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酒場のエリサ  作者: smile
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カルラ叔母さん

 片付けを終えカイのところへ戻ると何やら1人の女性と話をしている。


「誰でしょう?」エリサが不思議そうにする。

「あら!?もしかして」アンネが驚き早足で歩き始めた。


「アンネーーー!」近ずくとその女性は振り向き叫んだ。

「よかったよぉ、無事でよかったぁ本当にアンネだよねぇ」その女性は立ち上がるとアンネの身体をくまなく触り安堵している。


「でもどうしてここが?カルラ叔母さん」とアンネ。


「どうしてもこうしてもあるかい、ラージュで戦争が始まったって街中大騒ぎさ、それでみんな教会に避難しているって言うから、もしかしてと思って来てみりゃバカ亭主が1人でポツンとしとるだけだし、もう心配したよさぁ」ベレンに似て明るい性格のようだとエリサは思った。

「ところでそこの薄汚れたお嬢さんは知り合いかい?」カルラがエリサを見て不思議な顔でアンネに尋ねた。


「ははは…」エリサはあらためて自分の身なりを見て酷いものだなと感じ、苦笑いしかできなかった。

「こちらはエリサちゃん、私の…家族よ」

「…そうかいそうかい、アンネの家族なら私の家族だ。ようこそディベスへ、エリサ!」カルラは少し怪訝な顔をしたが一変、アンネに似た優しい笑顔でエリサを迎え入れてくれた。


 自分の事を家族といってくれるアンネの気持ちが嬉しい、しかもそれを何も聞かず受け入れてくれるカルラ叔母さんの広い心に安心した、エリサの心に人の優しさが染み渡ってきた、ここディベスで新しく頑張れるかな?そんな気持ちが心の隅に生まれてきていた。


「はい、よろしくお願いします」エリサは少しだけ潤んだ瞳と笑顔で答えた。


「それじゃぁ行こうか!ほれ、呑んだくれ亭主や、その荷物を持っておいで!」カルラは荷物を全部カイに持たせると元気に歩き始めた。


 もともとカイが全部持つつもりでいたらしいので昨夜のようにお願いして、エリサとアンネは手ぶらで歩き始めた。どうやらカイはカルラ叔母さんが少々苦手のようで一言も喋らなくなってしまっている。


 カルラ叔母さんはアンネさんとどこか雰囲気が似ていた、顔も性格も似ていないのだが側にいて伝わる強くて優しい雰囲気は同じだ。髪は濃いめの赤茶色で後ろにお団子のようにまとめてある、アンネさんより少しぽっちゃりしているがベレンさんほどではない。

 エリサはアンネが2人いるみたいで心強く感じていた。


 教会の外へ出ると太陽の陽射しが眩しく、少し強めの海風と潮の香りがエリサの周りををすり抜けていく。

 そこにはラージュとは違う雰囲気の街並みが広がっていた。高い建物はなく、見回すと教会だけが大きく目立っている、道も砂利が引き詰めてあり、どこか田舎の港街といった感じだ。

 昨夜港から移動した時は薄暗かったし、周りを見る余裕もなかった。エリサはあらためて見るラージュ以外の街並みが珍しくキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いた。

 ほとんどの家は木造だが外壁が白くて綺麗だ、どの家も海風が通り抜けやすいように大きな窓になっている。

 そういえばラージュより風が強い、いつもなのかな?エリサは風になびく髪を手で押さえながらアンネのすぐ横を離れないように歩いた、手は握っていない。


 すれ違う人が皆不思議そうにこちらを見ていく、大きな荷物を抱えた大男に薄汚れた女性、見慣れない顔が歩いているのだ。客観的に自分たちのことを見たら面白くなりエリサは思わずニヤついてしまった。


 そうこうしているうちにカルラ叔母さんの家に着いた。本当に10分程度の近い距離だ。


「エリサ、ここがこれからあんたが住む家だ、遠慮しなくていいからね」カルラは前を向いたまま歩きながら話した、すでにカルラ叔母さんは私に遠慮をしていないようだ、それがなんだか心地よく感じる。

「はい」その後ろ姿に向かって返事をするエリサ。


 家に着くと鍵はかけておらずそのまま中に入った。エリサが「あれ?」と思うと家の窓も開けっぱなしだ。

「あ、あの誰か他に住んでいる人は?」エリサが不思議そうに尋ねる。

「あぁん?誰もおらんよ。あたしゃ1人もんだからねぇ」そう答えるカルラはハーブティーを淹れる用意をしている。

「はぁ、鍵もかけてなかったので誰か居るのかと…」エリサは家の中をキョロキョロと見ながら落ち着かない様子だ。

「ここいらの人間はのんびりしちょる!ドアを開けときゃ知り合いが来て勝手にお茶でも飲んで待ってるようなところさ。ここにゃ泥棒なんておらんよ」

 カルラの言葉が信じられなかった、あまりにも嘘のようなのでアンネの顔を見ると「本当よ」と笑顔で言われる。


「まぁそれもこれもヘルマン様のおかげじゃがな」


 ヘルマンと聞いて昨日の髭の大男を思い出した。

 あの人か…「そのヘルマン…様ってどんな方なんですか?」エリサは昨日、自分が言ってしまった事を思い出し少し不安になった。


「ん?ヘルマン様の事が気になるんか?かわっちょるの!」カルラは喋りながらハーブティーを運んできた。

「とても慈悲深いお方じゃよ、何より人が住みやすい町である事を最優先してくれる、お陰でこの町は住みやすくて平和じゃぁ」話をしているうちにテーブルにはハーブティーが並べられた、いい香りが部屋中に漂う。

「これはな今朝、庭で摘んだカモミールティーだよ、こいつを飲むと気持ちが落ち着くさね!」

「あら、ベレンさんが言っていたやつですね、うん、いい香りね」アンネが香りを嗅ぎながら言う。

「なんだあいつに会ったんかい?」

「はい、先ほど教会で食事を作ってくれていました」とアンネ

「そうかい、あいつは熱心に毎日礼拝にいっちょるかんな、何かあればすぐ駆けつけるじゃろ」カルラもカモミールティーを飲みながら一息つく。

「あ、そういやヘルマン様の話じゃがな今朝早く、ラージュへ向かって出港したさね、たくさんの兵を連れてな。まぁヘルマン様に任せておけばすぐ平和になるさぁ」


 カルラの言葉にエリサはドキっとした。

 ヘルマン様がラージュに向かっている?信じられなかった、昨日の今日で、しかも朝早くにだ。いったいどっちの味方なんだろうと不安になるエリサ。


 カモミールティーをテーブルに置いてうつむくエリサをカルラは不思議そうに見ている。

「大丈夫よエリサちゃん!エリサちゃんは大切な人達をラージュに置いてきてしまっているから不安なんですよ」アンネはエリサの代わりにうまく言ってくれた。


 エリサは今、自分にできることが何もないことくらいはよくわかっている。ただルイスが生きてさえいればそれで良い。そう願っていた。


「さてと、一息ついたところで、カイや!エリサを風呂に入れてやるから薪を割って用意しておくれ」

「はい」

 カイさんはカルラ叔母さんに言われるたび素直に動いていた、その姿は苦手というより、頭が上がらないと言った方が正しいのかもしれないとエリサは思った。なんだか申し訳ない気がしたのだがアンネさんは「いつものことよ!」と平然としている。

「アンネも一緒に入っちまいなよ、薪も時間も節約できるさね」

「あら、じゃぁエリサちゃん一緒に入りましょ!」

「え?は、はい…」ちょっと恥ずかしいけどそんなワガママは言える立場じゃないし、さすがに入らないって訳にはいかないよね…この身体じゃ…


 しばらくするとカルラ叔母さんの呼ぶ声がした「お〜い、用意できたさね」

「じゃぁ行きましょうエリサちゃん」

「は、はい…」エリサは頬を紅くしてついていく。


「…?この臭いって…」エリサは浴室の手前で何かの臭いに気がつく。

「あら!これは…、叔母さんったらうふふ。行きましょう」エリサのほうをみて微笑むアンネ。


 エリサは浴室の扉を開けて驚き叫んでしまった「うわぁ!!・・・・・」


「うふふ、叔母さんったら今日はずいぶんサービスがいいのね」エリサの後ろでアンネは嬉しそうにしている。


 湯船の中には数種類のハーブが入っている、エリサはおもちゃを見つけた子供のように服を着たまま湯船へ急ぎ、浮かんでいるハーブを手に取った。

「これはさっき飲んだカモミールだ、こっちはローズマリーにタイム、これはキャットニップかな…これは、なんだろう……他にも…すごい……」


「エリサちゃん、服、脱がないと入れないわよ」


「あ、は、はい!」もう恥ずかしさなんてどうでもよくなった、早くあの湯に浸かりたい。

「あ、アンネさん早く、スゴイですよ」急かすエリサ。


「あ、ちょ、ちょっと大丈夫よ消えたりしないからぁ」


 様々な香りが湯船の湯気とともに浴室の中に漂う。

 目を閉じて意識を香りに集中してみるエリサ。

 はじめは、さっき飲んだカモミールの香りが、次にローズマリーの強い香りが鼻をついたかと思うとその中にタイムの清々しい香りが入ってくる、全体を包むようなキャットニップの涼しげな香り、そうかと思うとレモンバームのレモンのような爽やかな香りにマジョラムのほのかに甘い香り…

 暖かな香りの蒸気に包まれ、言葉に表せない気持ちの良さだ。


 湯船に浸かったエリサはあらためてハーブを一つ一つ手に取り確かめている。

「はぁ〜、カルラ叔母さんってスゴイ素敵です、こんなお風呂、夢にも見たこと無かったです」


「これはね、叔母さんの優しさなの、私が小さい頃に両親を亡くして、この叔母の家に引き取られたときも同じようにハーブのお風呂を用意してくれたわ、その後も私が落ち込んでいたり悩んでいたりすると必ず用意してくれるの。でもね、やって!ってお願いしてもしてくれないのよ。こんな事するためにハーブを育ててるんじゃない、私が飲む分が無くなっちまうだろ!って言うの」アンネは笑いながら話した、とても楽しそうだ。


「ハーブって料理や飲む以外の使い方があるって知りませんでした、カルラ叔母さんって優しくて、なんだかスゴイです。私好きになっちゃいました」湯船に浸かったエリサの身体は紅色に火照りその顔も自然な笑顔に戻っていた。

 カルラがお風呂に入れていたハーブはどれもリラックス効果のあるものばかりで自然とエリサの心を落ち着かせてくれた。

 これもカルラ叔母さんの優しさなのだろうと思うとハーブの効果と合わせてとても癒される。


 湯から上がり、エリサが置いてあるタオルに手をかけると何か袋のようなものが落ちた。


「?…なんだろう」その瞬間あたりに一面に優しく甘い香りが漂う。

「っ!」

 袋の中身は乾燥したハーブだ、タオルの間に香りの詰まった袋を置いていたらしい。

 エリサがそのタオルで髪を拭くとタオルに移った甘い香りに包まれなんとも心地よい。

「気持ちいい……」初めての経験だった、湯の中であれほど様々な香りに包まれていたのに今度はまったく違った、甘くて優しい香り、ここにはエリサの知らない事ばかりある。そして今まで以上に人の優しさが心に響く。嫌な事がたくさん起きたけどいい事にもめぐり合う事ができた。そんな風にエリサは少しだけ前向きに考えられるようになっていた。



 エリサは2日ぶりにお風呂に入り、身も心もスッキリし、気持ちもかなり落ち着いてきている。


 しかし困った事が一つ。エリサは替えの服すら持ってきていなかったのでアンネさんの服を借してもらうことになったのだが…

 スカート自体履き慣れていない上に中のアンダースカートがワサワサしていてどうにも落ち着かない、その上に胸を締め付けるようなボディス。いや実際締め付けられている訳ではない、紐で胸の辺りを縛るのでそういう錯覚に陥っているだけだ、それほど着慣れていない。

 普段から男っぽい服装しかしていないためアンネの女性らしい服を着て不自然に背筋を伸ばし少し恥ずかしそうにしている。

 しかもこれからはこれで1日過ごすとなるとなんだか緊張する、エリサは借りてきた猫のように大人しくしていると、湯に入りサッパリしたエリサを見たカルラが「なんだいエリサ、ずいぶんべっぴんさんだったんだなぁ」なんて言うのでますます恥ずかしくなってしまい座ったまま動けなくなってしまった。

 隣ではそんなエリサを見てアンネがニコニコと嬉しそうに笑っていた。


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