見習いコック、エレナ
エリックに案内してもらい、やっとの事で厨房に着いたエリサ。
手伝いをしてくれるエレナさんとも無事に会うことができた。
エレナの歳は19才、両親が食堂を経営していたが今回の争いで店が燃え崩れてしまったため、店が再開できるまでの間、見習いコックとしてここで働かせてもらっているそうだ。
食堂では接客ばかりしていたため料理は得意では無いらしい、立派なコック服を着ているので仕事ができそうに見えるが毎日洗い物や雑用ばかりしていると言う。
接客ばかりしていたためか、そういう性格なのか、常ににこやかで優しい口調のため初対面なのに話しやすい。とても落ち着きがあり年の割に大人びた雰囲気を持っている。
エリサはエレナと少しだけ自己紹介程度の話をした後、早速準備に取り掛かることにした。まず厨房のコックさん達に挨拶をし、食材を分けてもらう。
コックという職柄、職人肌で気難しい人が多いと想像していたが皆、気さくな人達ばかりで快く食材をわけてくれた。しかも何か仕込んだり準備があるなら自由に厨房を使っていいと言う、ありがたい。
エレナと一緒に屋敷の食材庫に行くと届いたばかりの新鮮な夏野菜がたくさん置いてある、なす、キュウリ、トマト、とうもろこし、ピーマン、どれも水々しい。
「わぁ、すごいどれも新鮮で美味しそう」エリサの目が輝きだす。
「野菜は先程届いたばかりなんですよ、これから教会などで生活している人達に配布されますので今のうちに確保しておきましょう」エレナは終始にこやかに話をする、エリサより若いのに落ち着きがあるのでどうしても大人に見えてしまう。
しかしこれほどの量の食料を定期的に配布するなんて無理があるのではとエリサは思ったが、どうやら前領主のクラウスは私財をかなりため込んでいたらしく、バルサさんはその全てを復興の為につぎ込むと言っているらしい。
もともと住民の税金を溜め込んだものだ、それを住民に返すだけなのだから大したことではないとバルサさんが言っていたらしい。
ここにきてクラウスという前領主の存在がひどいものだったのかもしれないと感じてきていた。
気持ちを切り替え準備を続けるエリサ。
「ルヒアナには明後日の午前中には着くと言っていたから…」エリサが早速、必要な量を考えていると、その間にエレナは大きな籠や空のビンなどを用意している。
以外と気が効くかも…エリサは考えながらそう感じていた。
「それじゃぁ、えっと、エレナ…エレナちゃんでいいかな?」エリサはこれから一緒に仕事をするのに他人行儀なのも嫌だったのでそう呼んでみた。
「は、はい」エレナは変わらず笑顔で答えてくれた、少し恥ずかしそうにも見えた。
「まずビンに調味料を入れてもらえる?塩、砂糖、油…籠にも野菜を入れて、トマトは潰れやすいから気をつけてね、私は向こうの干し肉とか見てくるわ」
奥に進むと他にも沢山の食材があった、さすがに生の肉や魚は持っていけないので干し肉や魚の干物になってしまう。普段使わない食材に考え込むエリサ。
「なぁ、あんた、ちょっと良いかい?」
「ひゃっ!」突然背後から声を掛けられ驚くエリサ。
「あ、すまん俺はここで料理長をさせてもらっているセリオだ」
「あ、先程挨拶したときの…」
「この奥に領主様が遠征したりするときに使う調理器具があるんだ、必要な物はなんでも使ってくれ! 」
少し無精髭を生やしたセリオは長いコック帽をかぶり、タオルで手を拭きながら話している。少し早口だ。
「あ、それと今回はすまなかったな、本来なら俺たちが同行しないといけないのだが君に任せてしまって…」
こんな言葉が聞けるとは思っていなかった、もっと無下に扱われるかと心配していた自分が恥ずかしい、それにお陰でバリエに行く事が出来るのだからこちらこそお礼を言いたいくらいだ。
「いえ、こんな私でもお役に立てるのでしたら光栄です、それにバリエに行けるのがすごく楽しみなんです」エリサは恥ずかしそうに答えた。
「そうか、良かった!じゃぁ俺たちは夕食の準備があるからよろしくな」セリオはそういうとすぐに厨房へと戻って行った。
セリオに言われて奥へ進むと使っていない調理器具が沢山置いてある。ちゃんと手入れもされていてどれも綺麗だ、厨房も綺麗にしていたしこれだけ見ればここの料理人達は道具を大切にしていて料理が好きなんだとすぐに理解できた。
なんだかそういう人に会えただけで嬉しい気持ちになる。
エリサが器具のチェックをしていると野菜の仕分けを終わらせてエレナがやって来た。
「エリサさん、野菜と調味料の仕分けが終わりました。あと乾燥させたハーブがいくつかあったので入れておきました」
「え、ありがとう!」やはり気が効くと感心するエリサ、頼りになるパートナーで嬉しくなった。
「それじゃぁ、これ運ぶの手伝ってもらえるかな?」そこには鍋などの調理器具が置いてあった。バルサさんには極力荷物を減らしたいと言われていたが23人分の料理を作るとなるとそれなりに大きな道具が必要となるし、屋外で調理をする場合火力が心配だ。しかも女性が扱うには大変だと思い少し小さめの物を多めに用意する事にした。
魚の干物や、干し肉も運び、まだ時間もあるので少し仕込みをする事にした。
「エレナちゃん、ドレッシングとピクルスだけ作って行こうと思うんだ、手伝ってもらえるかな!」
エリサがそう言うといつもにこやかに返事をしていたエレナの表情が少し緊張しているように見えた
「ん?大丈夫?」
「あ、はい。がんばります!!」
ん?がんばる? その言葉に嫌な予感がしたエリサだったが、その予感は間違っていなかった。
ピクルスを作るために野菜を切り始めたのだがエレナの包丁捌きがかなり危なっかしい。包丁を持つその腕に力が入っているのが良くわかる、いや全身に力が入っているように見える。
キュウリを切っているときはまだ見ていられたのだが人参を切り始めたら力を入れすぎているため『ばつん、ばつん』と切る度に危険な音が聞こえる。
「えっと、エレナちゃん…もうちょっと力を抜いたほうが…」
「いや、力を入れないと切れないので」エレナの顔から笑顔は消えて、真剣な表情に変わっている。
怖い…
とても見ていられない…
「あ、人参は私が切るから、玉ねぎをお願い」
ふぅ、予想外だった、まさかこんなに包丁が使えないとは…
玉ネギならそれ程硬くないから大丈夫…っ!…?…
「あ、え、エレナちゃん…大丈夫?…」エリサがエレナの方を見るとボロボロと大粒の涙を流しながら玉ネギの皮を剥いている。
「ぁ………」
これは予想外だ…どうしよう…
でも一生懸命皮を剥いているし…
これって玉ねぎを切り始めたらどうなってしまうんだろう…
頼りになる?かな?
前言撤回…
「あ…あの…一緒にやろうかな…」エリサはエレナの横に行き皮を剥き始めた。
「玉ネギはね、最初にペティナイフの刃先を根の所に刺して芯をくり抜くんだよ、それとできるだけ顔に近づけないほうがいいかな…」エリサが隣でやってみせる。
「ふ、ぶぁぃ…」エレナは涙をボロボロ流しながら同じようにやってみる、しかし上手くできずに鼻水までも出てきているようだ。
可愛い顔が涙でクシャクシャになっていくのは見ていられない…
「とりあえず、ちょっと手を休めて、休憩しよっか!?」エリサはどうして良いかわからず一旦作業を中断した。
食材庫に行き、邪魔にならない所に腰掛けるエレナ。
濡らして固めに絞ったタオルをエレナに渡し顔を拭いてもらうと、もう落ち着いたようで涙は止まっていた。
「あのぉ…すいません…私、本当に不器用で…いつもあんな感じなんです…」エレナは申し訳なさそうに俯いている。
「うん、そうだね、でも皆んな最初はそうだよ」エリサはエレナの隣に腰掛けて続けた「私もね最初は同じだったよ、包丁で何度も手を切っているし、玉ネギのみじん切りをするときなんていつも泣きながらやってた。私に料理を教えてくれたアンネさんっていう人も始めは苦労したって言いていたよ」そう言いながら手に付いた傷跡をエレナに見せた。
「でも、私…いつもこんなで…」
「少しづつ練習しよ! 皆んな練習して上手になったんだよ、セリオさんや他のコックさんも、多分エレナちゃんの両親も」
「……はい」 小さく頼りない返事だったがやる気のある表情はしている。きっとエレナちゃんも料理は好きなんだとエリサは思った。
厨房に戻り作業を再開したがエレナには包丁の持ち方や姿勢などを教えながらゆっくりと作る事になった。予想外の展開だったがこれはこれで楽しいかもしれないとエリサは思っていた。