エリサの酒場
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拝啓エレナちゃん
ディベスに戻った私はベレンさんと一緒にお弁当を作って港で働く漁師さんや船大工さん等に売りに行っています。今は酒場を再開させるための資金集めに大忙しです。ラージュの復興に伴いディベスの商人さんも活気づいていて、おかげで私のお弁当も好評で最近はよく売り切れてしまうので作る数を増やそうかベレンさんと検討中です。
一方、ラウラさんは海の上が気に入ったらしく、毎回カイさんと一緒に漁へ出ています。漁が無い日でも暇があれば1人で船に乗り海へ出ているようで最近は少女のように日焼けをして真っ黒です。
そうそう、来月には一度ラージュに行きます。酒場のあった港周辺の区画を整理するらしく立ち会って欲しいとバルサさんから連絡がありました。エレナちゃんに会えるのを楽しみにしています。
エリサ
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真っ白なコック服に身を包み厨房の裏で嬉しそうにエリサからの手紙を読むエレナ。最近は見習いを卒業し一人前のコックとして奮闘中だ。
そして一年半後……
すっかり建物も立ち並び綺麗な街並みを見せるラージュの街。
良く晴れた漁港では海を眺めながら大きく深呼吸をするエリサがいた。潮の香りをたくさん含んだ空気を身体の隅々までに行き渡らせるように何度も何度も幸せそうな顔で繰り返している。
初夏の穏やかな風は真っ白なシャツを着たエリサを包み込むように海から吹き抜け、また新しい潮の香りを運んでくる。エリサは深く被ったハンチング帽を上にずらすと、とても嬉しそうな笑顔をみせた。
静かに打ち寄せる波の向こうにはどこまでも蒼い海が広がり、それが眩しい太陽に照らされてキラキラと光り輝いている。
空は高く透き通るような青い空に覆われ、風も穏やかで雲一つない晴れたこの気持ちの良い天気の中、聴こえてくるのは波の音と海鳥達の声。
「エリサ!早く行かないとアンネさんとカイのおっちゃんが待ってるぞ!」
それと…ルイスの声。
「うん、今行く!」先を進むルイスの後を幸せそうに追いかけるエリサ。
今日から再開するエリサの酒場はルイスも一緒だ。復興したラージュの港を仕入れのため急ぐエリサ。
「おーい」遠くで漁師のカイが呼んでいる。
「あ、カイさーん!!」エリサもそれに気がつき大きく手を振って返した。
「やっと来たわね!今日は大漁よ、後で行くから美味しい料理を期待しているわ」自慢げに魚を見せるラウラ。カイたちと一緒にラージュに戻り、今は漁師見習いとしてカイの漁を手伝っている。
「オメェは今日も網を絡ませただろ!全部自分が獲った風な口だなぁ…」カイが隣で呆れている。
「う〜、少しは獲ったし…」毎日喧嘩しながらもカイさんとラウラさんは一緒に船に乗り、仕掛けを作ったりしているそうだ。
「エリサちゃん、こっちも持ってきたわよ」突然後ろから声をかけられ振り向くとアンネさんが大きなカゴいっぱいに貝や海藻を運んで来てくれていた。
「今日から酒場も再開ね!本当に良かったわぁ」アンネは感慨深そうに話し始めた「こうやって無事に元の生活に戻れたのもルイスさんのおかげね」
「い、いや…元はと言えば俺のせいで大変なことに…」未だにラージュが火の海になったことを気にしているルイス。すかさずエリサはルイスの腕を取った。その左手の薬指にはルイスとお揃いの指輪がはめてある。
「もう、まだそんなことを言って…」
幸せそうなエリサとルイスを見て皆が自然と笑顔になる。
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無事に復興したラージュの町。その街外れの港にある酒場の奥ではエリサが今日獲れたばかりの魚介類を使って様々な料理を作っていた。
陽が落ちる前のまだ明るいうちから今日オープンしたばかりのエリサの酒場には人が溢れ、誰もがエリサの料理とお酒を楽しんでいた。
久しぶりのエリサの酒場、ここではとびっきり旨い料理と酒が味わえる。それだけでも嬉しいのにここにはラージュに住む多くの人達を救ったルイスもいる。噂は自然と広がり初日から大忙しだ。
「くぅ〜〜!!」エリサは笑顔で溢れる店内を見渡すと叫びたくなるほど嬉しくて仕方なかった。忙しい大変さより嬉しさの方がはるかに優っていた。
するとウェイターのセヴィが追加料理の注文を取ってきた、セヴィもエリックも酒場の再開を聞いてすぐに戻って来てくれたのだ。
「オーナー注文です、カサゴのトマト煮・スズキの香草焼き・スズキのカルパッチョ・貝のワイン蒸し、お願いします」
「うん、わかった!」嬉しそうに笑顔で応えるエリサ、仕事中は髪を後ろで束ね上げて帽子を被り、男のようなシャツとズボンの服装に長めのサロンを腰に巻いてる。
エリサはシャツの腕を捲り上げ注文の入った料理を手際良く作り上げていく。
「へぇ〜、すごい大盛況ですね…」カウンターでラウラが驚いた顔で店内を見渡している。
「ぁったりめぇよ!嬢ちゃんの店はこうでなくっちゃ」隣でカイが嬉しそうに葡萄酒を一気に飲み干すとお代わりを頼もうとする。
「そ・こ・ま・で!」それを見たアンネはすかさずカイのグラスを取り上げる。この調子で飲まれたらまた酔い潰れかねないと判断したらしい。
ルイスはカウンターでエリサの調理を補助しながら接客をこなしている。若干ぎこちないその動きを見ながらラウラは楽しそうに1人でクスクスとほくそ笑んでいる。
満席の続くエリサの酒場、さらにお客は途切れることもなく入ってくる「ひゃぁ〜、いっぱいですねぇ…」
入り口で唖然と立ち尽くすエレナ。両親と弟を連れてエリサの店へ来てくれたのだ。
それに気がついたエリサは厨房の奥から笑顔で手を振る。調理中のため手は離せずルイスに任せることにした。
しかし店内は満席なため急いで外にあるテーブルを片付けて座ってもらった。外の席で申し訳無かったが逆に海風が気持ちいいらしく喜んでくれた。
その後、案の定カイが酔い潰れそうになったため慌ててアンネとラウラはカイを連れて早々に帰っていった。
そして陽も落ち、暗くなっても酒場は賑わいお客が途切れることがない、そこへ、小綺麗な服装をし貴族らしき初老の夫婦がやって来た。旅行者と思しきその姿を見たルイスはたちどころに冷や汗をかき言葉を失った。
その老夫婦を見たまま立ち尽くすルイス。
疲れて来たのだろうか?
エリックがそう思い案内を変わろうとルイスの脇を通り過ぎる。その時ルイスが呟いた「父上、母上…」
その言葉を聞いて振り返るエリック。ルイスの父母と言えば言わずもがな、前国王アルドフ三世とその王妃様だ。
「っえ?」振り返ったエリックの脇を母と呼ばれた女性はゆっくりと、そして上品に歩き出した。そしてルイスの前に行くと優しくルイスを抱きしめたのだ。
「良かったわぁ元気そうで…」今にも泣きそうな掠れた声を出す母。
「ど、どうしてここに?」すでに王族との縁を切ったルイスには信じられない事だった夢でも見ているような錯覚に陥り言葉が出ない。
「どうしてって?…親が息子に会いに来るのに理由が必要? 突然バリエを去ったあなたをどれほど心配したか…もっと顔を見せて…」ルイスの頬に両手を当て愛しむようにルイスを見つめる。
どうやらバルサが連絡をしたらしい。王族との縁を切ったとはいえ親子であることには変わりがない。遠く離れた地で暮らす息子に一目会おうとここまで来たというのだ。
しかも護衛にカロンも来ているらしく久しぶりの嬉しい再会に疲れも吹き飛んだ。
エリサはルイスの両親の訪問に慌ててその後は仕事どころではない程落ち着きが無くなった。バリエに行ったとき母には一度会っているがまともに話もしていなかったし父に会うのはこれが初めてだ。
営業中にもかかわらず改めて結婚の挨拶をおこないエリサの料理も食べて貰った。
途中から何があったかわからない程慌てるエリサとルイス。
結局バタバタと慌ただしくエリサの酒場のオープン初日は少し早めのクローズとなった。