ディベスの朝
「今、警備の兵士さんに確認してきたわ、明日の朝にでも叔母のところへ行きましょう」アンネは集められた教会から叔母のところへ行けるように話をしてきてくれた。
「大丈夫でしたか?」エリサが不安そうに尋ねる。
「ええ、叔母の住んでいる場所を言ったらすんなりとね。ただ、いきなりこれだけの人が逃げてきたものだからこの町も混乱しているみたい。ほとんどが私たちと違って行く宛が無い人ばかりみたいで…」アンネは心配そうに教会を見渡す、その先には重い空気が漂っていた。
「……!?」エリサが改めて避難してきた人達を見ると知っている顔が多かった、漁師をしている人がほとんどで何度もお世話になっている「なんで今まで気がつかなっかんだろう…」しかし気がついたところで今は人と話をしたくなかった、しかもこの重い空気の中で普通に会話をする自信は無い。
夜になり肌寒くなってきたので毛布を肩から羽織り、隠れるようにアンネの側へ移動した。
「さぁ、私たちももう休みましょう、こうして寝るところと暖かいスープにパンを用意してもらってディベスの町には感謝しないとね」アンネは笑顔で言った。
「そうですね」エリサの口元が少しだけ緩んだものの疲れたその眼は変わらない。
こんな状況なのにアンネはいつもと変わらない笑顔だった。
その笑顔と優しさのお陰で少しづつエリサの気持ちは落ち着きを取り戻しつつある。
本当に長い1日だった昨夜の今頃は普通に店で料理を作っていたというのに、今、気がつけばディベスにいるのだ。この人生で二度と忘れることの出来ないような1日を振り返りながら、あらためてアンネの優しさに安心した。
「……………」エリサがアンネにもたれかかってきた。
「…?」アンネがエリサを見ると眠ってしまっている。
「あら… 」アンネはエリサをそっと横に寝かせ、そのまま寄り添うように横になった。
翌朝、教会のステンドグラスから朝日が入り込み室内に鮮やかな色を写し出している。
漁師のカイとアンネは早起きだ、すでに目覚めて荷物の整理をしている。
エリサはまだ気持ちよさそうに眠っているが、漁師の人が多いためか皆早起きで、少しづつ教会の中はざわつき始めている。
「……ぅん…」エリサが寝返りを打ち、ゆっくりと目を開ける。
高い天井にステンドグラスから射し込む光、沢山の人の声「あ、そうか…ここは…ディベスなんだっけ…」まだ眠たそうに右手で顔を覆うエリサ。
「おはよう、エリサちゃん」アンネの声にハッとするエリサ。
「あ、あ、おはようございます、アンネさん。すいません1人で寝てて…」エリサが慌てて飛び起き寝癖が無いか髪を自分の手で整えようとしている。
「ふふ、大丈夫よ。それより今朝までスープを用意してくれたのよ、これはエリサちゃんのぶん」アンネはいつのように笑顔でスープを渡してくれた。
「まだそんなに経っていないから暖かいはずよ」
「あ、はい、いただきます」いつも朝食を食べないエリサだったが今日は仕事をするわけでも無いのでスープを頂いた、それに何かお腹に入れておいた方が落ち着く気がした。
「今日はこれから叔母の家へ向かうわ、多分ここからだと10分くらいで行けるはずよ」
「あ、はい…あの…本当に私も一緒で平気でしょうか?」エリサは不安そうな顔をした。
「だ・い・じょ・う・ぶ!叔母はそんなこと気にする人じゃないわ」
「はい」アンネがそう言うと本当に大丈夫なんだと思えるから不思議だ。
「ところでアンネさんはディベスは詳しいんですか?」スープをすすりながら聞く。
「ええ、子供の頃はディベスに住んでたの。結婚してラージュに移ってからはなかなか来なくなっちゃったけどね。これから会いに行く叔母は私を育ててくれた人なの、お母さんみたいなものね」
「そうだったんですか…」そういえば以前ディベス出身だと聞いたような気がする。叔母に育てられたということは両親は…
エリサは両親のことを聞こうと思ったが余計な詮索はやめようと思い口に出すのを止めた。
「ふー、ごちそうさまでした!」エリサは食べ終わり。スープの器を下に置いた。
「それにしても急にこれだけの食事を用意してくれるなんて驚いたわね、まさか朝までスープをいただけるなんて…」とアンネ
「そうですね〜、昨日の髭の領主さんのお陰ですね、もしかしたら優しい人なんですかね?」
「そうね、また会えたらお礼を言いたいわね」
「!?…そういえばこの食事って誰が作ってるんでしょう? 急にこれだけの量はかなり大変なんじゃないでしょうか?」
「そうねぇ…」考え込むアンネとエリサ。
「……私、片付けを手伝ってきます」エリサは器を持って裏の方へと向かって行った。
「嬢ちゃん元気になってきたみてぇだな」横で話を聞いていたカイが言う。
「ええ!」アンネは嬉しそうに返事をする。
「そうだ!私も手伝ってこようっと、カイは荷物を見ててね」アンネは嬉しそうにエリサの後を追った。
「え〜っと、こっちかしら?以外と広いのね!?」裏の通路を歩くアンネ。
アンネが通路を進んでいくと奥の方で話し声が聞こえてくる、その部屋へ向かい、中を覗いてみるとエリサが洗い物をしながら話をしている。
アンネは元気そうなエリサの姿を見て、キッチンに立つ姿が似合うなとあらためて思った。
「お嬢さんありがとねぇ、ほんと急に呼ばれたから何かと思えばみんなラージュから逃げてきたんだって?」
「はい、でもディベスの人達が優しい人で良かったです」エリサは洗い物をしながら女性と話をしている。
「私はベレンよ!よろしくね」その女性はおおらかな雰囲気で年は50位、身体は大きめで長い黒髪を後ろで一つに結んでいる、つけているエプロンが少し小さく感じるような人だ。
「私はエリサです」洗い物をしながら答えるエリサ。
「私も何か手伝えるかしら?」入り口でアンネが覗いている。
「あ、アンネさん、これ洗い物がすごく多くて!一緒に洗ってください!」エリサが大量の洗い物の前にいる。
「こちらはベレンさん、今日は1人で料理を作ってくれたんですって!」楽しそうにエリサが話す。
「まぁそれじゃぁ私もお手伝いしますわ、本当にありがとうございました」アンネは深々とお辞儀をした。
「いやいや、あんたらの方が大変だったんだろ?こうして手伝ってくれるだけで十分さね」ベレンは笑いながら話した、どうやら明るい性格の人のようだ。
「あんたらこれからどうするんだい?」ベレンは洗い物をしながら言った。
「はい、ディベスにはカルラという叔母が住んでいますのでひとまずそこに行こうと思います」とアンネも洗い物をしながら言った。
「なんだい!あんたらカルラんとこの親戚かい!?」ベレンは明るい口調がさらに明るくなった。
「!?ご存知なんですか?」アンネが驚く。
「ああ、カルラは私の茶飲み友達だからね、カルラの淹れたカモミールティーは最高だよ〜!ハッハッハ」友人の親戚と知りベレンはずいぶんご機嫌だ。
「まぁそうでしたか!ではまたお会いできますね、よろしくお願いします」