中途半端?
ディベスを後にしたルイスとラウラは峠道を馬で駆け抜けている。
何かを思い出したようで後ろにいたラウラがルイスの馬と並走し始めた。
「あ、ルイス様!キスをしなかったのは残念ですけど、ちゃんと好き!って言葉で伝えなくちゃダメですよ〜」
「あ、ああ」こいつの言う事はなんとなく的を得ているので返答に困る事がある。大概一言多いのでイラッとくるのだが…
「それにいきなり抱きしめちゃって、一歩間違えたら『きゃー』って平手打ちですから」
「お、おい、それじゃ、あそこでキスなんかしてたらただ事じゃなかっただろう」
「それはあの場の流れですよ〜、ってやっぱりキスはしたかったんじゃないんですか!?」
「………」言葉に詰まるルイス
「それに、ハッキリ言っておかないと誰かに取られちゃいますよ〜」
「誰かって…他に誰か居るのか?」かなり慌てるルイス。
「そうですね〜、例えばヘルマン様とか!」このラウラの言葉にそれはないだろうと思うルイス、あの髭面の暑苦しいおっさんはないだろうと思った。
「だってぇ、エリサさんのことを気にしてなかったら、どうしてエリサさんにお願いされて兵を出すんですかぁ?」
今この言葉をラウラに言われて思い出した、そう言えばエリサにお願いされたと言っていた気がする。急に不安になり馬を止めた。
「も、戻るぞ、ディベスへ!」
「あ、ちょっと冗談ですよ〜、戻らないで下さい!」
「だからダメダメなんですよー!これじゃぁ見てるこっちがモヤモヤして中途半端です〜」ラウラは相変わらず楽しそうにルイスをからかっている。
…………………
「いいエリサちゃん、好きな人にはちゃんと好きって言葉で言わなくちゃダメよ!」ルイスが帰った後何故か真顔でアンネに注意されているエリサ。
「は、はぁ」なんとも自分勝手な言い分な気がして生乾きのような返事しかできない。
「あれじゃぁ見てるこっちがモヤモヤして中途半端だわ」
「はぁ…」
「だいたい今時の男の子ははっきり物を言わないのよ!その気にさせといて最後はそんな事言ってない!なんて言われたらどうするつもりなのよ」
「はぁ」何故アンネさんは色恋沙汰になると人が変わったようになるんだろうとエリサは若干困っていた。
「あ、あのぉ…私そろそろベレンさんとの約束の時間なので…」
「あ、ちょっと!…」そう言うとアンネさんはまだ何かを言いたそうにしていたが本当に時間がないのでエリサは逃げるように家を出た。
結局休む事は出来なかったがとてもスッキリしたいい気分だ、ルイスが持ってきてくれた櫛で髪をとかしたので、いつにもなく髪がサラサラして風が気持ち良く感じる。
帽子もかぶり早速ネックレスもつけた、そしてまだルイスの温もりを鮮明に思い出す事ができる。
ルイスの声も笑顔も頭から離れない。
エリサは市場へ向かう途中、考えることといったらルイスの事だけだ。
今日の出来事を思い出すたびに身体が火照って熱くなるのが自分でもわかった。
「はぁ〜次はいつ会えるんだろう、早く会いたい…私、本当に待ってていいんだよね…」
ふとアンネの『そんな事言ってない!なんて言われたらどうするつもりなのよ』という言葉が頭をよぎるが『待っててくれ』と言ったルイスの言葉を信じる事にした。
そう思うとさらに身体が熱く火照ってきた。
「う〜、やばい、やっぱり私は欲張りになっている…おかしい…」今まで抑えてきた感情が爆発したかのように溢れてくる、私、もうこの感情を抑えきれない…もう…ムリだ…
市場に着くとベレンさんがすでに待っていた。
「あ、ベレンさんお待たせしました、それと今朝はありがとうございました」エリサが今までのような明るい笑顔で挨拶をする。
そのエリサの顔を見たベレンがものすごく慌て始めた「ちょっとエリサ大丈夫かい?顔が真っ赤じゃないかい!熱があるんじゃないかい!?」慌てておでこに手を乗せるベレン。
「あ、いやこれは、その大丈夫ですよ〜」
熱はなさそうなので安心するベレン、しかし今のエリサは今朝までのエリサとはまた別人のようだ、真っ赤な顔をして、いや耳も赤い、目尻は下がり、口元は緩んだままだ、何より不思議に思ったのは今までとは違ってどこか色っぽい所だ。
時折みせるその表情、仕草、今までに見た事がないエリサが目の前にいる。
この数時間の間に何があったのか気になって仕方がない。しかしそれよりも先に仕入れをしないといけない。
「ま、まぁ大丈夫なら良いんだがね…それよりも今日は何を作るんだい?」ベレンは今夜の献立をエリサに尋ねる。
エリサはしばらく考え「あ…何を作りましょうか〜?」ニヤけた笑顔でベレンに聞き返した。
「え、エリサ…あんた本当に大丈夫かい?」ベレンはかなり不安になってきた。
「それじゃぁ市場を見て回りながら考えるとしようかね」
「はい〜」
市場の中はいつもよりも明るく活気があるように見えた、ベレンに聞いたら「そうかい?いつも通りだと思うがね…」と言われた。
しかしエリサにとっては何故か違って見えるのだ、魚屋さんの大きな声、八百屋さんの値段交渉をしている姿、今日のエリサはどこを見ても今までより明るく活気があるように見えて仕方がない。
市場の中がとても賑わっているように見えて、まるでお祭りに来ているような気分になってきた「なんだか楽しいですね〜」
「はぁ?エリサ、あんた本当にどうしたんだい?」
そんなベレンの言葉も気にせず次々と食材を選ぶエリサ。
ふとエリサの手に袋が握られている事に気がつくベレン「その袋はなんだい?」
「あ、これですか! これはですね、カルラ叔母さんに分けてもらったんです」そう言って袋の中身をベレンに見せると様々な香りがベレンを覆った。そこには数種類の入り混じったハーブが詰め込まれていたのだ。
エリサはディベスに来てハーブの香りにとても癒されてきたので料理にもハーブをたくさん使ってみんなを癒してみたいと言うのだ。
ベレンは、今まで料理に使うハーブといったらほんの少しだけだった、香り付けに少し使う程度でこんなにたくさんのしかもいくつもの種類のハーブを料理に使うなんて考えたこともなかった。すでにこれだけでベレンは今夜の料理に期待し始めた。
買い物を終え、教会に戻ってきてもエリサは上機嫌のままだ、火照った顔にニヤけた口元、良い加減ベレンも見慣れてきたので気にしないようにしている。
今夜のエリサの料理は、カルラ叔母さんに褒めてもらったスズキのグリルだ、今回は少し改良して一緒に野菜もグリルした、ズッキーニ、ナス、玉ねぎ、トマトと一緒に皮をパリっと焼いたスズキの上にローズマリー、タイム、ディル、パセリ、バジルを乗せてオーブンで焼き上げる。
前回とはハーブの種類も変えた、スズキの香りと一緒に爽やかなハーブ達の香りがオーブンから漂ってくる、思わず生唾を飲むベレン。
その間にスープもできそうだ、スズキのアラで出汁をとって、そこに刻んだ野菜を入れるシンプルなものだが口に入れると野菜の甘さとクセのない魚の香りが口いっぱいに広がる。仕上げにシブレットとセルフィーユを刻んで浮かべてみた。
「味見をしますかぁ?」エリサがどこか上の空でベレンに尋ねるとベレンは大きく首を縦に振りいつものようにお椀を持ち出した。今回もお椀で味見をしたベレンがなんとも言えない幸せような顔をしている。
「じゃぁ、そろそろ魚も焼けたかな?」エリサがオーブンを開けるとスズキの焼けた香りとハーブの香りが一気に厨房へと広がる。
「…おや??」しかしトマトが焼けて潰れてしまっていることに気がつきベレンが失敗したのかと思った。
「あ、これはですねぇ〜………こうやってさらに潰して混ぜてっと!はい味見して下さい」しかしそうではなく潰れたトマトがそのままソースになって良い具合に野菜とスズキに絡まる。様々なハーブの香りと相まってベレンは今までに食べてことのない味に興奮気味だ。
無事に料理を作り終わり片付けが終わってもエリサの顔は火照ったままだ。
久しぶりに被っているこの帽子
自分の手に馴染んだこのナイフを持つとき
首にかかっているネックレスに気がついたとき
何をしていても昼間のルイスを思い出してしまう
生まれて初めて感じるこの感情は今は恋だと自覚をしている。
今までにも異性を気にしたことはあった、しかしこの感情は全く違う、ルイスのことを思うと胸が締め付けられ、身体は熱くなる。
夢の中にいるようなフワフワした不思議な感覚。
心も身体も気持ちが良い…
一日中ルイスの事を考えていたい、あの温もりを思い出していたい。
エリサの顔の筋肉は緩みっぱなしだ。