帰路へ
すでにエリサが城から戻ってから数日が経っていた。最近のエリサは毎日を笑顔で過ごしている。そして誰も何も聞かない。
朝早くに起きて朝食を作り洗濯に掃除もしてくれている。バルサが頼んだ仕事は調理だけだったのだが、今やメイドのように一日中働いていた。
そしてそれを誰も止めようともしないし聞こうとも思わない。むしろ最近は話しかけにくい雰囲気が滲み出ているのだ。
一見愛想の良い明るい女性なのだが以前のエリサを知っているならそれは全くの別人格のようだった。以前とは明らかに違うその笑顔、とても心から笑っているようには見えないその笑顔は完全に仕事用の笑顔で愛想も会話もどこか人との間に線引きをしているような深く関わることを拒むような…
さらに城内ではルイスに対して嫌な噂が流れ始めていた。田舎の町娘に熱を上げ過ぎた挙句、政務を放ったらかしにして女の尻を追いかけ回している…
そんな冷やかな視線はバルサやラウラにも向けられるようになっていた。
そして建国祭まであと3日…
「もう私達に出来ることはエリサさんを無事にラージュへ送り届けることしか無いのかもしれない………建国祭が始まる前にラージュへ戻ろうと思います」バルサが手で顔を覆いながら苦渋の決断を下した「本当はエリサさんに建国祭を楽しんでもらおうと思っていたのですが、今のエリサさんに賑やかなバリエと王族を見せるのは酷かと思いまして…」
「こういうとき私は何もできないんです…昔から剣しか脳が無いものですから…」それを聞いたカロンも悔しそうに拳を握っている。
「でもその剣で助けられたことは何度もあります、カロン貴方はこの国に必要な剣士ですこのままバリエに残ってルイスの力になってください。人は誰もが万能ではありませんから」
「……」カロンは無言で頷いた。
「でも、これで諦める訳ではありません。少し時間がかかるかもしれませんが必ずエリサさんをルイスのもとへ連れて来ます。今は一旦ラージュに戻って調査をしなおしたいと思います」
「ええ、それまで私はルイス様をお支え致します」
「お願いしますカロン……では出立は明後日、建国祭の前日に!」
……◇……◇……
ラージュに戻るんだ…
なんだか悪い夢でも見ていたかのように気だるい…
エリサは洗濯物を干しながらまだ暑い夏の日差しを鬱陶しそうに手で遮る。
早くラージュに帰ろう、みんなが待っている。
アンネさんにカイさん。エリックにセヴィも…
これから私は酒場の再開だけを考えれば良いんだ!
それだけ……そう、単純なこと…
「っ!…」思わず涙で滲む瞳をゴシゴシと乱暴に手の甲で拭う。
エルもスタンフィードも関係ない、私はただのエリサ。酒場のエリサだ!




