建国祭の終り
レミ王子による王位継承の公表とルイスの発した言葉は一字一句書き記されその日のうちに号外として街中にばら撒かれた。
聞き間違いでは無かった…
何が何だか理解できなかった。エリサは街に散らばる号外を手に取り確認するように何度も読み返すが間違いでは無い。
ラージュを復興させるために自分の領地の返還、さらにその責任として王族としての立場を棄てる…
エリサはなぜラージュのためにここまでする必要があるのか理解できなかった…『遠く離れた田舎町のために国の財政を圧迫する愚かな王子』『女にうつつを抜かす好色王子』そんな会話が笑い声とともにエリサの耳に飛び込むと逃げるようにその場を走り去った。
…………◇◇…………
三日間に及ぶ建国祭が終わっても未だ街中は昼夜を問わず盛り上がっている、皆が口にする話題のほとんどが新国王とルイスの事だった。
毎年あと一週間くらいはお祭り騒ぎが続くらしい。しかし、ここバリエにあるラージュの屋敷だけは重苦しい雰囲気を漂わせていた。
「色々とすまなかったなバルサ」
「いや…でもこれで良かったのか?」
「ああ、何も後悔はない。もともと王族という立場も息苦しかったから丁度いいさ!」
応接間では質素な服装に身を包んで小さな荷物を抱えたルイスとバルサが話しをしている。
「で?これからどうするんだ?」ニヤつきながらルイスに問いかけるバルサ。その後どうするかなんてわかっているのにだ。
「コンコン」と優しくドアを叩く音がするとバルサはどうぞと言いまたニヤつく。
「失礼します」お客様が来ていると言われたためお茶を持ってきたエリサ。ドアをあけてすぐにルイスと目が合いその場に立ち止まった「っ!?…」
「エリサ…」ルイスは荷物を無造作に床へ置くとすかさずエリサの方へ歩み寄る。しかしエリサは顔を横に背け目を合わせないようにした。
私は別れを告げた。そう、ハッキリともう二度と会わないと心に決めた。でも…ルイスが目の前にいる…
再び会えた喜びと会ってしまった後悔と先日の演説の内容への不満…様々な感情が入り乱れ無言のまま顔を逸らしているエリサ。
「エリサ!俺はもう王子でも貴族でもなんでもない、だから…」
ルイスが話し始めると、ゆっくりと歩き始めるエリサ。その姿は唇を噛み締め肩を震わせている、何かを言いたげなことだけはわかる。
「エリサ?」不安気なルイスの目の前までエリサが来ると険しい目つきでルイスを睨む。そして「パンっ」と部屋の外まで響く弾けるような高い音が鳴った。
エリサの平手がルイスの頬を弾いたのだ。
「んげっ!?」思わず変な声をあげて一歩退くバルサ。
「どうして?……どうして?」怒りと呆れた感じで感情のぶつけどころがわからないエリサ。ルイスの全てをを失うほどの価値がラージュにあったとも思えない、ラージュに帰って酒場を再開させようと決めた自分の決心を根底から崩されたような気がしていた。しかし、また以前のように会えたことが嬉しくないはずもない。
ルイスは自分の頬を叩いたエリサの手を取り優しくさすった。おそらく人を叩いたことなど初めてだっただろう、その手は真っ赤になって熱を帯びていた。
「エリサ、お願いがある。俺をラージュに連れていてくれ」
「ぇ?」
「恥ずかしい話なんだがな、もう住むところも財産も何も無いんだ。ここにあるわずかな荷物だけが俺の全てだ」
「ばか…」目の前のどうしようもない男に呆れたようにいうエリサ。
ルイスはその通りと言わんばかりに「ああ」と一言だけ応えた。
「どうして?どうして自分の全てを失ってまでここまでするの?」苛立ちもあるためか感情的な声になるエリサ。
「俺は君に多くの物を失わせてしまった…ラージュを燃やしたのはクラウス達だが、俺が不用意にクラウスを挑発した事は事実だ。結果、君の酒場も家も財産も、全て奪うことになった。それでも君は俺を責めるどころか俺の無事を喜び許してくれた。それにディベスで会ったとき『大切なものは何も失っていない』と言ってくれた。その言葉にどれだけ救われたかわからない」
「そして今、あやうく俺は本当に大切なものを、地位や財産よりも大切な君を失うところだった。どうか、俺を君の側にいさせてくれ」
ルイスはそう言うとエリサの手を握ったままその場に片膝をつけ跪いた。
エリサ自身ルイスが王族を辞めて領地を変換したのはその財産でラージュ復興の資金を作るためだと思っていた。
でも…
今、はっきりとその真意が理解できたそしてラウラの言った『チャンスがあれば逃げないでください』という言葉を思い出す。
私がルイスと会えなくなった原因は私がスタンフィードの血を引いているから。そしてルイスがこの国の王族であるから…
私の血筋が変えられないのであればルイスの地位を変えればいいということだ…
そんな事は考えたこともなかった、そもそもこの国の第三王子という立場を捨てようとする人間なんていないだろう…
この呆れた行動をするルイスに少しづつエリサの強張った表情が和らいでいく「ルイス?…貴族じゃない人間はそんな風に女性の前で跪いたりしないわよ!どこの女垂らしかしら?」
「っ?」急に変わったエリサの口調。ルイスは一瞬驚いたがそれは今の自分を受け入れてくれたことだとすぐに理解した。口元を緩め「ふぅ」と小さく息をつくと立ち上がるルイス「ああ、もう王族でも王子でもなんでも無い、ただのルイスだ!」
「ところでルイス。これから一緒にラージュに行くんだな?」落ち着いたところで バルサが尋ねる。
「ああ、一緒に行かせてくれ」
そのルイスの言葉にまた悪戯っ子のようにニヤつくバルサ「ルイス、これからのお前に大切な事を教えてやろう!」
「なんだ?」普通に疑問に思うルイスとは逆に嫌な気がしたエリサ。
「働かざる者食うべからずだ!」
………◇◇………
「じゃぁこの玉ねぎの皮を全部剥いてもらえるかしら?」
「お、おう!」
終わったらテーブルを拭いてナイフとフォークとスプーンを出しておいて」
「あ、ああ」
「ちょっとこの鍋を運んでもらえるかしら?」
「ああ、了解した」
「あ、あのエリサさん?もう少し優しく…こき使いすぎじゃ?」ルイスを休ませることなく働かせるエリサに恐縮しているエレナ。ルイスはつい先日までこの国の第三王子だった、エレナにとってその恐れ多い存在はすぐに変わるものではなく、今の状況はとても抵抗のある状態だ。
そんな不安をよそにエリサは今の状況が嬉しくて仕方がない。自然と以前のような笑みがエリサに戻っていた。




