逃げ延びた先
ラージュの港を出たカイ達は北の町ディベスへ向かっていた。
エリサは毛布をかけてもらいアンネの膝の上で静かに眠っている。
ラージュの港を出てからかなりの時間が経っていた。すでにラージュの町は見えない所まで来てる。
アンネはエリサの髪を優しく撫でながらさっきエリサに聞いた話を思い出していた。
……………………
「わぁぁああ…」大きな声を出して泣きじゃくるエリサ。
「……」それを何も言わず抱きしめるアンネ
どれくらい泣いていただろう。
かなりつらい思いをしたのだろうとアンネは心配していた。
広い海の上、大声を出しても誰に聴こえる訳でもない。アンネはそのままエリサに寄り添うことにした。
しばらくすると声を震わせながらエリサが口を開き始めた。
「ゆ、昨夜…ルイスが店の前で襲われたの…………」
「えっ?」
「け、怪我も…していた……だから、店に戻って手当てをしていたら…たくさん兵士が入ってきて……………」
「皆、ルイスのことを殿下って…私…訳がわからなくて…そしたらルイスはルイス・デオ・ファルネシオで…王子で…クラウス様と意見が合わないって………」
……………………
「ねぇ、やっぱりルイスってルイス王子だったのね…」アンネがエリサの寝顔を優しく見つめながら静かに話す。
「ハァハァ、オメェ…気づいてたのか?」カイが船を漕ぎながら話す。
「ええ、街で会った時に、もしかしてって思ったの…でも、どうしてエリサちゃんはつらい思いばかりなんだろう…」アンネは涙目で声を震わせている。
「俺たちが守ってやるさ」カイは迷わずこたえた。
「…ええ、そうね」当たり前のように言ってくれたカイの言葉がアンネを安心させた。
午後のまだ明るいうちにディベスの港が見えてきた。
「ハァ、そろそろ嬢ちゃんを起こしてくれや、港に入るぜ」カイはかなり息を切らしている。
港に入るとラージュから避難してきた船がすでに停泊してありディベスの兵士達が港を取り囲んでいた。
エリサは声を出して泣き、眠ったことで少し落ち着きを取り戻していた。しかしはたから見たらかなり疲れきった女性に見えるだろう。船を降りるとアンネに寄り添いながらゆっくりと歩いた。
「これより1人づつ身元を確認する、しばし待たれよ!」一人の兵士が歩きながら同じことを数回繰り返している。
全員港の一角に集められディベスの兵士が1人づつ質問をしている。
カイは一日中船を漕いでいたため疲れて横になっている。
エリサはアンネと共に毛布にくるまりアンネにもたれかかっていた。
アンネは早く叔母のところへ行きたかった、しかしそれが許されるような状況ではなさそうなので休憩も兼ねて3人で休むことにした。
次々に船は到着し、ラージュから避難してきた住民はおおよそ70〜80人といったとこだ。
近くの話し声を聞いていると1人づつ名前、年齢、ラージュの状勢、クラウス様とルイス殿下について感じている事などを聞かれているようだった。
しばらくして私達の前にも1人の兵が現れ同じように質問をしてきた。
「俺っちはカイだ、38歳、漁師をやっている。こっちが女房のアンネ、33歳。彼女は親友のエリサ、22歳、酒場を経営している」カイがまとめて言ってくれる。
「何かラージュの状勢について知っていることはありませんか?」兵士は淡々と質問をつづける
「おう、そういやぁアンネ、さっき嬢ちゃんが昨夜ルイスが襲われたって言ってなかったか?」
2人はドキッとしエリサはアンネの手を強く握り締める。
兵士の目の色が変わったことに気がつきカイが気まずそうな表情を見せた。
「えー、詳しく聞かせていただけませんか?」今まで事務的に質問を続けていた兵士が真剣な表情に変わった。
「ぁ、あの…」うつむき戸惑うエリサだが少し間をおいて話し始めた「ゆ、昨夜は、ルイス…殿下が、私の酒場へいらして頂き、その帰りに店前でクラウス様の刺客に…」
「んー、少しお待ち下さい」兵士は少し考えて立ち上がり誰かを呼びに行ったようだ。
嫌な空気が流れる。
しばらくすると先ほどの兵士が口に立派なヒゲを蓄えた大きな男を連れてやってきた。
「失礼します、私はヘルマン、ここの領主をさせてもらっています。まずあなたの名前を聞かせてもらえませんか?」
「エ、エリサ…」エリサは少し警戒しながら答えた。
「エリサか、見たところ…ふむ、普通の町娘のようだがなぜ君がルイス殿下と一緒に?」領主のヘルマンと名乗った男は興味深そうに質問をしてきた。
どうしよう…
エリサは下手のことを言ってしまうのを恐れて言葉に詰まってしまう。
「あの彼女はかなり疲れております、私もご一緒させて頂けないでしょうか?」エリサの動揺に気がつきアンネが間に入ってきてくれた、エリサは安堵し小さな吐息を吐く。
「君は?」視線だけを向けるヘルマン。
「私はアンネ、彼女の保護者のような者です」エリサの肩に手を優しく添えて話すアンネ。
「ふむ、そうだな…」ヘルマンは口髭を摩りながらエリサの表情をじっと見つめて思案している、身体が大きいぶん何やら威圧感を感じる。
「ではアンネさん、お願いしようかな」
「はい、彼女はラージュの港で酒場を経営しております。ルイス様は彼女の料理をとても気に入り身分をお隠しになって彼女の酒場へ毎晩行かれておりました、彼女とも親しくなり、よく他国の話などを聞かせてくれていたそうです。でも昨夜は店を出たところをクラウス様の刺客に襲われ傷を負われたそうです」
「ほう、殿下はお怪我を…」興味深そうに聞くヘルマン。
「そこで彼女が手当てをしたそうなのですが、その時に王子という身分を明かされたそうです」アンネは先ほど船の上で聞いた事を包み隠さず要点をまとめて話した。
「怪我はどの様な具合だったのかな?覚えているかい?」現れた時とは違って優しく話すヘルマンに少し安心するエリサ。
「はい…怪我は左腕を弓で射られていました。それほど深くはなかったです。その時に襲われたのはクラウス様の刺客だと…ラージュの再興について意見が合わなくてと言っておりました…」小さな声だがしっかりと話すエリサ。
「ふむ、そんなことにまで巻き込まれていたのではさぞかし疲れておろう、すまなかったな話をさせて。それと、できればあなたの料理、私も食べてみたいものだな。ルイス殿下が毎晩通うほどの味ださぞかし美味しいのだろう?」
「…」予想外の言葉に戸惑うエリサ
「はい、とっても! ねっ!?」アンネが笑顔で返事をしてくれた。
「あ、あの、できることならルイスをルイス殿下を助けてください……お願い…します」エリサはこんな事を言っている自分が信じられなかった。しかしラージュを出てからルイスにもしもの事があったらと、そればかりが頭から離れないでいたのだ。
誰でもいい、誰かルイスの助けになれる人がいるならお願いしたい。今、目の前にいる人はディベスの領主と言った。
エリサが領主と話をする機会など二度と無いかもしれない。
お願い出来るのは今だけだ。
そう思うとエリサはいてもたってもいられず声に出していた。
突然とんでもないことを言ったためアンネもカイも、もちろんヘルマンも驚き唖然とする。
「ふむ、君はなぜそう思うのかな?」ヘルマンは口髭を摩りながら聞いた。
「ルイス…殿下は助けてくれました、私達をラージュを海賊から助けてくれました。で、でも……ク、クラウス様は何も…してくれません…」エリサは必死だった、今にも涙が溢れ落ちそうで、それを堪えながら肩を震わせている。
「ふむ、考えておこう。もう君達は自分の事を心配しなさい」ヘルマンはエリサの肩に手をかけ優しく答えて次へ向かった。
しばらくして辺りを見渡すとヘルマンの姿はもうなく、陽が海に落ちようとしていた。
ディベスの夕陽も綺麗だった。避難してきたラージュの住民が集められている港が真っ赤に染まり始めると皆にこの先の不安が頭をよぎってくる。
しかし疲れてしまっているのか誰も話す者はいなく静まり返っている、ただ波の音だけが港中に響いていた。
陽が完全に落ちると、港の中は薄暗くなり気持ちをさらに不安にさせる。ディベスに着いてからかなりの時間が経っているにもかかわらず港から出ることを許されないでいる。
「これより街の教会にご案内いたします」突然数人の兵士が現れ大きな声で叫ぶように言った。
避難してきた者達は不安のためざわつき始めた。
「ヘルマン様の恩恵により暖かい食事を用意させてある!今日は教会にて一晩休まれ、明日改めて行動するとよかろう」続けて同じように大きな声で言った。
その場にいた全員が安堵の声をあげた。
「そういうことなら俺っち達も行こうぜ」カイは少し休んだだけですっかり元気になった、大きな荷物も全部持ってくれてアンネとエリサは手ぶらで教会へと向かった。
エリサはアンネの手を握ったまま子供のように寄り添い手を離さないようにして一緒に歩いている。
エリサは今日1日アンネの側を離れようとしなかった
色々なことが同時に起こってしまったため精神的に不安定な状態だったが今は足取りもしっかりしている。
これでひと段落できるのだろうか?そんな不安をアンネは抱いていたが、今はエリサが少し元気になってきたことに安心していた。