船の港町ディベス
口髭を摩りながら身体の大きな男はディベスの港が一望できる窓から外を眺めている。正午の港にはラージュから避難してきた船が次々と入ってきていた。
「ふむ、入港してきた者達全員の身元を確認しておけ」男は口髭を摩りながら指示を出している。
「ヘルマン様、ファルネシオ国第三王子ルイス殿下から書状と使者が参っております」1人の兵士が跪きながら言った。
「ん?ああ…クラウスの次は王子か…通せ!」つい先ほどラージュの領主クラウスの使者が帰ったところだったため面倒くさそうに応えるヘルマン。
「で? 第三王子の使いのご用件は?」
「はっ、現在ラージュの町にて現領主クラウスが反乱、ルイス殿下の屋敷へ攻め入っております、どうか援軍を願いたい」ルイスの使者は切羽詰まった様子でお願いに来ていた。
「ん〜…」考え込むヘルマン、先ほどのクラウスの使者が言うにはこうだ、海賊を討伐にきたファルネシオ国の軍勢は討伐が終わってもラージュに居座り領主であるクラウスの政策に反対し王家の意のままにラージュを動かし、乗っ取ろうと企んでいる。ラージュを守るため我ら立ち上がりこれを討伐する。よって後方に当たるヘルマン殿には静観されたし…とのこと
「はてさて、どちらが本当のことやら…」ヘルマンはまた口髭を摩りながら窓際へ行き港を眺めた。
街が一望できる丘の上にここディベス領主であるヘルマンの屋敷はある。
ラージュから北へ約30キロ離れたディベス、ここも港町として発展した町だがラージュとは違い造船が盛んな町である。ラージュの漁師達の船のほとんどはここディベスで作られているのだ。
第三王子への返答を曖昧に返したヘルマンは港へ向かった。ラージュの住民は皆、着の身着のまま逃げて来ている事がすぐに理解した。
悲壮しきった女性、船を漕ぎ疲れた男性、荷物もなく蹲る者、泣きじゃくる子供、横たわる老婆、疲れて毛布に包まり寝ている人々。
「ひどいものだな…」ヘルマンは困ったような口調で呟く。
ヘルマンの部下が1人ずつ名前、年齢、どんな仕事をしていたか、そしてクラウスとルイスについて思うことなどを聞いていた。
「クラウス様は海賊とも手を組んでいたと聞いています」逃げてきた男はクラウスに対する不信を口にした。
「税は年々高くなるし、いくら稼いでも生活は楽にならねぇ」他の男もクラウスに対する不信を口にした。
ヘルマンは領主の不信感を口にするのは感心しないが以外と多いことに驚いていた。
「では次は…あなた方の名前は?」ヘルマンの部下は2人の女性と1人の男性に声を掛ける。男の名前はカイ、漁師だと言う、1人の女性はその女房のアンネ、もう1人は知人で酒場経営者のエリサと名乗った。
「何かラージュの状勢について知っていることはありませんか?」男は優しく訪ねるとカイと名乗る男が驚くことを口にした。昨夜エリサという女性がルイス殿下とともにいてクラウスに襲われたというのだ。
男は慌ててヘルマンを呼びにいった。
「ヘルマン様少々気になることを言っている者達がおります」
「ん?」
「逃げてきた女性が昨夜ルイス殿下と会っていたというのですが…」
「ほう?」
「その時ルイス殿下がクラウスの刺客に襲われたと!」ヘルマンの口髭を摩っていた手が止まり目を丸くした。
「失礼します、私はヘルマンここの領主をさせてもらっている、まずあなたの名前を聞かせてもらえませんか?」
「エ、エリサ…」その女性は少し警戒しながら答えた。
「エリサか、見たところ…ふむ、普通の町娘のようだがなぜ君がルイス殿下と一緒に?」ヘルマンは淡々と質問を続けた。
「………」言葉に詰まるエリサ。
「あの、彼女はかなり疲れております、私もご一緒させて頂けないでしょうか?」戸惑っているエリサの代わりに隣の女性が話してきた。
「君は?」視線だけを向けるヘルマン
「私はアンネ、彼女の保護者のような者です」エリサの肩に手を優しく添えて話すアンネ。
「ふむ、そうだな…」目の前のエリサという女性は疲弊しきっている様に見える、今にも海に身を投げてもおかしくない様な表情を見せていた。
「ではアンネさん、お願いしようかな」ヘルマンはエリサに気遣いアンネに説明を求めた。
「はい、彼女はラージュの港で酒場を経営しております。ルイス様は彼女の料理をとても気に入り身分をお隠しになって彼女の酒場へ毎晩行かれておりました、彼女とも親しくなりよく他国の話などを聞かせてくれていたそうです。でも昨夜は店を出たところをクラウス様の刺客に襲われ傷を負われたそうです」
「ほう、殿下はお怪我を…」興味深そうに聞くヘルマン。
「そこで彼女が手当てをしたそうなのですが、その時に王子という身分を明かされたそうです」
「怪我はどの様な具合だったのかな?覚えているかい?」エリサの精神状態に気を使い優しく話すヘルマン。
「はい…怪我は左腕を弓で射られていました。傷はそれ程深くなかったのですが、その時に襲われたのはクラウス様の刺客だと…ラージュの再興について意見が合わなくてと言っておりました…」小さな声だがしっかりと話すエリサ。
「ふむ、そんなことにまで巻き込まれていたのではさぞかし疲れておろう、すまなかったな話をさせて。それと、できればあなたの料理、私も食べてみたいものだな。ルイス殿下が毎晩通うほどの味ださぞかし美味しいのだろう?」
「…」予想外の言葉に戸惑うエリサ。
「はい、とっても! ねっ!」アンネが笑顔で返事をしてくれた。
「あ、あの、できることならルイスをルイス殿下を助けてください……お願い…します」今にも泣き出しそうな顔で立ち去ろうとするヘルマンを引き止め頭を下げた、その言葉はかすれていて絞り出したような声だった。
突然とんでもないことを言ったためヘルマンは驚き唖然とする。
「ふむ、君はなぜそう思うのかな?」ヘルマンはしゃがみ込み口髭を摩りながら聞いた。
「ルイス…殿下は助けてくれました、私達をラージュを海賊から助けてくれました。で、でも……ク、クラウス様は何も…してくれません…」エリサは敵か味方になるもかわからないヘルマンに対して、震えながら話をした。それもそうだ住民が領主の批判をするなどもってのほかだ。
「ふむ、考えておこう。もう君達は自分の事を心配しなさい」ヘルマンはエリサの肩に手をかけ優しく答えると次へ向かった。
「ヘルマン様、あの者の話、嘘かもしれません…慎重に…」部下の1人が駆け寄り小声で忠告に入った。
「ああ分かっている…」ヘルマンはまた口髭を摩りながら無愛想に答える。
しかし彼女らの話が本当なら全てつじつまが合うのだ…援軍を出すか…静観すべきか…
どちらにしても静観していればこちらには利も害もない、クラウスが勝てば今まで通りの隣国関係だ、ルイスが勝ったところで急な援軍など出せない理由はいくらでもある。ヘルマンは口髭を摩り思案していた。
「ひとまず避難してきた彼等全員を町の教会へ案内せよ、ひとまずそこで保護をする。それと暖かい食べ物を用意させておけ」
「…それと、いつでも出兵出来るように準備だけしておけ」ヘルマンは少し間をおいてまだ悩んでいるように指示を出した。
「はっ」数名の部下がそれぞれ準備に向かった