変わらず危なっかしい切り方だが、ゆっくりでも手を切らなければ良い。
始めに鶏肉と豚肉の燻製とニンニクを軽く炒めたところにお湯を入れる、そこに切った野菜から次々に入れていくのだ、野菜と肉の旨みがスープに溶け出し甘くて優しい良い香りが厨房に漂い始める。
煮込んでいる間にパンを焼いて食器を用意すれば完成だ。
「よし、できたね!エレナちゃんみんなを呼んできてもらえるかな?私は出来た料理を盛り付けておくから。
「はい、わかりました」
さすがに今日は疲れたな…明日はどうだろうか?…
いやそれより先ずは明日の朝食を何にしよう…思っていたより大変な仕事だな…
エリサが人数分の料理を並べ終える頃には全員が揃った、お腹が空いていることもあるが、エリサの料理を毎回楽しみにしている様子で出来たと聞いてすぐに駆けつけたみたいだ。
これはまたエリサにとって嬉しいことなので多少の疲れは我慢できてしまうから不思議だ。
全員が揃い、食事をしながら明日の予定がバルサさんから告げられる。
「明日はロジャックの領主グレン殿のところへ挨拶に行ってきます。おそらく夕方までかかると思いますので出発は明後日の早朝です、またラージュに帰るときはこの屋敷を使いますので残りの皆さんには少し掃除をしておいていただきます。エリサさんとエレナさんは午後にでも市場へ向かい食材を仕入れておいて下さい」
バルサがいつもの様に予定を話すが全員疲れているようで黙々と食事をしている。バルサもその雰囲気を察して多くは語らず早く休む様にと最後に付け加え静かに食事は終えた。