ルイスの決意
しばらくすると城から突き出たバルコニーのようなところに人影が見えた。広場からもよく見える場所だ。誰かが辺りを警戒しながら安全を確認している様子だ。
バルサは小声で「もう直ぐです」と耳打ちしてきた。
広場は照り返す太陽の陽射しと人々の熱気で蒸し暑さを感じさせる。エリサは頬を伝う汗を手で拭う。
あの舞踏会からルイスに会っていない…ドア越しに話しはしたがルイスの顔を見るのは久しぶりだ。でもちょっと離れているな…
エリサのいるところからバルコニーの距離はかなり遠い。自分の手を握ってくれたルイスの存在を遠く感じさせる距離だ。
突然広場に楽団が現れたかと思うとファンファーレのような勢いのある曲を奏で始める。すると警備をしていた騎士達は姿勢をただし、その場に居合わせた住民達は何事かとざわつき始める。
それと同時にバルコニーに姿を現わすレミ王子、いやすでに新国王アルドフ四世だ。
始まった…
エリサは気持ちを落ち着かせルイスを探すがまだその姿を確認できない。
突然の新国王の登場に住民達のボルテージも急上昇した。どこからともなく始まった喝采と拍手は物凄い勢いで新国王が笑顔で手を振り返すとさらに熱狂する国民達。
新国王が落ち着くようにジェスチャーをすると広場は次第に静まり全員が何を話すのかソワソワし始める。
「今年も無事に建国祭を迎えることができて嬉しく思う!」国王の声は広場全体に響き渡る。あの場所で話すと壁などに声が反射をして拡声器のような役割をはたしているのだそうだ。
「今、このファルネシオ国は我が父アルドフ三世の力により強大なものとなった、そしてそれを支えた全国民に改めて感謝を告げる!そして我はこれよりアルドフの名を継ぎ、アルドフ四世としてこの国に今以上の繁栄をもたらせることを約束しよう、我がファルネシオ国に永遠の繁栄と栄華を!!」
アルドフ四世を名乗った瞬間広場全体に地鳴りのような喝采と声援が響き渡る。住民達は狂乱状態にも似た熱狂を見せ若干の恐怖すら感じるほどだ。バルサさんとカロンさんに挟まれていなければ押しつぶされてしまいそうだ。
続けて前国王アルドフ三世とその王妃が今までの感謝を国民に述べ、長女ミレーユは新国王アルドフ四世への忠誠と国の平和を約束した、リュカ王子はこの狂乱した国民に顔を引きつらせながらも国の繁栄に助力することを約束した。
そして次はおそらく第三王子ルイスの番だ。
予想通りルイスがバルコニーに現れた。王族の紋章が刻まれた青い服と真っ白なマントを羽織っている。エリサは久しぶりに見るその姿に息を飲む。
すでに集まった国民達はファルネシオ国の安泰と繁栄を確信していた。新国王となったレミだけではなくミレーユやリュカの手腕や能力の高さは既に知られており期待されていたからだ。狂乱状態も落ち着き他の兄弟たちと同じように忠誠と繁栄の約束を述べるものと思いルイスの言葉に注目する国民達。
そしてゆっくりとルイスの口が開かれた。
「本日、只今をもちまして私、ルイス・デオ・ファルネシオはここファルネシオ国の王位継承権を放棄いたします」
誰もが耳を疑った何を言っているのだ?と言わんばかりに、にわかにざわつき始める。
どういうこと?
エリサはバルサの顔を見上げるがバルサは唇を噛み締め真剣にルイスを見つめていた。カロンも拳を握りしめルイスのことを見ている。
うそ!?
エリサは何かの間違いだと思い再びルイスに目をやる。
「私は今後ファルネシオの名を使わない事を約束すると同時に私の所有する領地、財産、地位、この全てを新国王アルドフ四世へ返還いたします。 そして最後に一つだけ願いがあります。私の返還した領地などを元手に港町ラージュの復興の手助けを願いたい」
何を考えているの?王位継承の放棄?領地の返還?……いやラージュの復興?
状況についていけず呆然とルイスの話に聞き入るエリサ
「私はこの剣で数々の紛争を納めてきました、すべてはこのファルネシオ国の民が平穏で笑顔で暮らせるようにと…」この群衆のどこかにいるであろうエリサを思い浮かべるルイス。そして力強く続けた。
「…しかし私はこの剣で一つの町を火の海にし、1人の女性から全てを奪ってしまいました家も仕事も財産も…私はそれを元に戻したい。こんな独りよがりの願いで国を圧迫するほど私は愚かな人間です、どうか批難してください、笑ってください。ですがそれよりも大切な、どうしても守りたいことが私にはあります、こんな私は王族には向かない、昔からそう思っていました故にこの王位継承の放棄は皆さんにも納得していただけると思います、私の全てを使ってでも私は港町ラージュをもとに戻したいのです」
そんなことのため?私はそんなことは望んでいない!
「止めて!!」大きな声で叫ぶエリサ。しかし周りのざわつきでその声はかき消される。既にルイスの声もエリサには聞き取れないほど辺りはざわつきルイスに対する罵声が飛んでいた。
「お願い、もうやめて…」
まだ間に合うかもしれない、止めなくちゃ…
エリサが前に飛び出そうとした時バルサに肩を掴まれ止められる。
「はなして!!」それを振り切り前へ行こうとするが無言で腕を掴まれ身動きが取れない。
「どうして?」バルサを睨むように振り返るエリサ。
まだ間に合うかもしれない…エリサはそう思うと必死に力を込めて前に行こうとするがバルサに力一杯引き戻される。
「これがルイスの出した答えです、どうか最後まで見届けて下さい」
そう言ったバルサは本当に悔しそうでやるせない表情をしていた。初めて見るそのバルサの表情はそれだけでエリサを諦めさせる力があった。
違った、私の考えは全然違った…
バルサさんは最後にルイスを一目だけ見せようなんて生易しい事を考えていたんじゃない。このルイスの演説の内容を知っていて私に見せるためだ!!
このままではルイスが…
「こんなことをして何になるというの!?……こんなことを…してまで……何をしたいの?」もう無理だとわかっていても必死に足掻こうとするエリサ。
「これが最後のチャンスなのです」バルサはエリサを見つめ静かに応えた。
チャンス?その言葉にラウラの言った言葉が重なった。
まさかラウラさんもこの事を知っていてあんな事を?…
もしかして私のため?
ぁ…うそ…
どうして…
広場に居合わせた誰もが慌てている。もうエリサの声は届かない…どうしてそんなことを?
この演説を聞いた人達から笑顔が消えルイスへの非難の声が聞こえる。
最悪だ…聞きたくない…
エリサは耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んでしまった。バルサとカロンはエリサを囲うように広場の騒ぎが治るまでそのまま悔しそうにたたずんでいた。