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酒場のエリサ  作者: smile
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市街地戦

 ルイスは残っている弓と銃をありったけ持ち出し街の地図を手に市街地戦に挑んだ。しかし率いる数は40人程度、劣勢は変わらない。


 大通りに着いたルイスは周囲を見渡した。ここは毎日、ルイスが警備のため見回りして歩いた場所だ。エリサにネックレスをプレゼントした場所もここから近い。

ラージュに来て、まだ10日ほどの滞在だがとても多くの思い出ができた。いつも挨拶をした花屋の奥さん、金物屋の主人はやっと新しい商品を仕入れられると喜んでいた。広場でボール遊びをしていた子供達とも仲良くなった。

何処にどんな家や店があるか、通りの長さや幅も概ね理解している。雇われた傭兵なんかより詳しい自信はあった。


 西側市街地の部隊と合流したルイス達はすぐさま行動に移った。クラウスの軍勢はすぐそこまで来ているのだ、考えたり議論する余裕はない。


「まず大通りのバリケードを一番後ろまで下げる!大通りに敵を集中させろ」ルイスは躊躇なく兵士に指示を出した。指揮官の迷いは指揮の低下に繋がる。ハッキリと明確な指示を意識した。


だがルイスの作戦はかなり無謀と言える一か八かの作戦であった。


まずはラウラとバルサが馬に乗り最前線で弓を射っては逃げるという挑発を繰り返した。

 弓を射ると言っても1〜2本がいいところだ。クラウスの部隊が前進しようとすると前に現れて弓を射るのだ、相手が攻撃しようとしたらすぐに逃げる。

2人の攻撃はとても攻撃というにはお粗末なものだった。しかしタイミングを間違えれば全身を弓で射抜かれるか槍で突かれて声を出す間もなく殺されるだろう。恐怖を身体の芯から味わえるとんでもない作戦を与えられてしまったのだ。


「よかったですね〜、乗馬は得意みたいで!」2人は物陰に隠れてた。敵部隊の様子を伺いながらラウラが冗談交じりに言った。その顔はいつものようにニヤけている。


「お、お前…こんな時に冗談言ってる場合か?」バルサの目は真剣で一歩間違えれば死ぬという恐怖を拭おうと必死だった、ラウラの冗談に笑って応える余裕などはない。


バルサは大きく息を吸い気持ちを整える。


「行くぞ!」


バルサが馬を走らせ前に出ようとした瞬間だった。突然ラウラに馬の手綱を掴まれて引き戻された。


「!?」その瞬間近くのバリケードに向かって弓矢の一斉射撃が行われた。


「なっ…………」全身に寒気が走った。今、ラウラに引き戻されなかったら自分は確実に死んでいた。後から遅いくる恐怖に身体中から脂汗が噴き出ているのがハッキリとわかった。


「な、なんでだ?なんで…わかったんだ?」バルサの声は震え、顔を動かさず視線だけラウラに向けた。


「ん〜?」ラウラは人差し指で自分の耳を指差した「落ち着いていれば聞こえるわよ、弓矢隊を指揮する男の声、多くの兵が弓を構える時の音……戦いは平常心を失った者から殺されていく」珍しくラウラの表情は真剣で静かな口調だった。


 バルサは改めてラウラの凄さを実感した、彼女の産まれは百年以上戦争を続けていた隣国トランタニエだ。彼女は高貴な貴族だったと聞いている。だがルイスに連れられこのファルネシオに来るまで近衛兵団に所属し、常にその身を戦場に置いていたらしい。改めて実戦に慣れた彼女が味方にいることを頼もしく感じた。



「行くよ!」今度はラウラが突然馬を走らせた。


「あ、ちょっと待て」慌ててそれを追うバルサ。


 馬を走らせ敵前に出たバルサは驚いた、敵はバリケードに誰もいないと確信し無防備に進み始めていたのだ。


「っ!」すかさず馬上から弓を射るバルサ、威嚇だけのつもりでいたが敵兵に当たり倒れるのが見えた


「やった!」思わず口元が緩む。

 

前を見るとラウラはすかさず走り去り次の場所へ馬を走らせていた、少し出遅れたためかバルサに向けて矢が数本飛んできた。だが当たるほどではなかった。


「手際が良いな、本当に」いつの間にかバルサの緊張も和らいでいた。


 すぐに2人は近くの物陰に身を潜め再び様子を伺うことにした。

 敵がイラついてきているのが伝わってきた。

 気持ちを落ち着かせ、バルサはルイスの作戦を思い出していた。


 ……………………………


「俺が囮になる!」ルイスは真面目な顔でとんでもない事を言い始めた。もちろんバルサだけでなく、その場にいたラウラ以外全ての兵士が止めようとしたが、そのまま作戦を話し始めた。


「いいか、囮は3人だ、俺とラウラとバルサでいく!」ルイスがそう言った瞬間バルサが生唾を飲み込む、ラウラは平然と話に耳を傾けている。


「まずラウラとバルサは最初にできるだけ奴らを挑発しろ、進もうとしたら現れて、攻撃しようとしたら隠れろ、できるだけ奴らをイラつかせてくれ、ポイントはこの場所だ」ルイスが指差した場所は最後のバリケードを築いた場所だった。


「ここを一旦抜かせる!」皆が驚く。


「バルサとラウラはバリケードまで奴らを誘導してくれ、そして、そのままバリケードを超えてそのまま市場を抜けて漁港を目指せ、奴らがこのポイントまで来たら俺が出る。俺を見れば奴ら目の色が変わって追ってくるに違いない、俺はそのまま西の漁港に向かう、港には船を修理するための木材が大量に保管してある場所があってな、ここまで俺が誘き出す。この材木置き場を奴らが通る時に全ての材木を倒せ、下敷きにできればそれでいいが、目的は奴らの兵力を分断することだ。港まで行けば行き止まりだ奴らは必ず追ってくる、そして分断した兵を全員で叩く!」


 …………………………


「なるほどな…平常心か、今になって理解するとはな…要はあいつらの平常心を無くしてルイスを追わせれば良いんだろ!……しかしルイスの奴無茶な作戦を、俺を殺す気か?」冗談交じりにそんなことを思った。


 すでに次が最後のバリケードだ、バルサの額に汗が流れ落ちる、ラウラを見ると平静を装っているが口が少し開き呼吸が乱れ、疲れてきているのがわかった。

 何故か良かったと思うバルサ、化け物のような強さだが同じ人間なんだと安心できた。


 そろそろだ、そう思ったとき「ピィーーーーー!!」とルイスから合図の笛が鳴る、失敗すれば全滅だ。


 バルサとラウラが今までと同じように弓を射るが、慣れてきた相手は盾持ちがすぐ前衛となり防がれる。矢は射ってこないようだ。バリケードを馬で飛び越え2人は港へ向かった。


「この先は海だ!このまま前進、追いつめろー!」敵将の声がきこえる。


 そのとき、バリケードの後ろから馬に乗ってルイスが弓を射る。敵将とも目が合い、それは何度も会議で顔を合わせた見慣れた顔だ。


「本物カァ〜!?、ははハっ!」狙っている相手が目の前に現れたのだ、馬上の敵将は笑いを堪えれないでいた。


「俺はルイス・デオ・ファルネシオだ!!………貴様らぁ…」

 ルイスは全ての兵に聞こえるよう叫ぶように名乗りを上げた。相手を目の前にすると怒りが込み上げてきて、突撃したくなる気持ちを抑えるように手綱を強くにぎりしめる。

そして目が合った馬上の敵将にも見覚えがある、会議の席でいつもクラウスの隣にいて、いつもこそこそと口添えをしていた奴だ。しかし名前を思い出そうとしたが思い出せなかった。


 しばらく敵将を睨み対峙するルイス。


 相手もこちらが何かしてくるのか少し警戒しているようで、様子を伺っているが後方で弓矢隊が動き始めるのがわかった。


 すかさずルイスは港へ向けて馬を走らせる。


「ちっ、撃てーーー!!」敵将は急いで矢を撃たせた。


 ルイスに向けて矢が放たれるが通りに面した住宅の窓にあたり壊れる音がした。


「この先は港で行き止まりだ!逃すなーーー!!」

 棚からぼた餅、今の敵将はそんな気分だろう、屋敷を包囲するまでもなく目の前に目的のルイスが現れたのだ。


 今までバルサとラウラのたった2人に挑発され続けてきた兵士の勢いもすごかった、小賢しい挑発をしてきた相手の大将が目の前に現れたのだ、しかもその首を取れば褒美も貰えるだろう。思うように進めなかったフラストレーションを吐き出すように、皆叫びながら一目散にルイスを追った、周りを見ることなくただルイスを見失わないことだけを考えて。




 港に着いたルイスは海を背に剣を手に待ち構えていた。


 兵士達の雄叫びはどんどんルイスのいる漁港に近づいてくる。


 怒涛の雄叫びと地響きと共に物凄い勢いで自分に向かってきているのがわかる。

その恐ろしいまでの雄叫びはアレフ達の所にも良く聴こえるほどだ、おそらく街の外にまで届いているだろう。


 兵士達は我先にと材木が立ち並ぶ道に入り港を目指す。


予定通りだ。


 すでに材木に貼られていたロープは外され、逆に材木の裏側にロープが持っていかれている。


 この雄叫びの中では笛での合図は聴こえない、ルイスは剣を掲げて合図をだした。声も出して叫んだが雄叫びにかき消されていた。


 兵士達が我先にと港へ走った。先頭の数十人が港に到着しルイスが間近に見えたそのとき、道の両側にある材木が一気に倒れ走っている兵士達に襲いかかった。


 断続的ではあるが約30mにわたって兵士達は材木に押しつぶされたのだ。


 道を通り抜け港にたどり着いた兵士はたったの20名程度だ。兵士達は立ち止まり後ろを見て唖然とする、舞い上がった砂煙りで視界は遮られ何も見えなくなっているが、何が起きたのかは容易に理解できた。

完全に退路は断たれた上に数で圧倒していたはずが逆に劣勢に転じたのだ。


「かかれー!」すかさずルイスの号令が発せられた。


 先に待機していたバルサとラウラも加わり、これを一気に殲滅した。


 材木から逃れた後方の無傷な兵士約30人余と敵将は目の前で起きた惨劇が理解できず慌てふためいている。

 材木に巻き込まれ、かろうじて助かった兵士も後方の部隊と合流したが負傷者を合わせても動ける兵は60名程度になっていた。

「今、追撃されたら全滅だ」慌てる敵将と兵達は一目散に退散した。



「ハァハァ、残りの奴らは追うか!?」バルサがルイスに言う。


「いや、今は深追いするのは危険だ、皆疲れきっている」そう言われバルサが皆を見ると息も上がり負傷者も多く、ひとときの勝利に安堵していた。


 作戦は成功した、これにより数で圧倒しているクラウスの部隊の右翼を完全に崩すことができたのだ。



 しかしルイスの予想に反して、劣勢になるや退却する際に追撃を恐れた兵達が次々と街に火を放ってしまったのだ。


舞い上がる煙に皆が騒然とする。


それは一ヶ所だけではなかった。ルイスが守ろうとした街は彼方此方で火の手が上がり、このままでは港近くを中心に大きな火災となってしまう事は明らかだ。


「くそっ!奴ら火を!?」ルイスは信じられなかった、自分たちが治めている町に火を放つなど考えられない。


 しかもここは港の近くでエリサの店の近くだ。


 火を付けた数が多かったため炎の回りは早く、気が付いたときには高く燃え盛りとても消火できる勢いではなかった。


 ルイスは急いで材木の下敷きになった敵兵の生存者を救出をさせ、炎が広がらないように最善を尽くすように指示した。


「エリサ…」指示もおろそかにルイスは誰もいないとわかっていたがエリサの店へと走った。ラウラがそれに気がつき後を追う。


「ハァハァ…」店の入り口は鍵がかかっている、すぐに裏へ回ると裏口が開いたままになっている。


 エリサ…


 裏口から中へ入りカウンターの内側から薄暗い店内を見渡すルイス。


 誰もいない、いるはずもない。


 わかっていた。


 でも、もしかしたら…、そんな気持ちが消えずここに来ずにはいられなかった。


 息を切らせながら客席側にまわり、昨夜手当てをしてもらった席に目をやる。


 ふとカウンターにネックレスと櫛が置いてあることに気がつく。


 ネックレスと櫛を握りしめ、プレゼントしたときの事を思い出しすルイス。


「くそっ!これで俺はこの街を守ったといえるのか?………好きになった(ひと)1人助けることもできないのか…」

 ルイスは唇を噛み締め怒りと悔しさで震えていた。


 …………


「ルイス様、ここも危険です、運べる物を持って避難を」ラウラはしばらく裏口で様子を見ていたが炎が近くまで迫ってきていたので中へ入ってきた。


「……」小さく深呼吸をし、無言のまま辺りを見渡すルイス。ここにあるもの全てを持ち出したい思いだ。


 食器、鍋、スプーンにフォーク、椅子やテーブルも…このままでは全てが燃えてしまう。


「…ルイス様」ラウラが急かすように呼ぶ。


「持て!」ルイスは目の前にあったエリサの帽子とエプロン、前日の売り上げの入った箱をラウラの胸のあたりに押し付けると櫛とネックレスをポケットに入れ裏口へと向かう。

 奥にある厨房の前でナイフが数本目に入ったので、慌てて近くの布で包み、抱えるように外へ出た。


 すでに炎は目の前まで迫ってきていた。


急ぎ港まで走り安全なところに立つと燃え盛る炎を見つめる。

ルイスは険しい顔つきで腰の剣を強く握り締めていた。


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