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酒場のエリサ  作者: smile
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タベルナエリサ

 

 今日は町が解放された初日という事で街中がお祭りのような騒ぎになっている。

行き交う誰もが喜び、笑っている。

陽が沈む頃になっても遠くの方からは楽しげな音楽や賑やかな人々の声が聞こえる。興奮はおさまらず外を出歩く人が多い。危険に怯え閑散としていた街に活気が戻ってきた。


 街道も無事に開通したらしく近隣の町から行商人達が沢山の品物を持ち込み、街の至る所で露店が開かれている。

 国王軍も領主ら貴族達との話し合いや治安維持の為に未だ多くの兵士が残っている。そのため商売人達はここぞとばかりに張り切っている、もちろんエリサも例外ではない。


街外れの港にある酒場の奥ではエリサが今日獲れたばかりの魚介類を使って様々な料理を作っていた。


 陽が落ちる前のまだ明るいうちからエリサの酒場には人が溢れ、誰もが久しぶりの自由を感じていた。

 恐怖から解放され、自由に外を歩ける。これだけでも嬉しいのにこの酒場ではとびっきり旨い料理と酒が味わえる。誰もが自然と笑顔になっていた。


「くぅ〜〜!!」今日は楽しくない人なんて一人もいない、エリサはそんな笑顔で溢れる店内を見渡すと叫びたくなるほど嬉しくて仕方なかった。

 するとウェイターのセヴィが追加の料理の注文を取ってきた、正しくはセヴィラックだが言いにくいのでセヴィと呼んでいる。

「オーナー注文です、カサゴのトマト煮・スズキの香草焼き・スズキのカルパッチョ・貝のワイン蒸し、お願いします」

「うん、わかった!」嬉しそうに笑顔で応えるエリサ、仕事中は髪を後ろで束ね上げて帽子を被り、男のようなシャツとズボンの服装で長めのサロンを腰に巻いてる。

 エリサはシャツの腕を捲り上げ注文の入った料理を手際良く作り上げていく。

『旨い魚を食べたかったらエリサの酒場へ行け』と言う人も多いくらい味の評判は良い。酒場という事もあって揉め事も少なくない為エリサ以外の店員は男性を雇うようにしている。


「ぉう嬢ちゃん……今日は…一段…と繁盛してるねっぇ」カウンターではカイが嬉しそうに1人でお酒を呑んでいる。

 調理がひと段落したためエリサがカウンターに出てくる「アンネさんは一緒じゃないんですか?」1人でかなり酔っ払っているので心配そうにたずねるエリサ。

「あぁ…うちのは騒がしいのが苦手だからな、それよりオレァまたじょうちゃんの料理と…サケが…の、のめるってんが嬉しぃんだよ〜〜」


「明日も漁があるんですから呑みすぎないで下さいね」ずいぶん酔ってきているらしくろれつが回らないようだ。エリサは笑顔で返しもう一人のウェイター、エリックにこれ以上カイさんにお酒の追加を出さないように言っておいた。


 今までは酒場なのに夜は営業しないという事で海賊達に目を付けられて店内を壊された事もあった、店の中を見渡すと辛かった記憶が蘇る。

 椅子を投げつけられ空いた壁の穴、継ぎ接ぎされた床、添え木をしているテーブルや椅子の脚も…「そういえば全部1人で治したっけ…あの時は泣きながらやったなぁ、悔しかった…でも、やっと元の生活に戻れる。うん!とりあえず椅子とテーブルは早めに新しくしよう!」


 ふと隅のテーブルに目をやると見慣れない若い男性が2人で食事をしていることに気がつくエリサ。


「おいバルサ、これすっげーうめぇぞ、こっちの煮込み料理なんて初めて食べる味だ」

「ほんとに何を食べても美味しいですね」


そんなやりとりが聞こえてきた。エリサは嬉しくて口もとがついつい緩んでしまう。


 自分の料理を美味しそうに食べてくれる二人の若い男性を見ていたら、急に昼間カイに言われた言葉を思い出した《彼氏の一人でもできたかい?》エリサは一人で耳を赤くし、酔いつぶれそうなカイを横目で睨んだ。


あれ?でも…もしかしたらあの人達………


何かに気がついてエリサが隅のテーブルへ歩いて行く。


「今日はお越し頂きありがとうございます、オーナーのエリサ・エル・アイーダと申します」


「?…」突然の挨拶に2人は少し焦ったようで食事の手を止めた。特にバルサと呼ばれていた背の高い方の男性は無言でこっちを見る。まるでエリサの全身を調べているようだ。さっきまでの柔和な雰囲気が嘘のようで、何故か警戒している様にも感じる。

……あ、そういえば、おじいちゃんに私のミドルネームは特別だから人に言わないようにって言われてたっけ。でも、多分この人達は騎士だ、ちゃんと挨拶しないと失礼だしなぁ…それにもう言っちゃったし…


「あ、食事中申し訳ありません。あのもしかしたら今回の討伐軍の方々かなぁっと思いまして…」


「だとしたらどうした?」バルサと呼ばれていた男の方がものすごく警戒した、しかも目つきが変わった。


やっぱり何か勘違いされたかしら?…


エリサは予想外の雰囲気に戸惑いながらも深々と頭を下げた。


「この度はありがとうございました!お陰で店も再開できましたし街にも活気が戻ってきました本当にありがとうございます」


「俺たちが討伐軍だと何故わかったんだい?」もう1人の男性が静かに尋ねてきた。


「いえ、なんとなく。この街では見た事がない2人でしたし商人には見えなかったので、十中八九そうかなと思いました」


「……………」


「そうかぁ…」少し間をおいて2人は安心したように肩の力を抜きお互いに見合った。「すまなかった、 まだ海賊の仲間や討伐軍を良く思っていない人もいるみたいだからな、つい… 俺はルイス、こっちはバルサだよろしく! ところでこの料理は君が…えっと…エリサが…作ったのかい?」


「はい」エリサが普通に返事をすると2人は向きあいニヤリと微笑む。


「…っ !!こっちこそありがとう!!」突然二人共が同時に身を乗り出し笑顔をみせた。まるで子供のようだ。


「っへ?」驚き一歩退がるエリサ。


「こんなに旨い魚料理を食べたのは生まれて初めてだ‼︎俺たちのいる首都バリエは内陸部で魚と言ったら川魚が殆ど…、このラージュからも定期的に魚が送られてきているがこんなに旨くは無い!! 最高だ!!」ルイスは立ち上がりエリサに顔を近づけて熱く語り始めた、隣ではバルサがその通りと頷いている。


「え…あはは…」矢継ぎ早に料理を褒めるルイス。エリサが苦笑いをして呆気にとられているとエリックがやってきて申し訳なさそうに小声で話す。


「オーナー、カイさんが呑みすぎたみたいでつぶれてしまいましたがどうしましょう?」エリサが振り返ると椅子から転げ落ち床を舐めるように眠ってしまっている。

「あちゃ〜〜、ちょっとカイさん大丈夫?」エリサは2人に会釈をし、直ぐに駆け寄り起こそうとするが大男のカイは全く起きる様子もなくタコのようにグニャっと床に寝そべってしまう。


「どうしよう…」



「うん、こりゃ明日まで起きんだろう、店の隅っこにでも運んでやるからちょっと待ってろ、おいバルサ」ルイスが覗き込むように見たあとバルサと一緒に身体の大きなカイを軽々と運んでくれた。


「あ、ありがとうございます」こういう時の男は頼りになるとエリサは何となく思った。


「それじゃぁ俺たちは行くぜ。また明日も来るからよろしくな」2人は代金を払い満足そうに店を出ようとした。


「あ、明日………」しかし明日と聞いてカイを見て不安そうになるエリサ。

「あ、ちょっと…あの…もしかしたら明日は魚が余り入らないかも知れないです。このカイさんはうちに魚を卸してくれている漁師さんなんですけど、この調子だと明日は漁に出れないかも知れませんし…そうなったら魚は今日の残りしか……ごめんなさい…」エリサがかなり困っているのが良くわかった、そして申し訳なさそうに2人に謝るエリサ。

「他に漁師はいないのかい?」バルサが怪訝そうに尋ねる。

「あ、はい、いるんですけど、漁が再開したばかりで街の中だけでなく隣町や首都のバリエなど内陸部の町から注文が殺到しているらしく、すでに多くの漁師が商人達と契約してしまっているんです」

 カイはエリサが幼い頃から世話になっている漁師なので商人達とは契約せずエリサの為に漁にでていることも話した。


………


「なんだってぇー! おい こら 漁師のオッサン起きろ! 今直ぐ家に帰って明日も漁に出ろ!!」ルイスがそれは困ると言わんばかりにカイを揺すり起こそうとするがグニャグニャするだけでいっこうに起きる様子がない。


「オイ!いい加減起きろ!」


 エリサが他の店を紹介しようとしたが全く聞く耳を待たない、この店のエリサの作る料理の味が気に入ってしまったらしく明日もここで新鮮な魚料理を食べることしか頭に無いらしい。

 ここで揉めている間にも新しいお客も増え、酒場は益々繁盛してきた、エリサは仕方がないと思い一旦離れて注文の入った料理を作り始めることにした。

「明日の事は明日考えよう、他にも馴染みの漁師さんはいる。明日は魚をお願いしていないが少しくらいなら分けてもらえるだろう…たぶん…」


 夜も更けてくると酒場はさらに忙しくなり久しぶりの大盛況だ、もう魚介類はほとんど残っていなかった。

「明日…どうしよう…」ふとカイの方を見るとルイスと目が合った。なにやら真剣な表情をしてこちらへ向かってくる。「あ、あの…はい?」何が何だかわからず戸惑うエリサ。


「あのおっさんの家は近いのか?」


「っへ?」


「だから近いのか?」その気迫に押し負け「はい」と答えてしまった。

するとルイスはニカッと笑い「よし、じゃぁ俺が家まで運んで行ってやる!場所を教えてくれ」


ルイスは明るい声と笑顔で、それが当たり前と言わんばかりにとんでもない事を言った「………」おかげでエリサは一瞬時が止まったかのような錯覚に陥った。


「だから教えてくれ!」無反応なエリサにもう一度同じように問いかけるルイス。


エリサはハッと我に帰り「へっ、いや、そんなお客様にそんな事を、いや初めて会った人に、それに家を教えるなんて…」エリサはかなり困った、アンネさんだって寝ているだろうし驚くだろう。


「…………」エリサの不安を感じ取ったのかルイスはバルサを呼んで小声で話し始めた、バルサは始め嫌がっているように見えたがルイスに説得されたのか背筋を伸ばし真剣な表情になり、脇に携帯している短刀の紋章を見せ小声で話し始めた。

「エリサさん、私達は王族直属の兵です、どうか信用して頂きたい」


「……?」いきなりの事で驚きエリサは声が出なかった、確かにあの紋章は王家の物だ。偽造?それとも盗んだか拾ったか?しばらくの間は疑うことしかできなかった。いや、仮に本物としよう。だとしたら、たかだか明日の魚料理のため、それもこんな町娘が経営している店の為になぜ王族の騎士が動く?おかしい、ありえない…エリサは益々理解できなくなってきた。


「俺たちはあと数日でこのラージュを出るだろう、治安も回復し経済が元に戻る。そうしたらもうこの町に来る事は無くなる、また物騒な事件が起きない限り…」今度はルイスがさっきまでとは違い真面目に話し始めた「俺たちの住むバリエはかなり内陸にある、ここのように新鮮な魚料理を食べる事はできない、それにエリサ、君の作る料理の味は最高だ!本当に毎日食べたい。だから明日も食べれるように協力させてくれ」そう熱く語るとルイスは頭を下げてお願いした。

「や、やめて下さい。頭を上げて…」エリサは安っぽいプロポーズをされた様な気分だった。若い男性に自分の料理を毎日食べたいなんて言われた事は初めてだったからだ。


「ルイスは昔から食べることが大好きでな、こうやって遠征する度に旨いものをたらふく食べるのが楽しみなんだ。でもここまで諦めが悪いのは初めてだ!どうか信用して欲しい、俺もあなたの料理を明日も食べたいと思っている」バルサはルイスの襟を掴み頭を引き上げ改めてお願いをした。


「はぁ…」エリサはほとほと困ってきた、二人が嘘を言っている様には見えないし、本当にあの紋章の剣が本物であるのならここまでするこの二人はただのバカにしか見えなかった。しかし言っていることが本当なら明日も普通に営業できるかもしれない、それは願ったり叶ったりだ。何よりカイさんをこのまま寝かしておく訳にもいかないだろう。

エリサはしばらく考えると諦めるように小さな吐息をついた「わかりました…全てを信じるとは言えませんが嘘を言っている様にも見えませんし」


ちょうど注文されている料理もなく落ち着いていたので一旦外へ出てカイの家までの道を説明をした。曲がるところは一箇所だけ屋根が黄色なので行けばすぐわかるはず。アンネさんが不安がるといけないので(こと)の事情を説明した手紙を書いて渡すことにした。あとは二人掛かりとはいえこの大男をどうやって運ぶかだったがそんな不安は一瞬で消し飛んだ。

 ルイスは軽々とカイの大きな身体を背負い持ち上げてしまった。しかもたった1人で…エリサは呆気にとられて「すごい…」の一言しかでてこない。それはまるで大きなぬいぐるみでも背負っているかの様な光景だ、しかも軽い足取りで歩いて行ってしまた。


ルイス達を見送った後、ほかのお客も少しづつ帰り始め(あわただ)しい1日が終わろうとしていた。


「とりあえず一件落着かな…」夜も遅くなり店の客もほとんど居なくなってきた。食材も無くなってきたのでそろそろ店じまいだ。


エリサは二人のウェイターを呼んで店じまいにする事を告げると少し店の裏で休憩する事にした。




 …………ぶどう酒を飲みながら星空を眺め微睡むエリサ。


「色々あったけど無事に終わって良かった、カイさんは明日の漁大丈夫かな…」久しぶりに飲むお酒は甘く、身体中に染み渡っていくのを感じた、店の再開を一人で祝うのも悪くない。もう少し休んだらエリックとセヴィと一杯飲もうと考えながら一人幸せな気持ちに浸っていた。


 初夏の夜風は心地良く、空を見上げれば瞬くばかりの星空が見える。手に持っていたぶどう酒はすでに空になっていた。エリサは大きく息を吐くと満足そうに一人微笑み立ち上がった。

「さて、そろそろエリックとセヴィを労ってやろう」疲れているせいかぶどう酒一杯で体が温かくなってきているのがわかった、すでに少しご機嫌だ。

 エリサが店内に戻るとルイスがカウンター席に座り手を振っている、他のお客は帰ったようでエリックとセヴィは片付けをしている。一瞬驚いたがルイスがここにいるという事はカイさんを無事に送ってきたということなのだろうと理解した。

「今日はありがとう、助かったわ。アンネさん怒っていなかった?」

「ああ、大丈夫だエリサが書いてくれた手紙を読んで直ぐに理解してくれた。明日は叩き起こしてでも漁に出させるから安心してくれって言ってたぞ」


「そう良かった…」これで今日は安心して眠りにつけると思いホッとした。

「お礼に一杯奢るわ飲んで! エリックとセヴィも一杯やろう、今日はお疲れ様!そしてありがとう」二人のウェイターは待ってましたとばかりに駆け寄り嬉しそうにぶどう酒を飲む、ルイスは「ありがとう」と言いこの幸せそうな空気を感じながら出されたぶどう酒を一気に飲み干した。


「それじゃ外でバルサを待たせてあるから、また明日の夜よろしくな!」ルイスはまた明日の楽しみができたので嬉しそうに微笑み外へ向かった。


「明日もエリサの酒場でお待ちしております!!」


 ルイスが入り口を出ようとしたとき3人の元気な声が聞こえた、振り向くと皆とびっきりの笑顔だ。

「絶対来よう」そう思いバルサと合流し街の中心部へ帰って行った。


『また明日の夜もよろしくな』そしてルイスの言葉はほろ酔い気分なエリサの頭に残っていた「また明日も来てくれるのか…」そう思うと自然と口元が嬉しそうに緩んでいた。

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