ミレーユの激怒
バリエでの長い滞在を終えラージュに向けて出発したエリサ達。荷馬車に揺られる感覚を懐かしくも感じていた。
エレナは少しづつ落ち着き始め、エリサとルイスは出立の準備で朝が早かったため身体を休めている。
「ねぇルイス?」エリサが目を瞑ったまま声をかける。
ルイスも隣で目を瞑ったまま「…うん?」と返事を返すとエリサはゆっくりと目を開けルイスに尋ねた「家族の人たちは大丈夫だったの?」
ルイスはすぐに返事を返さず、ゆっくりと目を開け、少し間を置いた「…ああ、大丈夫…では無かったな…さすがに最初はどうなるかと思った」
………◇◇………
建国祭の二日前ルイスはいつものようにレミのところへ来ていた。ちょうどミレーユもいたため意を決するルイス。
「すまないが相談がある!」
その真剣な表情を見て何かあると察するレミとミレーユ。しかしそれがエリサのことであることは容易に想像できていた。
「いい加減諦めたらどうだ?」ミレーユが頭を掻きながら呆れた口調で言う。
「……」いつものように先に釘を刺され一瞬言葉に詰まる。ルイスは呼吸を整え自分の意思を確認してからゆっくりと口を開いた「あ、明後日の建国祭で王族を辞めようと思う!」
「はぁ?」さすがのミレーユにも聞き流せない言葉だった。
「ほう…どういうことだ?」レミはいつものように落ち着いた口調で尋ねる。
「エリサのために王族の地位を棄てる!」
この一言で全てを理解したレミとミレーユしかしそれにはいくつかの問題があった。
しかし話し合うよりも先にミレーユの体がルイスに向かった。
「ガッ!!」と鈍い音とともにミレーユの拳がルイスを吹き飛ばす。
「ただ辞めるだけで全てが丸く収まると思っているのか?」そして鋭いミレーユの眼光がルイスを睨み、その声は部屋の外まで響き渡っていた。
「……」顔をしかめ、殴られた頬を抑えながらゆっくりと立ち上がるルイス。
「まぁ、そう怒るな!」レミは相変わらず落ち着いた口調でミレーユをなだめる。
「しかしこいつは!…」
「まぁよく気がついたと言ってやろうじゃないか。だが、それに気がついたところで実行に移そうとするのは容易ではない、たまには自分の弟を褒めてやったらどうだ?」
「……」ルイスもミレーユも予想外だったレミが肯定的な言葉を言っているからだ。
「しかしだ、ルイスよ、お前が思っているほど世間は甘いものじゃない。お前が辞めたと言っても長い年月が経てばお前を城に呼びもどそうとする奴らがでてくるかもしれん。そうならないためにも完全に愚かな人間になれ!」
「愚かな人間?」ルイスが聞き返すとレミは静かに微笑んだ。
「ああ、そうだ!こんな人間、王族にいなくて良かった!と……何年か先にお前の事を思い出す人間がいても『あれは酷い王子だった、いなくなってこの国は安泰だ』と言われるようになれ」
「………」意味がわからず考えるルイス。ミレーユはレミの言葉に驚きを隠せないでいた。
「そうしなければお前を王族に呼びもどそうとする人間は必ず現れる、お前の意思とは無関係にだ!お前が地位を捨ててもファルネシオの血はお前に流れているのだから」
「……」そうだ、地位が無くてもこの身体に流れる血筋は変えられない。それはエリサも同じこと。ルイスは考えの足りなさを痛感した。
しかし先ほどの愚かな人間とはどういうことだ?と思いレミに目を向けるルイス。
「まぁ俺が後で全て丸く収まる方法を教えてやる」
「本当か?」急に協力的になったレミにやっと自分の想いを理解してくれたと喜ぶルイス。しかもそれが新国王になるレミ兄さんだ。その顔には希望が感じられ笑顔になっていた。
なんとかなるかもしれない!
ルイスはレミに後でもう一度来るように言われ、ひとまず部屋を後にした。
……◇◇……
「レミ兄、どうしてそんなに協力的なんだ?これではルイスが…」ミレーユが怪訝な顔をする。
「ああ、ルイスは自分で気がついていないが王の器だ、それも俺とは全く違うタイプだ。それなのにあいつは野心や欲望が極力少ない。だがもし、あいつがその気を起こせばこの国にはあいつを支持する人間が山ほど出てくるだろう。もしそうなればファルネシオ国は真っ二つになってしまう」レミはいつものように淡々とミレーユに話をする。
「しかしだ、自分からこの城を去るのであれば俺にとっても都合がいい、この国に王は1人で十分だ」
この時のレミの目つきにゾクッとした寒気を感じるミレーユ。これもレミの思惑どうりなのかと思わせるほど計画的に感じてしまうほどだ。それと同時に自分の兄を始めて恐ろしいと感じた。
………◇◇………
「やっぱりあの演説はわざと非難されるような内容だったのね……え?じゃぁミレーユ様に殴られたところを私は叩いちゃったの?」驚き慌てるエリサ、思わず叩いた頬を見るがさすがにもう何ともなさそうだ。
「ああ、でもレミ兄さんのお陰で何とか両親も納得してくれた。あ、でもその前にラウラにも叩かれたぞ」笑いながらその頬をさするルイス。
「ラウラさんに?」さらに驚くエリサ。
「ああ、死ぬ気でなんとかしろって怒られた」
レミの内心とは裏腹にルイス達は新国王となったアルドフ四世に感謝をした。そしてラウラの行動にも驚いたがそんな事を言っていたラウラにどうしてももう一度会いたいと思うエリサ「ごめん……でもラウラさんどうしてるかな?フェイルさんが帰り道のどこかにいるかもって言っていたけど…」
荷馬車の幌を開けて辺りを見渡すエリサ。しかしラウラの姿は見当たらない。
結局そのままバリエの町を出て見晴らしの丘と呼ばれる高台にまで来た。ここを越えたらバリエとも完全にお別れだ。
一行はしばらく馬車を止めバリエの街並みを惜しむように眺めていた。
そのとき一頭の馬が近づいてくる。乗っているのはラウラだ!
「あ、ラウラさ〜ん!!」思いっきり手を振り嬉しそうに大きな声を出すエリサ。
以前のような明るいエリサに少し困った顔をするラウラ、しかし以前より嫌ではなさそうだ。
「やっと追いついたわ!」馬を降り一息つくラウラ。
「ラウラ、今までありがとうな」真っ先にルイスがお礼を言う。
「ラウラさん、会えて良かったぁ。本当にありがとう」エリサは嬉しくてラウラを抱きしめる。
「にゃぁ〜…」
「??」その変な声にビックリして離れるエリサ。
「あ、こら…」エリサがが不思議に思うとラウラの小さな胸がもぞもぞと動き始めた。するとラウラの胸元から一匹の猫が出て来た。
「猫?」
「ええ、こいつも連れて来た」
「へぇラウラさんって猫を飼っていたんだ!?名前は?」
「名前はレイ!こいつは頭がいいから放っておいても1人で生きていけるんだけどやっぱり一緒に居たいから連れて来た」
他の全員も見送りに来たラウラにお礼と別れを告げる。しかし…
「ちょ、ちょっと!なんの話ですか?」急に慌てるラウラ。
どこか噛み合わない会話に皆が疑問を抱き始める。それよりもラウラの乗って来た馬には荷物が沢山乗っていた。
「ラウラ?お前…まさか?」この状況を察し尋ねるルイス。
「私もラージュに連れて行ってください!」猫を抱きながら当たり前のように言うラウラ。
「はぁ?」
「えええぇ??」
「???」
「ど、どう言う事だラウラ?」バルサが尋ねる。
「はぁ?どうもこうもないですよ、ルイス様がいなくなったお陰で私は無職です、リストラです!」
「いや、待て、お前はミレーユ姉さんのところへ配属されたはずじゃ?」
「はぁ?何勝手な事を言っているんですか?私はルイス様に支えているんです。ファルネシオ国の人事なんて知りません。ルイス様が居なくなれば私の居場所もバリエにはありませんから!」
「……」自分勝手な言い分に呆れるルイス。
「あ、でもルイス様が私のことをもう必要としないのですから私はこれから自由にさせてもらいます…とりあえずラージュに行きたいので私も連れて行って下さい。えっと…この場合バルサさんにお願いすればいいのかな?」
「あ、ああ、それは構わないが、と言うよりラウラがいてくれた方が心強い。護衛としてお願いできるかな?…ミレーユ様には後で連絡を入れておく」そうは言ったものの怒り狂ったミレーユを想像して苦笑するバルサ。
「ええ、喜んで!あ、もちろんエリサさんの手料理付きですよね!?」ニヤッと微笑みエリサを見るラウラ。
バリエにいたときは騎士らしく振舞っていたラウラだが、今は何か肩の力が抜けた感じがするのは気のせいだろうか?
「はは」とエリサも苦笑した。
そんなエリサ達を気にもせず「私は海が見える街に住むのが夢だったんです〜」と瞳を輝かせ始めたラウラ。すでに自分の世界に入り込んでいる。




