建国祭初日
建国祭初日、朝から空砲が鳴り響き楽団によるパレードが盛大に始まっていた。
屋敷の中にいても良く聞こえる空砲や太鼓の音はお腹の下の方に重く響いてくる。
「すごいわね…」時折自分達の声すらかき消されるほどの音に圧倒されるエリサ。
「あ、エリサさん!向こうに仮装してる人達がいますよ、何があるんでしょうね?」
二階の窓を開け、身を乗り出すエレナ。初めて見るバリエのお祭りに自然と気持ちが高ぶっているいる様子だ。
エリサはどうしてもそんな気分にはなれず椅子に座りながら紅茶を飲んでいた。
エレナがとても楽しそうにしているので「外へ見に行ったら?」と言ったら笑顔で首を振られた。「ここでエリサさんと見ているのが楽しいんです」とさらっと恥ずかしい事を言われてこちらがこそばゆい気持ちになった。おそらく私に気を使っているのだろう。
それにバルサさんに言われている午後からの用事も気になって仕方がない。一体私に何をさせたいのだろうか?
昼食を終えて午後になるとバルサさんとカロンさんがエリサを迎えにきた。誰かに会うのかと尋ねたら見せたいものがあるという、ただ一緒に行って欲しい場所があるだけと言うので思いっきり地味な服装にした。あまり人目につきたくない気分なのだ。髪も束ね上げハンチング帽を深く被るエリサ。
外は人混みが激しく、いつもは人の少ない屋敷の前でさえも人の流れが絶え間なく続いている。さすがに何日も滞在していただけあり人混みの中を歩くことには慣れてきたが相変わらずバリエの活気には驚かされる。
しかし…
今バルサさんとカロンさんが向かってる方向はお城の方だ…いったい今更何を見せようと言うのだろうか?
エリサは不安な気持ちを表に出さないよう静かに2人の後をついて行く。
しばらくすると正門の前に広がる大きな城前広場へ着いた。今までエリサが城へ入る時は裏の使用人の通路を通っていたため、ほとんど来なかった場所だ。
所狭しと露店が並び、老若男女を問わず沢山の人で賑わっている。派手な衣装に身を包む女性や仮装をしている者たち、家族や恋人同士で楽しむ人たち。今の私はここにいる人達とは違う人間のような錯覚に陥るくらい誰もが笑顔だった。
警備をしている騎士の数も多い。
「エリサさん、何があっても落ち着いてこの場にいて下さい」急に真剣な表情で話し始めるバルサ。気がつくとバルサとカロンに挟まれて動く範囲が制限されていた。
「…?」エリサが警戒をしていると、それに気がついたカロンがいつものようにノンビリとした口調で言う「あ〜、急に襲われたりしませんから安心して下さい〜。これから始まるお話を聞いて頂きたいだけです〜」
エリサは話しを聞くだけと言われて余計不安になった。いったいこれから何が始まるというのだろうか?「はぁ」と生乾きな返事を返すだけで不安な気持ちは増していく。何より『何があってもこの場にいて下さい』と言われたばかりだ。
「あの?一体何があるのでしょうか?」恐る恐るバルサに尋ねるエリサ。
バルサはエリサの耳に口を近ずけ小声で話す「もうすぐレミ王子の王位継承の発表があります。すでに国内外への通達はされていますが国民に向けてレミ王子ご自身が挨拶をすることはこれが初めてです。時間は短いものの混乱や危険を避けるためこの会見は公表されていませんが前国王アルドフ三世とその王妃、他の兄弟たち王族が全員集まる予定です」
「っ!?」思わず目を見開き息を飲むエリサ、王族全員が集まる?ということはルイスも…「いったい何をする気ですか?」
「私達は何もしませんよ!なにも…。ここでルイスの話す言葉を聴くだけです」バルサは城を見つめながら寂しそうな表情を見せた。
「話を聴くだけ?ただ、それだけ?」エリサが怪訝な顔をするとバルサはすぐに笑顔を繕い「はい」と答えた。
ということは…
この状況は最後に一目だけルイスを見ることができるということ?…
そうか…バルサさんはルイスを私に見せたかったのか。最後に一目だけでもルイスの姿を私に見せれば気が変わると思ったのかな?…話を聞いて次第にエリサの緊張も解けていった。
もう会わないと決めたが会いたくない訳ではない、逆に最後に一目だけでも見ることができれば諦めもつきやすいだろう、それにこれだけ人が多いのだルイスが私を見つけることは不可能だろう「わかりました…」エリサはこれをバルサの優しさと思いそのまま発表の始まりを待った。
雑踏の中静かにたたずみ瞳を閉じるエリサ。今までの出来事を懐かしむように思い出していた。
酒場でルイスに出会い。
ディベスまで私を探しに来てくれたルイス。
遠い道のりを何日もかけてバリエまで来た日々。
夕陽の沈む丘の上で告白された日のこと。
そしてルイスと過ごした初めての夜。
それはエリサが身体中でルイスを感じる事ができた幸せな時間だった。ルイスが触れる指、髪の毛、息使い、鼓動、エリサは全身でそれを受け止め感じる事が出来た。
幸せだった、心の底からそう思えた。
満足か?と聞かれれば満足だ。
当分の間忘れられないだろうな…
いや、一生忘れられないかもしれない…
もしかしたらもう誰も愛することなどできないかもしれない、そう感じているほどだ。
ルイスとの初めての夜を過ごし、舞踏会に参加して…エリサはこれまでの出来事を思い出にルイスの元を去る決意を改めてした。
バリエは遠いな……




