次の町へ
エリサは一晩眠り、今朝も早い時間に目が覚めた。
ベットに座り、未だ気持ち良さそうに眠るエレナをぼんやりと眺めている。
気持ちはだいぶ落ち着いている。答えが出たわけではないがどうするかはハッキリとした。
……私がお姫様になる?そんなものは夢物語な気がする。現実的に考えるとラージュに戻り酒場を再開させて元の生活に戻ることが一番しっくりとくる、時間が経てば今の記憶のようにルイスへの思いも曖昧に薄れていくのかもしれないとも考えた。
しかし今はまだルイスのことを思うと胸が苦しく、締め付けられるような気持ちになる、考えれば考えるほどルイスに会いたい気持ちは強くなる一方だ。
だからこそ、早くバリエに行ってルイスに会う、会って自分の気持ちを伝えよう、ルイスが好きな事も酒場を再開させたい事も。もしルイスに会ってこんなにも身分の違う恋が実らないことを突きつけられればそれはそれで諦めもつくと思ったからだ。だから早く…早くバリエに向かう。
「ん、ぅ……おはよう…ございます、エリサさん」エレナが眼を覚まし起きているエリサに気がついたが、起き上がれず横になったままあいさつをした。
「うん、おはようエレナちゃん!今日も良い天気だよ」なんとなく答えの出たエリサはいつものように自然な笑顔であいさつを返した。
まだ時間に余裕がある、一人で静かにしていると余計なことを考えてしまいそうで怖かった。逆に昨夜は一人になりたいなどと思っていたのだから、我ながらわがままなものだなと思いもした。
幸い今はエレナちゃんが目の前にいる、今度は逆にエレナちゃんの恋話を聞いてやろうと寝起きのところに質問攻めをしてやった。昨日のお返しだ!
「ところで、エレナちゃんに恋人はいるのかなぁ?」エリサはニヤリと笑みを浮かべながら寝起きのエレナの脇に腰掛けた。
「へ?いや、あの…」いつも落ち着いた態度のエレナちゃんが予想通り慌てている。
「もしかして私にだけ話させるつもりだったのかなぁ?」エリサはさらに小悪魔の様な笑みでエレナににじり寄った。
エリサは若くして酒場のオーナーになったため自然と周りには年上の人間ばかりになっていた、エレナの様な同性で年下の親しい人間は初めてだ。エレナを見ているとアンネさんの気持ちがなんとなくわかる気がした、いつも優しくしてくれて頼り甲斐のある大人な女性、でもたまにからかう様にちょっかいも出してくる。
エリサが見ているエレナはアンネが見ているエリサと似ているのかもしれない、そう思うと目の前で恥ずかしそうに慌てているエレナちゃんが可愛くて可愛くて仕方がない。
エレナは途中で恥ずかしくなったのかシーツを頭から包まり黙りを図ろうとしたものだから、エリサはシーツの上からエレナの身体中をくすぐりベットから落としてやった。
逃げ場を失ったエレナから根掘り葉掘り聞き出すことができエリサは満足気だ。
「はぁはぁ、え、エリサさん…そろそろ…広間に行った方が…良いのではないでしょうか…?」エリサのしつこい攻撃からなんとか逃れようと必死になるエレナ、実際は集合の時間までまだ余裕があるのだ。
「まだ時間はあるわよ!もう少し話しなさいなエレナちゃん!」エレナが答えないときは『くすぐる』という攻撃がかなり有効だった。
しかしエレナの恋話はあらかた聞くことができたようで、もういくら攻撃をしても続きは出てこなくなった。
「う〜、仕方ないわね…」
時間いっぱいまで話を聞こうと思っていたが、ほとんど聞くことができた様だし何かあるといけないと思い仕方なく集合場所へ行くことにした。
「ふぅ〜…助かった…」エレナはエリサを警戒しながら乱れた髪を整え急いで支度をした。
荷物をまとめ外へ向かうエリサとエレナ。集合場所の大広間へ行き今日の予定を聞いた。
今日もアーロン様とバルサさんは細かい内容を突き詰めるということで早くから話し合いを始めているらしい、しかし先を急がなくてはいけないので今日のお昼にはここを出るという。それまでに数人の兵士と共に街で買い出しをしておくようにとの事だ。
次の町はロジャック。登ってきた山をひたすら降りていくと途中にルドーニュという大きな湖がありその湖畔に広がる小さな町らしい。バリエ周辺の貴族や富裕層の別荘地にもなっているほど静かで住みやすい場所だという。
到着は明日の夕方の予定、そしてロジャックにはクラウスの使っていた別荘があるということなのでそこへ泊まるらしい。
また途中でトラブルがあった場合、明後日の到着になってしまうのでそれを見越して食料を用意するようにも言われた。
さらに今日は昼頃出発するため移動しながら食べれるようなものをルヒアナの厨房を借りて何か作っておいて欲しいと言われた。
そうなるとほとんど時間が無い、せっかく来たルヒアナの街を見て廻ろうと思っていたエリサの思惑は崩されてしまった。ただ、本当に急がないとマズそうなのでエレナちゃんと手の空いている兵士さんを連れて早速街に向かうことにした。
急いで市場へ行き売っているものを見て回るエリサ、ルヒアナでは鶏や牛を育てているためラージュより安価で手に入るようだ、逆に魚は高価で川魚が多い、特に今はラージュの魚が手に入らない為、価格が高騰してしまっているらしい。野菜も芋類がほとんどだ、果物や木の実も意外と多い
エリサはせっかくなので生肉を買うことにした、もちろん干し肉も買った。山の上なので比較的涼しく湿気も少ないので今日中に食べるのであれば大丈夫だ。
しかし、これから昼食を用意するとなると急がないといけない、荷物を馬車に乗せると慌ただしく屋敷に戻ることにした。
市場の脇では行商人が露店を出して売っている、それを横目で見たがラージュで作っている貝の装飾品が3割増しくらいの価格で売っていて驚いた、逆にバリエなどで作られたものはラージュより2〜3割安い、これが行商というものかと感心しながら通り過ぎた。
このあとすぐに屋敷の厨房へ向かい調理を始めた。
生の牛肉と鶏肉を食べやすい大きさに切っていく、野菜も同じくらいに切る、種類はなんでも良いのだが今回はナスとピーマンと玉葱と人参だ、パンも同じくらいに切って牛乳と卵を溶いた液に軽く浸す。
次はこれらを交互に串に刺して焼くだけだ。味付けはしお、コショウでシンプルに、パンは液体に浸すことで時間が経っても固くならず美味しく食べられるのだ。
満遍なく焼くのは難しい為、エリサは食材を切り終えると焼くことに集中した。串刺しはエレナちゃんに任せておいたが意外と綺麗に刺してくれた。
これなら肉と野菜とパンを片手で交互に食べられるし、串に刺さっているので手も汚れない、移動中でも問題無いはずだ。
「はぁはぁ急いでエレナちゃん!」焼きあがった串をカゴいっぱいに入れて走るエリサとエレナ。
馬車のところに戻ると既にバルサさんが待っており、いつでも出発できそうな雰囲気になっている。
「遅れてすいません……今、用意できました…はぁ…」
「すいません、エリサさん、無理を言ってしまったようで。でも流石ですね、用意してくれたようで!」息を切らせながら戻ってきた二人を見て申し訳なさそうにバルサが口を開いた。
「では、早速出発しましょう」バルサの号令で次の町ロジャックへ向けて出発した。多少雲の多い夏の午後だ。