山の宿場町ルヒアナにて
エリサ達は山の中で夜を過ごし翌日のお昼前には無事にルヒアナに到着した。陽射しは強いものの標高が高いせいかそれ程暑さは感じられない。
ここは山の宿場町として有名だが稜線に沿って街並みが広がる珍しい町だ。そのため町の両側が山の斜面になっているのでまるで空の上にいるような錯覚に陥る。別名『空の町』と呼ばれるだけあって青い空が近くに感じ、とにかく気持ち良い。お陰で景色も絶景だ。
街中に入ると多くの宿屋が彼方此方で客引きをしてる。そんな宿屋の人間を避けるように馬車はスピードを落とすことなく進んでいく。
建物はどれも古く、石を積み上げて作られた石壁は山中の街らしくて歴史を感じさせる創りになっている、まるでおとぎ話の中に出てくる街のようだ。
天気も良いので幌を開け、荷馬車の後ろに並んで座り、始めてみるルヒアナの街並みを堪能するエリサとエレナ。
「はぁ〜」始めて見るルヒアナの景観はラージュともディベスとも違っていて瞬きをするのも惜しいくらい美しい、思わず感嘆のため息が漏れるほどでいつまで見ていても飽きないものだった。
しばらく進んだ先、街の中央には石造りの大きな屋敷がある。見るからに頑丈そうに見えるその建物は屋敷というより小さなお城といった感じだ。
さらに城壁のようなその門構えは宿場町の屋敷とは思えない威圧感がある、そんな屋敷の前で馬車は止まりバルサさんが警備の兵士達と話をしている。やっと馬車が止まったので待っている間はゆっくりと街並みを眺めることができる。
しばらく街を眺めていると話が終わったようでバルサさんと数人の兵士は話し合いのため屋敷の中へ入って行った。
私達も屋敷の中に馬車を進め屋敷の裏にある馬小屋に停まると同行の兵士が一人やって来て今日はこの屋敷に泊めてもらうことになったらしいと言った。
「ということは…?」エリサが期待を込めて嬉しそうに尋ねる。
「はい、今日はゆっくり休んで下さい」それを察した兵士は笑顔で答えた。
「やった!エレナちゃん、街を観に行かない?」
「はい、楽しみですね」
「いやっ、それは…」そんな会話を聞いた兵士が慣れない街を女性だけで行くのは危険と判断したらしく、バルサさんの了承が取れるまで出歩かないようにと引き留められてしまった。しかもかなり慌てている。
まぁ単独行動はしないようにと言われている、残念だが仕方がないと諦め屋敷の中に案内されるまでエレナちゃんと一緒に他愛もない話を続けることにした。これはこれで楽しいので問題はない。
しかし、すでに時間は12時のお昼を過ぎた頃だ、兵士のみんなもお腹が空いているだろう、もちろん私も小腹が空いてきている。
外に出れないとなると何か作るしかない、ただこんな場所で火をおこすわけにもいかないので作れるものは限られているし、ルヒアナで食材を仕入れる予定だったので材料はほとんど残っていない。エリサはしばらく考えて、仕方なさそうにナイフを手にした。
パンはすでに硬くなっているが中はまだ柔らかいので周りを切り落とし中の白いところだけを贅沢に使う。
そのパンとトマトとキュウリを薄くスライスしてサンドイッチを作った。
味付けは塩、胡椒とドレッシングを少しかけただけのお粗末なものだ。朝食の時にゆで卵でも作っておけば良かったと思いながら残念そうな顔をするエリサ。
しかし、兵士達は何時間待たされるかわからない状況の中で食事が取れたということは予想外だったらしく嬉しそうに食べてくれた。エリサはその笑顔に救われた気がした。
簡単な食事を終えると兵士達は交代で、木陰で休んだり昼寝をしたりしている。私達はもっぱらお喋りが止まらない。
一緒に待っていた兵士はどうしてこんなに話が尽きないのか呆れた顔をしていたが不思議なことにまだまだ話し足りないのだ。
「エリサさんは恋人とかいないんですか?」話の途中でエレナが突然話を変えてきた。
「ゔ…ぇ…ぁ…」
どうしよう、この話題にだけは触れないようにしていたのに…
顔を真っ赤にして声にならない声を出すエリサを見てエレナは笑顔で続けた「あ、もしかしたら片思いとかですか?」
「くぅ〜」笑顔でさっらと確信をついてくるところにエリサは恥ずかしくなって俯いてしまった。
仲良しになるということは、こうも遠慮がなくなるのかと思うくらいに質問が飛んでくる。しかし嘘を言ったり隠したりするのもおかしくなる。しばらく考えたが正直に答えることにした。
「ぁ…ぁの……る…る…」
いや、やっぱり恥ずかしい、しかも相手が王子様だなんて言ったらおかしいと思われないだろうか?
「…る?」身体に力を入れ俯くエリサを不思議そうに見るエレナ。
「…………」エリサはしばらく考えたが顔を上げエレナを見つめた。
「私は…」
「私は?」エレナが笑顔で楽しそうにしている。
「る…ルイス…ルイス殿下が好き!」
「………」笑顔だったエレナが眼を見開きキョトンとした表情でエリサを見た。
エリサは全身の毛穴から血が噴き出すんじゃないかと思うくらい身体が熱くなっている。しかしこれは本当の気持ちだ、エレナの眼をじっと見たまま本気だということをアピールした。
「あ、あの…ルイス殿下って、あのルイス殿下ですか?」信じられないような顔でエレナは聞いた。
それもそうだろう、エレナちゃんから見たら私はただの酒場の女主人だ、ルイスとの接点など何一つ無い。おかしな女だと思われただろうか?しかし変にはぐらかすのは嫌なので大きく頷いた。
「わぁ!エリサさんってなにか凄い人だと思っていましたけど、殿下の恋人だったんですかぁ?」エレナは興奮してエリサの手をとった。
「あれ?」
信じて…くれた?…
「エリサさんは何処で殿下と知り合ったんですか?」
「いつからお付き合いしているんですか?」
「もう結婚とかも約束されているのですか?」
「殿下って歳はお幾つなんですか?」
「殿下ってどんなお人ですか?」
「殿下には料理を食べてもらいましたか?」
「次はいつ会われるのですか?」
「あ、もしかして今回のバリエってそういうことなんですか?」
「あの、えっと…」エリサに向かって矢継ぎ早にに質問が浴びせられる、エレナはだいぶ興奮しているようだ。
あれ、どうしようなんて答えよう?いや、最初の質問ってなんだっけ…
エリサはこの状況についていけず何も答えられない。しかしエレナのテンションは上がりそんなことは御構い無しの様子だ。
「こういうのって、どちらから告白したんですか?」
「あっ!そうなると、エリサさんはお姫様になるんですね!…わぁ〜凄いです」
「え…?…お姫…さま…」この言葉にエリサはドキッとした。
「はい、殿下の恋人ってことはゆくゆくはお城で生活して、お姫様になるんですよね!」
「…………」
………なんだろう、急に身体の火照りが治った、それどころか胸のあたりがザワザワと変な感じがする…
お姫様?そんなことは一度も考えたことはなかった…
わたしは…
エリサは急に手を顔に当て下を向いてしまった。
私は…ルイスが好きだ。
お姫様というものには憧れる、しかしなりたいかと聞かれれば……なりたい訳ではない。
これからも料理を作っていきたいし、多くの人に私の料理を食べてもらいたい。
そして今の私の目標は酒場の再開だ、もしかしたらこれってルイスと離れないといけないってこと?
それはイヤだ…
でもどうしたら…
「エリサ…さん…」急に態度の変わったエリサを心配そうにするエレナ。
「あ、ご、ごめん、その…まだ、ちゃんと付き合っている訳じゃないんだ」エリサは笑顔を繕いできるだけ元気そうに振る舞った。
「もしかしたら、ただの片思いかもしれない…」
そうだ、私は何を舞い上がっていたんだろう…アンネさんやバルサさんが盛り上がっているからその気になっていたのかな…
そう思ったらとても冷静な自分がここにいる。ルイスとの出会いも、今までの出来事も、まるで他人の出来事のように淡々と説明できた。
それをエレナは何かの物語でも聞いているかのように眼を輝かせて聞いている。
私は…
どうしたらいいんだろう…
エレナちゃんに恋の話を振られたときはどうしようか戸惑ったが、隠すのもおかしくなるので正直に答えた。
ルイスが好きという気持ち、しかしまだ好きと言われたわけでは無いということも。
「はは、やっぱこういう話は恥ずかしいね」
かなり恥ずかしいがエレナちゃんなら話しても良いと思えたから全てを話した。
でも…なんだか急に寂しくなったな…
ルイスに会いたいな…
陽が落ち始める頃になるとかなり年配で白髪の執事のような男性がエリサ達を迎えに来て、ようやく屋敷の中に案内してもらえることになった。
「皆さん長い時間お待たせをして失礼いたしました。私はこの町の領主アーロン様に使えるベニートと申します、滞在中のお世話をさせて頂きますのでよろしくお願い申します」なんとも丁寧な言葉遣いと態度にこちらが緊張してしまいそうな人だ。