ルイス。
建国祭ムード一色なバリエの街。それとは対照的に城内では一部の貴族たちがピリピリとした空気を漂わせている。
「建国祭は普通におこなうのか?」ルイスは心配そうにレミに尋ねる。今日もエリサに会えるようにしてもらうためお願いに来たところだ。
「ああ、問題ない。これはただの挑発だ、建国祭がある事を知っていてわざと国境付近に兵を近づけているに過ぎない。むしろこちらが焦って兵を送り込んだりしたらあいつらの思うツボだ、グライアスは南下したくて仕方ないからな、いくらでも口実をつけてくるさ」周りの緊張とは関係なさそうに涼しい顔をして書類に目を通すレミ。すでに終わった仕事のような口ぶりでグライアスの事を話す。
「そう…なのか?」焦っていた自分が愚かに思えるほど冷静な兄の態度を見て脱力するルイス。しかしここに来た本当の理由はグライアスの事ではない。
「何度来ても無理だぞ!!」何かを言い出しそうになったルイスよりも先にレミが釘をさす。もちろん無理というのはエリサに会うという事だ。
「いや、その…」先に無理と言われてしまいしどろもどろなルイス。とかく交渉ごとは苦手なため先に言われるだけで次の言葉が出てこない。そんなルイスを気にすることもなくレミは続けた「そのうちもっといい女が現れるかもしれん、そうしたら忘れるだろう…今は我慢しろ!お前はファルネシオ国の王子なんだぞ」
毎回同じ事を言われて仕方なく部屋を出るルイス。
すでにレミの隣には父であるアルドフ三世の姿はない、すでに国王としての引き継ぎは終わり、事実上レミ第一王子が1人で政務を行なっている。そんなレミが忙しくしていることはわかっているため子供のように駄々をこねるわけにはいかなかった。
「バルサ、何か手立ては無いのか?」
「……」眉間にしわを寄せ苦しそうに考え込むバルサ。
もはやエリサのことを口にしただけでミレーユとリュカには怒鳴られる始末だ。ミレーユ達にとってエリサの存在は腫れ物に触れるようなもの、エリサがエルであるという噂は誤解であったという情報を流し、すでに終わったことになっている。それを蒸し返すようにルイスは連日レミやミレーユの下を訪れていた。その度に「これ以上話を拗れさせるな!!彼女には大人しくラージュへ帰ってもらい町娘として大人しく生涯を過ごしてくれればいい」毎度同じように怒鳴られる「ただ監視はつける、危険人物には変わりないからな」そして同じように危険な存在である事を強調される。
ルイスはその度に「俺をラージュに行かせてくれ」だの「ラージュへ帰る前に一回会わせてくれ」だの交渉とは程遠いお願いをするため頭を下げている。しかしそんなことが許されることもなく勝手にラージュの屋敷へ行こうとするものなら強引に引き戻されていた。
今はルイスが城の中に監禁状態になっていると言っていい。
「はぁ…」椅子に座ると同時に重いため息を吐くルイス
「大丈夫か?…ここの所寝ていないだろう?」バルサが心配そうにコップに入れた水を運んでくる。
ルイスは返事もせずその水を一気に飲み干すと再び立ち上がる「もう時間がないんだ…寝てなんていられるか!」
そしてルイスの行動は逐一エリサの耳にも届けられていた。
毎日エリサのもとを訪れているラウラやバルサの口からはルイスが懸命に動いてることが伝えられていた。しかしそれは逆にエリサに取って重くプレッシャーのようなものでもあった。
はじめのうちは自分のために必死になるルイスは頼もしくて嬉しい存在であったが、いつまでも変わらない状況や自分のために必死になるルイスの話しを聞いて、苦しめているのではないかという嫌悪感も生まれていた。
「…………私のせいでルイスを…」
そしてそんな気持ちを振り払うかのように仕事に集中していった。1人でいると泣き崩れてしまいそうになることがわかっていたからだ。
休憩する時間も惜しむように疲れ果てるまで身体を動かし、とにかく悪い事を考えないように働いていた。
そして無情にも時間だけが過ぎていく。エリサはふとディベスで「待っててくれ」とルイスに言われた言葉を思い出していた。
「大人しく待っていたほうが良かったのかな?…」