初めての野営
ルヒアナまでの道程はひたすら山の中を進んでいく。
生茂る木々が夏の陽射しを遮ってくれるのでそれ程暑さは感じない、どこまでも変わらない深緑の世界を眺めるエリサ達は飽きる事は無かった。
「私達、本当にバリエに向かっているんだねぇ」エリサが感慨深そうに言った。
「はい、なんだか信じられません」エレナも感慨深そうだ。
「でもエリサさんはともかく、まともに料理ができない私のような者が同行できるなんて…」エレナは少し不思議そうに続けた。
………私が女性だから同性を選んだのだろうか?エリサも少し不思議に感じた。
「2人とも疲れて無いかい?」 前を走る馬車に乗っている筈のバルサさんが馬に乗り様子を見にきてくれた。
「は、はい!大丈夫です」エレナが慌てて姿勢を正し、かしこまる。
「ありがとうございますバルサさん、移動中は私達は座っているだけですから」エリサはそのまま笑顔で答えた。
元気そうな2人を見て安心したのか「そうか…」と一言言って微笑んだ。
「この先に開けた河原があります、少し早いですが今日はそこで野営になりますのでよろしくお願いしますね」
「あ、バルサさん!」エリサが移動しようとしたバルサを何か言いたそうな顔をして引き止めた。
「ん?どうしました?」
エリサは一瞬エレナを横目で見て続けた。
「えっと、今回の同行者ってどうやって選ばれたのでしょうか?」
バルサは突然の内容に面を食らった顔をしエレナを見て少し考えた「何かトラブルでも?」
「あ、いや…そういう訳ではなくて、ただ単純にエレナちゃんはどうして選ばれたのかなぁって話をしていて…」エリサはとんでもないことを聞くものだとエレナはビックリして下を向いてしまった。
この質問が何か不都合があったものではなく、ただ単純に女性の世間話の中に出てきた疑問の一つなんだと直ぐに理解することができた。そしてバルサはそんなことかと思い苦笑いを浮かべた
「ははは……彼女はセリオの推薦ですよ!」バルサがそう言うとエレナが驚いた顔でバルサを見た。
「エリサさんともう1人の同行者を決めるときに『協調性があって真面目な料理人を』とセリオに相談したらエレナさんを真っ先に推薦しまして。まぁ同性でもあったしそのまま決定したんです」
「真面目な料理人だって!」エリサが嬉しそうにエレナの手をとるが、そんな風に言われると思っていなかったらしくエレナは顔を赤くしてポカンとしている。
女性は呑気なものなのか度胸が座っているのか…わからんな…
バルサはそんな事を思い小さく吐息を吐いた。そして周辺の警戒を怠らないよう兵士達に告げ先を急いだ。
バルサさんの言っていた河原に着くと、そこは思っていたより広く、川の水も綺麗だ。
河原に降りると空はまだ青く夕暮れまで時間があるのは理解できた。しかし木々がうっそうとしていて太陽の光を遮っている、河原は夕暮れと思うくらいに薄暗くなっていた。
「エレナちゃん、早速用意しよう!」早めに野営の準備をするのはこういう事かと理解したエリサも夕食の準備を急いだ。
河原の石を積み上げ簡易的なカマドを作り火をおこす。周りでは兵士達が手慣れた感じでテントを張っていた。
エリサ達にとって川の近くというのは嬉しいことだ。調理に必要な水が大量にある、せっかくなので水を沢山使う事にした。
昼と同じく火をおこすのはエレナちゃんにお願いした、野菜などを切るのはもっぱらエリサの仕事になるのだが他の事であればお願いできる。
水汲みはもちろん、野菜を洗ったり、切った野菜を炒めてもらったり、料理が焦げないようにゆっくり混ぜていてもらったりしている。
エレナは確かに不器用だがとても丁寧に仕事をする、盛り付けなんかもセンスがあり綺麗だ。エリサも安心して任せることができた。
まず作ったのが以前にディベスで作った野菜たっぷりのカボチャのスープだ、明日の朝も食べれるように量はタップリと作る。今回は鶏肉は無いので豚の燻製肉を刻んで入れる事にした。
次にトマトとキュウリ、スライスした玉ねぎを作ってきたドレッシングで和えてサラダの代わりだ。
メインはパスタを作る事にした、魚の干物をほぐしてニンニク、トマト、ケイパーでソースを作る。
夜は沢山食べると思いパンも用意した、オイルにすりおろしたニンニクと刻んだバジルを入れ塩味を効かせる、これをパンに塗って焼くとパスタやスープとの相性が最高なのだ。
「よし、できたね!」エリサとエレナは向き合い嬉しそうに笑い、大きく息を吸った。
「みんなーーーできたよーーー!!」
その声を聞いて嬉しそうに全員が集まる。
赤く染まった空が少しづつ暗くなってきた頃だが、河原の周辺には獣除けのために数カ所で炎が焚かれていて以外と明るい。
料理の完成を聞くと、また見張りの兵士も集まってきてしまったが流石に夜は危険なので料理を受け取ると持ち場に戻って行った。
皆んなが口を揃えて美味しいと言ってくれる。作った甲斐があるというものだ。
するとバルサさんが葡萄酒を片手に近くに来てくれた。
「エリサさんにエレナさん、本当にウマイ!まさか移動の山中でこんな料理が食べれるとは思っていなかったよ」
お酒のせいか焚き火の灯りのせいか、顔が赤くなっているのがわかる、そしてご機嫌になっているのもわかる。
「へへ、ありがとうございます」改めてそう言われるとこそばゆいものだがとても嬉しい「でも、これはエレナちゃんのおかげです」
「いえいえ、私なんて雑用しか出来ていませんし…」エレナはとんでもないとばかりに否定した。
「エレナちゃんは良い料理人になりますよ!とても丁寧でセンスがあります、あとは慣れるだけですから」
領主様に対して全く遠慮のないエリサの言葉と態度に、エレナはハラハラしっぱなしだ、そんなエリサを止めようとするが全く気にしていない所が余計にエレナを慌てさせる。
「ははは、良かった、2人とも仲が良さそうで! 今度はエレナさんの料理を楽しみにしているよ」また悪戯っ子のような目でそう言うとバルサは元の場所に戻って行った。
「もう〜、領主様に向かってやめてください」エレナがかなり慌てているがそのうちエレナちゃんに作ってもらおうかなと、そんなことまで考えていた。
エリサは何処にいても一緒だと思った。
私の料理を食べて楽しそうに笑顔になってくれる人がいる、それがエリサにとって最高に幸せなことなのだ。
こんな気持ちにさせてくれるから料理は辞められない。
移動しながらの料理なんて初めての事だったので上手くできるか心配だったエリサだが無事に初日の仕事を終えることができて満足そうにしている。