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酒場のエリサ  作者: smile
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3日目の朝

 

 ディベスへ避難してきて3日目の朝、昨夜から始めた教会での料理当番、今日は朝ごはんを作りに行くのだ…………


 …………そのはず…だった。


 長年続けた生活習慣とは恐ろしいものでエリサの朝は遅い!

 今まで朝から早起きして料理を作ったことなど一度もない事にエリサ自身が忘れていた。おかげでアンネに起こされるまですっかり夢の中だ、しかも枕の中にまで何やらポプリが入っているらしく、これがなんとも気持ちがよく思いっきり爆睡してしまっていた。


 アンネに起こされたときは何が何だかわからず良い香りのする枕を胸に抱え、その匂いを嗅いでいてまだ夢の中にいるような気分でいる。


 幸いにも寝起きは悪い方ではないのですぐに気がつき、飛び起きてからは早かった。

 昨日アンネさんに借りた服はどうにも着慣れていないので落ち着かなかったが、あれはアンネさんのちょっとしたイタズラのようなものだったらしい。

 昨夜帰ってからアンネさんの服を見させてもらったらシンプルなワンピースやエリサがいつも来ているようなシャツやズボンも持っていたのだ。

 少しだけ不貞腐れて着慣れているシャツとズボンを借りようとしたのだが「女の子は女の子らしい格好をしないとダメよ!」と言われ一番地味そうなこげ茶色をしたワンピースで手を打ってもらうことにした。

 おかげで今朝の着替えは早く済ませることができた。

 着替え終わるとそのまま外へ飛び出し全速力で走った。時折吹く強い風に煽られながらも走りながら髪を後ろでひとつに束ねるエリサ、しかし地味なワンピースにしたとはいえスカートは走りにくい。今度はスカートの裾を少しだけ手で捲り上げた、こんな姿をアンネさんが見たらまた何か言われそうだと思ったが今はそれどころではないのだ。いきなり寝坊なんかしてもう来なくて良いなんて言われたらしばらく立ち直れない気がする。


 教会までは歩いて10分程度の距離なので走れば2〜3分で着く、しかしこの距離を全速で走るのはかなりキツイ。

 束ねた髪は乱れ、息を切らせて厨房に入るとベレンさんが1人で準備をしていた。


「はぁはぁ…す、すいま、せん…」息が上がっていてうまく喋れないエリサ。


「おや、大丈夫かい?エリサ!」ベレンはキョトンとして持っていたナイフの動きを止めた。


 エリサは入り口の壁に手をつき、もたれかかりながら呼吸を整える「はぁ…ふぅ…あ、あの寝坊してしまいまして…すぐに手伝いますから…」


「いやいや、あんたちょっと休みな!そんな息を切らせて…」ベレンの目に映った今日のエリサは今まで見てきたどのエリサとも違っていた、髪は乱れ少し青ざめた顔色で息を切らしまともに話せないでいる。昨夜の自身に満ちた表情をして魔法使いのように料理を作ってくれたエリサと同じ人物には到底思えない。なかなか、飽きさせない娘だなと苦笑いをした。


「昨夜エリサと話した通りの準備をしているところだよ、あんたのおかげで1人でも大丈夫そうだよハッハッハ」

 朝はスープとパン一切れあれば十分ということなので、昨日話をして鶏肉と野菜がたくさん入ったスープに決めていた。

 材料はほとんど切られていて、大きな鍋も用意してある。後は火をいれるだけになっているようだ。

「はぁはぁ、いえ…大丈夫です。後は私がやります、作りたいんです」

 置いてあった大きなエプロンをつけながら数回深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着かせた。


「そうかい?」ベレンは心配そうにエリサを見ながら切ってある野菜のはいったカゴを渡した。


 今朝のスープは野菜を小さく切るためそのカットが大変なのだ、一番大変な作業をベレンさん1人にやらせてしまいエリサは申し訳ないと思っていた、でもその野菜で美味しいスープを作れなかったらもっと失礼になってしまう、しかしそう思うと自然と意識が集中してきた。少し追い込まれた方が実力を発揮するタイプなのかもしれない。


 まず鍋に油を引いて小さく切った鶏肉を炒める、8割くらい火が通ったら取り出してベレンに渡し乾燥しないように蓋をかぶせて蒸らしておく。

 そのまま鍋に野菜を全部入れて炒める、野菜の量が多いので炒めるというより蒸し焼きにしている感じだ。鍋に入れたのは玉ねぎ、人参、キャベツ、セロリ、ニンニク、かぼちゃだニンニク以外全部1〜2cmくらいの大きさに切ってある。

 しばらくすると野菜がクタクタになり見た目の量は1/3くらいになった、ベレンが鍋を覗くとこれだけで食べても美味しそうなくらい野菜の甘い匂いがしてきた、野菜だけでこんなにも美味しそうな良い匂いがするのか?と思わず目を見開き生唾を呑んだ。

 エリサはそこに水を入れて混ぜると柔らかくなったカボチャが溶けてほんのりと黄色いスープになる、しばらく煮ると厨房の中に甘くて優しい香りが漂い、最初に炒めた鶏肉を戻し入れると味付けは塩コショウでシンプルに仕上げた。


「うん、できた!」エリサが満足そうに味見をすると、隣でベレンが目を輝かせてお椀を持っている。「あ、味見…ですよね…」エリサは味見にしては大きいお椀を見て苦笑いをし、ベレンに渡すと熱々のスープを我慢できずに口をつけた。


「はふ、あつ……はぁ〜、こりゃまたたまらんね〜」ベレンは満足そうに満面の笑みを浮かべた、そのまま一気に飲み干すと満足したのか、皆へ出すための準備を始めた。

「それじゃぁまた私がパンを切るからよ、エリサは器によそってや!」


「はい」美味しそうに食べてくれたのでエリサも嬉しく、元気に返事をした。


 無事に全部出し終わり、片付けをしていると後ろの入り口の方がガヤガヤとしている。特に気にせず片付けを続けていると、ぞろぞろと厨房に人が入ってきた「あの〜失礼します…」一番前にいた男性が恐る恐る話し始めると料理を作ってくれた人はこちらですかとベレンさんにきいていた。ベレンさんが「そうだよ!」といつもの調子で元気に答えると全員がお礼を言い始めた。

「いつも美味しい食事をありがとうございます」

「おかげでなんだか元気が出てきました」

「昨日のスープを飲んだ時になんだか懐かしくてラージュを思い出しました」

「いつまでもお世話になっていられないので早く行くあてを探しますのでもうしばらくお願いします」


 皆がわざわざお礼を言いに来たのだ。エリサは奥にいたため気がつくのが遅れたがその言葉を聞いて片付けていた手が止まった。


 しかし、すぐにその中の1人がエリサに気がつく「あれ? あんた…エリサちゃんか?」それは何度もお世話になったことのある漁師の1人だ。

 すると他の人もエリサに気がつきエリサの元に駆け寄ってきた。それほど広くない厨房に20人近く入ってきたのだから中はぎゅうぎゅう詰めになってしまっう。身体の大きなベレンさんは身動きが取れずに困っている。

「あれ、どうしてエリサちゃんが作っているんだい?」

「エリサちゃんだって一緒に避難してきた中にいただろうに?」

「いつもと服装が違うから別人かと思ったよ」

「やっぱりエリサちゃんの料理だったか、美味しかったよ!」

「本当にありがとう!」

「明日も作ってくれるのかい?」


「えっと…ははは……」矢継ぎ早に次々と話されて何をどう答えて良いのかわからずエリサは戸惑い、苦笑いを浮かべて困っている。

 しかし質問攻めとお礼の言葉は収まるどころか次々とエリサに浴びせられていく。


「ちょいと!あんたたち!」その時ベレンさんの大きな声がそれほど広くない厨房に響く。

「エリサはあんたらに元気になってほしいと言って、ここで料理を作り始めたんだ!元気になったんだったらやる事があるだろう!? さっさと食いぶちの一つでも探して来な!エリサを困らせるんじゃないよ」

 一瞬で静かになった、みな、頭ではわかっているんだ、こんなことをしている場合ではないということを、でも気持ちが負けてしまっている。


「あの、私の料理を食べて少しでも元気になってもらえたならすごく嬉しいです、皆さんにはラージュでお世話になったことのある方たちばかりでしたので少しでも恩返しができたらと思って料理を手伝わせてもらったんです…」エリサは恥ずかしそうに少し控えめな声で話した。


「恩返しだなんてとんでもない、私たちはいつもあんたの店で美味しい食事をいただいて元気をもらっていたんだ。その上こんな大変な時にまで気を使わせちまって…ありがとうねぇ」1人の奥さんが涙ながらにエリサの手を取った。

 後ろの方の男たちが静かに厨房を出て行き始めた「行くぞオメェら、これ以上エリサちゃんに気ぃ使わせんじゃねぇ」「ああ、早く食いぶち探しに行くぞ!」「ああ、俺が先だ!」

 遠くでそんな男たちの話し声が聞こえた、エリサは作っているのがバレて少し恥ずかしかったがみんなが元気になってくれて良かったと思った。

 残っていた女性たちも騒がして悪かったとエリサとベレンに謝り何かできることを探しに朝早くから外へ出て行った。


なんとも慌ただしいエリサの朝が終わろうとしている。

でも何でだろう…やっぱり、嬉しいな…


 今夜はカルラ叔母さんの家で料理当番なので手伝いに来れないがベレンさんがどうしてもエリサの料理を作りたいという。仕方がないのでレシピをベレンさんに渡して作り方の手順を説明した。

 一品は昨日作ったエスカベッシュがある、味が馴染んで昨日より美味しいはずだ。もう一品はジャガイモをたっぷり使ったクリーム煮を教えた、それほど難しい料理ではないので大丈夫なはずだろう。


 片付けや料理の説明をしたりしていたら、あっという間にお昼近くになっていた、外へ出ると陽射しが強く夏が近づいてきているのを感じる、そして相変わらずディベスの風は強い。


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