戸惑い
ベニートさんに案内されるがままについて行くと屋敷の大広間に通され、そこには食事の用意がされている。
そしてエリサ達が到着すると同時に楽団の演奏も始まった。
「…何?」
皆が驚き立ち止まっていると部屋の奥ではバルサさんがルヒアナの領主と思しき男性と楽しそうに話をしている。この状況を見る限りどうやら話し合いは、かなりうまくいったのだろう。
するとバルサがエリサ達に気がつきこちらにやって来た。
「すいません、長い間待たせてしまって。おかげでアーロン殿とは有意義な話が出来ました、今まで縮小されていたラージュとルヒアナ間での交易を本格的に拡大することになり、それに伴い復興に必要な物資の協力もしてくれるとのこと。今日はそれを祝してアーロン殿が宴を用意してくれたので皆さんも是非楽しんで下さい」バルサはとても嬉しそうに、そしていつにもなく大きな声で話している。すでに葡萄酒を飲んでいるようで顔もほんのり紅色をしている。
それを聞いた兵士達やエレナちゃんも歓声を上げ喜んでいる、ただエリサだけは静かに微笑み後ろの方に立っていた。今はこの盛り上がりを、場の雰囲気を壊さないように明るく振る舞うことを心がけた。
ここルヒアナは岩山に囲まれた辺境の地のため出されてくる料理もラージュとは全く違うものだった。
畜産が盛んなので肉料理が多く、山で採れた野草や果実も目につく。
見たことのない料理や、気になる料理がたくさん並んでいて、いつものエリサなら無理をしてでも全ての料理に手をつけていただろう、しかしどうにも食欲が出ず葡萄酒を片手に果物をつまむ程度だった。
そんなエリサにエレナは料理が出てくるたびにそれの説明を聞いてくる、さすがに見ただけでは答えることはできないので一口食べるが中々喉を通らない。
楽しそうな話し声と笑い声の中から聞こえてくる会話はお互いの町の発展を喜ぶ内容ばかり。ラージュとルヒアナでは海と山で丁度対局になるため、交易が盛んになればどちらも潤うだろう、ルヒアナもラージュとの交易の拡大を望んでいたらしい。
確かに喜ぶべき内容だ、だからこそ笑顔で喜ばなくてはおかしくなってしまう。
なんとか気を紛らわそうとエリサは残りの葡萄酒を一気に飲み干した。
「うっ…」
ろくな食べ物も食べずに葡萄酒ばかり飲んでいたため胃が締め付けられるような感覚になり頭がクラクラしてくる。
今日のお酒は気持ちの良いものではなかった、気がついてしまった矛盾な気持ちを紛らわそうとしてもどうにもならない。それどころか酔えば酔うほど寂しくなってきて大声で泣きたい気分にもなる。
エリサはそれはマズイと思いなんとか笑顔でこの場をしのぎ、宴の終わりを望んだ。幸い作り笑顔は苦手ではない、仕事柄嫌なお客でも笑顔で接してきた、海賊にだって笑顔で振る舞っていたのだこれ位どうってことないと自分に言い聞かせながら…
しかし今夜のエリサはうまく酔えない自分と飲めば飲むほど寂しくなる自分に苛立ちを覚え、酔って気持ちを誤魔化そうとしたことを後悔しながら、この宴は朝まで続くのではと思うくらい長く感じていた。
宴は盛り上がり、笑い声に包まれながらも今後のラージュとルヒアナの発展を願いお開きにされると、皆それぞれの部屋へと案内される。
やっと解放された!そう思うとエリサは足早に歩いていた。
案内された部屋はエリサとエレナが同室だった。
部屋に入るとエレナは風に当たりたいと一人でテラスへ出たが、エリサはもう限界だった。
それは酔いではなく、もう笑顔を繕えなかった…
そのままベットへ倒れ込み両手を広げ大の字で仰向けになるエリサ。
ルイス…
頭に浮かぶのはルイスのことばかりだった、しかしそれも少しづつ変わってきていることもエリサを戸惑わせた。
ディベスでルイスに抱きしめられた記憶はハッキリとある、それなのにあの時の温もりをもう思い出せない、そしてあの時の声もハッキリと思い出すことができなかった。
会えない日々はこんなにも記憶を曖昧にし、気持ちを不安にさせるものかとぼんやりと思うエリサ。
ルイスに会いたいな…
もう一度あの時の温もりを思い出したい、身体が熱く燃えるような気持ちになりたい。
ルイスに触れたい…
ルイスの声が聞こえる所にいたい…
でも…
うつ伏せになり、ベットのシーツを握り締め枕に顔を埋めるエリサ。
「あ、エリサさん大丈夫ですか?だいぶ酔っているみたいですけど、浴場に行けますか?」テラスから戻ってきたエレナがうつ伏せになっているエリサの近くで声をかけてきた。
「うん、大丈夫!後で行くから先に行ってて」エリサは顔を上げずにできるだけ元気な声を出した。
「はい!エリサさん、そのまま眠ったらダメですよ」エレナはほろ酔いで気持ち良さそうに一人で浴場へ向かった。
今はとても普通に会話できない、すこし一人になりたかった…
エレナを避けるように入れ替わりで浴場へ行き、その後は一言も話すことなく眠りについた。