表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

男ならこれを選べ! って書いておくべきよ (下)


 美桜はそっとJカーンのパッケージに手を伸ばした。

 箱に閉じ込められた空気が、開けてくれるなと抵抗してくる。美桜は少し緊張した面持ちになった。


「あ・・・小さい。 銀冠サイズ」

 

 美桜は小さく落胆の声をあげた。

 パッケージのサイズからすれば当然なのだが、ショップに飾ってある他のガンダーは、もう少し大きく見えたのだ。

 しかし、箱の中身を見ると考えはすぐに変わった。


「このお値段で、色分けまでされてるのね」


 クリアーパーツを含む5色のランナーが7枚、ポリキャップ一枚、シールが一枚。

 値段を考えれば、かなりの豪華キットである。

 美桜は嬉しくなってきた。


「よいよいよい、とても良い!」


 彼女はそのままのテンションで、ランナーを包んだビニール袋を破り捨てた。

 その勢いでシールが飛んでしまい、慌てて拾うことになる。

  

「最初に腕を作ればいいのね」


 美桜は説明書を開き、ランナーと見比べた。

 説明書はふたつ折りの紙一枚で、表はロボット解説と色見本。組み立て方法は裏のモノクロ印刷だけで収まっている。

 シンプルなパーツ構成で、用途不明な物はない。

 美桜が思い描くJカーンの部品そのものだった。

 ランナーの番号を確認してから、美桜はニッパーを伸ばした。


「我がニッパーに断てぬものなしっ!」


 声だけは威勢がよいが、美桜はニッパーの使い方を知らない。

 ニッパーの刃を近づけ過ぎると、パーツごと切ってしまいそうで怖くなった。

 少し迷った後、美桜はニッパーの内側からゲートへと近づけていく。これなら刃がVの字になるので、パーツを挟み込まないと考えたのだ。


 バチン


 大きな音を立て、ランナーが断ち切られた。

 太いプラスチックが切れる音だ。


「あれ? 狙ったのと違うトコ切れた?」


 切らなくてはいけないのは、細くなっているところ。ゲートと呼ばれる箇所である。

 パーツから伸びた太いランナーを見て、美桜は自分の間違いに気づいた。


「切ったあとが残るとイヤだし、近づけたほうがいいのね」


 改めてニッパーの背をパーツにあて、刃を入れてみる。


 パチン


 今度は小気味よい音が鳴り、美桜もご機嫌だ。


「ん? ピッタリくっつけたんだけど?」


 ただし、切り口は彼女の想像していたのとは違う形になった。

 パーツからゲートのあとが、ニョキリと伸びている。

 納得がいかない美桜は、改めて自分のニッパーに目を落とした。


「リカイ デキマセン!」


 即座にスマホで通販サイトをチェック。買わなかった高級ニッパーと、百円のニッパーを見比べた。

 美桜が握った百円のニッパーは、刃の背に切れ込みが入る形で鋭さを確保していた。これは刃を傷めないための配慮である。

 対して高級ニッパーは、背の部分が直接刃になる形になっていた。こちらは耐久度が下がるが、パーツに対してギリギリまで刃を近づけることができる。 


「むむむ、2500円か、やるな!」


 こうなると、普通の模型用ニッパーも気になるところ。値段が600円だったので、美桜は見送った品だ。

 こちらも美桜のものと比べれば、刃と背が近いデザインだった。


「ひのきのぼう……棍棒ですらなかった」


 頭を抱えた美桜は、切り残したゲートあとをもう一度睨みつけた。


「大丈夫よ、問題ない。一番いい替刃をたのむ」


 彼女はすぐにデザインナイフに刃を取り付けた。

 これをゲートあとを切り直せば、高級ニッパーを使うのと同じこと。美桜は高級品のことは忘れることにした。

 彼女の目論見通り、ゲートあとはあっさりとなくなった。わずかに白いあとが残ったが、美桜は満足げに頷いた。


「これはいいものだ」


 だが、いくつかパーツを切り離すうち、彼女の中に欲が生まれてきた。


「もちっと根元から切ったら、完全にあと消えるんじゃ?」


 この時の美桜が知らないのも無理はないが、ゲートを切ったあとが白くなるのは、切り残しが原因ではない。

 熱だ。

 ゲートの根元に負荷がかかり、生じた熱でプラスチックの組成が変化してしまうために白く変化してしまう。

 それを知らない美桜は、ゲートの真下にナイフを走らせてしまった。

 新品のナイフが、パーツをえぐり取りった。

 肩装甲の一部が削れ、真っ直ぐなプラスチック片が出来上がる。


「あぁ、うん。 四角いロボットでよかった、ってコトで」


 やりすぎた。

 美桜は少し後悔したが、大きく目立つことはないと自分に言い聞かせた。

 だが、ここが曲線を描く箇所であったら、そうはならなかったことも理解している。


「ここから先はヤスリの出番ってことね」


 ナイフで切り取れないなら、削り落としてやればいい。

 美桜は紙ヤスリと、金ヤスリを机に並べてみた。

 星のマークが入った紙ヤスリの裏には、400、600、1000の数字が書いてある。


「番号が少ないほど、目が荒くなるのね」


 美桜はパッケージ裏を読み上げた。


「荒いものを最初に使い、次第に細かい目のものをつかう」


 ここで紙ヤスリを切りとるための、ハサミを用意してなかったことに気づく。

 美桜は机の隅に立てた文房具入れに手を伸ばし、400番を1センチほど切ってみた。


「研磨する方向は一定に……」


 ゴシゴシとヤスリをこすりつけてやると、プラスチックの表面に白い線がいくつも走った。

 繰り返すたびに、青色がどんどん白く汚れていく。

 美桜の頭の中も不安で真っ白になっていく。


「ちょっと、ちょっとぉ。切ったあと、全然消えないんですけどぉ」


 一際白くなったゲートのあとは、紙ヤスリの傷で白くなった部分よりずっと目立ってしまっている。

 しばらく同じ紙ヤスリで研磨を続けたのだが、それは変わらなかった。

 すこし力を入れて磨いてやると、スムーズに手が動くようになってきた。


「うん、コツは掴んだっぽい。 私って天才?」


 上機嫌で磨いたパーツを覗き込んだ美桜は、すぐにガッカリした顔になってしまった。

 先ほど確認した時からまるで変わっていない。


「最初はあっという間に白くなったのに……」


 見れば紙ヤスリが目詰まりを起こしていた。パーツよりもヤスリの方がツルツルなほどだ。


「思ったより早くなくなるものだったのね」

 

 パーツ一個で紙ヤスリをひと切れ使ってしまい、美桜は少しウンザリした。

 このままでは完成がいつになるか知れたものではない。


「ならば、いっそ……」


 もっと荒い目のヤスリを使うしかない。

 美桜は横に並べていた金ヤスリに手を伸ばした。

 百均で買ってきた金ヤスリは、平、半丸、丸の三点セットだ。

 すべてオレンジの取っ手でそろったデザインで、細かな目がびっしりと並んでいた。

 美桜の見た目では、600円の模型用金ヤスリと差はなかった。


「せっかくだからこの赤いのを選ぶぜい」


 美桜が選んだのは、平ヤスリだ。直線で構成されたJカーンには、これが一番しっくりきたのだ。


「ここだけでいいのよ、ここだけで」


 美桜は平ヤスリを寝かせ、ゲートあとに沿わせた。

 そのまま、そっと前後にヤスリを動かしてみる。


「お、効果は抜群だ」


 400番の紙ヤスリとは比べ物にならない速度でゲートあとは消滅した。

 嬉しくなった美桜は、続いてもう一つパーツを切り出し、いきなり金ヤスリを使ってみた。

 金ヤスリの破壊力は、切り残したゲートを粉みじんにした。


「神はバラバラになった!」


 対になるパーツのゲート処理を終えた美桜は、もう一度紙ヤスリを切り取った。

 しかし、それを使う前に手が止まった。


「ちょっと、なんでなんでなんで!?」


 ゲートから遠く離れた場所に深い傷がついている。

 冷静になってみれば、前後に動かしたヤスリの先があたっていたかもしれない。


「あ、ヤスリを寝かせすぎたっぽい」


 美桜は傷を消すことも忘れ、次のパーツを切り出した。このまま引き下がるのは癪だった。

 今度はヤスリを立て、ほかの部分に当たらないように気を遣う。


「う、うわぁぁっ!」

「ちょっと、美桜どうしたの!」

「なんでもない!」


 思わず大声を上げてしまい、下の階から心配した親の声が飛んできた。

 同じぐらい大声で親を追い払い、美桜はヤスりの先を見つめなおした。

 立てたヤスリの角が、ゲートのあった場所を大きくえぐり取っていた。


「ば、バトルダメージ表現よ!」


 もはや、ヤスリで消える大きさではない。

 パテを持っていない美桜は、聞きかじった言葉でうそぶくしかなかった。

 美桜は平ヤスリを置き、半丸ヤスリに持ち替えた。

 今度は半丸ヤスリの先だけを使い、ホンの少しだけ残すことにした。

 これならデザインナイフと同じぐらいに、傷つけずにゲート処理ができそうだ。


「切った方が早いところと、削った方が早いところか選ぶモノだったのね」


 取り返しのつかない犠牲は払ったが、美桜は自分なりのパーツ切り出し術を覚えていった。

 そして組み上げるべきパーツを並べて気づいた。


「関節パーツ挟み込むみたいだけど、後から色塗るの大変じゃない?」


 てっきり全て組み上げてから色を塗るものだと思っていたが、それだと奥まったところを塗るのは至難の技だ。

 美桜は、色別にある程度組み上げ、あとはバラバラにしておくことに決めた。

 幸い、Jカーンは部分ごとの色分けはシンプルなデザインである。ポリキャップで離せる部分はおおよそ組み上げても問題なさそうだ。


「古いポリゴンゲームで良かったわ」


 それでも、組み立てる前に色を塗っておかないといけない箇所がある。

 クリアーパーツだ。

 両手両足に緑のパーツを挟み込むのだが、緑を囲む黒は再現されていない。


「ちっちゃい……こんなの切り出したら、あとから色塗るのムズいかも」


 美桜はクリアーパーツを切り出すのはやめて、先に色をつけることにした。ランナーに固定された状態なら、パーツの縁を塗ることは難しくない。

 先に色を塗ってしまうと、ゲートあとだけが未塗装となってしまうが、ここに限っては問題はない。


「ここって……組んだらゲート、内側に隠れるっぽい」


 いい加減ゲート処理にウンザリしてきた美桜は、見えないところは楽をすることを考えるようになってきた。それに、クリアーパーツにヤスリがけをする気にはなれなかった。



「そいじゃ、先に塗っといてあげますか」


 立ち上がった美桜は、カバンを持ち上げた。帰り道で買ってきたツールがある。 


 クレオ ガンダーマーカー 各色200円


 ガンダーの名前を冠しているが、アルコール系塗料の入った普通のマジックだ。

 立ち上がりはしない。アルコール系なので燃え上がる可能性は否定できないが。

 特徴としては硬いペン先が斜めに切られていることだろう。

 この尖ったペン先により、平面から部分塗装まで幅広い使い方ができる。

 乾燥速度も早く、お手軽に使えるのだが、その速度故に塗りムラが生じやすい。広い面積を塗るには手早い作業を行うべきだ。


 美桜は塗料皿を一枚取り出し、ペン先を一度押し込んでやった。そしてキャップを戻し、何度かペンを振ってやる。

 ペンの中でカラカラと攪拌用のボールが鳴り、やがてペン先まで塗料が染み出してきた。


「これで準備完了っと」


 美桜はペン先の角をパーツにチョン付けしていてった。

 新品のペンは加減がききにくいので、慎重にはみ出さないことを意識してやる。

 アルコール塗料はすぐに乾く。

 美桜は少しだけ待ち、キットの上箱をもってきた。


「これ絶対なくすわー。なくならないダウンロード版入ったメモリーなくすぐらいなくすわー」


 切るべきパーツは余りに小さい。

 美桜はランナーから外した際、どこかに飛んでいかないか心配になった。

 そこで空き箱の上で切ることを思いついた。

 袋を開けたとき、シールを吹っ飛ばしてしまった反省だ。


「あー、ピンセットも買ってこよう」

  

 その心配は的中した。

 切る時は問題なかったが、組み立てるときに三回もパーツを落としてしまった。

 切ったパーツが小さいのもあるが、はめるべき溝がきついのだ。

 苦労しながらパーツを引っ掛けた美桜は、ポリキャップの向きを確認してから、腿の部分を完成させた。


「やっぱ、バーチャルオンは緑の四角だよねー」


 黒く縁取ったクリアーパーツを挟み込んでやると、それだけでバーチャルオンらしくなってきた。

 パッケージに描かれた彩色なし見本と比べると、その差は歴然だ。美桜の口元は自然と緩くなっていった。

 その調子で左腿も組み上げた美桜は、嫌なものを見てしまった。


「ちゃんとはまらない……」


 挟み込んだ腿パーツの間に大きな隙間ができている。

 ポリキャップを組み違えたかと確認してみたが、その様子もない。

 キットそもそもの精度が大雑把なのだ。


「むむむ……300円、か。やるな」


 かと言って、中まで見えそうな隙間は、見なかったことにはできない。

 気になりだすと、はまった方の腿パーツの間も目立って見える。Jカーンの腿には縦線はない。


「ロボットだし、線ぐらいある……ってコトにできるけど」


 美桜の目標とする人体には線はない。この分割線一つ消せないようでは、先の見通しは暗い。

 解決方法として美桜が思いついたのは、接着剤でくっつけてしまうというシンプルなものだった。

 しかし、プラモデルを簡単な練習程度にしか考えてなかった彼女は、プラスチック用接着剤を買っていなかった。


「次に会ったら、消えてもらうしかないぞ」


 立ち上がった美桜は、机に背を向けた。

 そろそろお風呂に行かないと、親に怒られそうな時間になっていた。



                 ※    ※     ※



 今後の問題は山積だったが、美桜の不安はお風呂に入ればキレイサッパリだった。

 単純な性格である。


「とりあえず、完成……っぽい」


 リセットされた美桜は、形になったJカーンを見てみる。

 磨き上げた表面からは、プラスチックっぽいテカリが消えていた。

 ゲートあとを消そうとムキになっているうちに、全面磨きになっていたのだ。


「ワリと渋い感じ?」


 プラモデルに対し、オモチャっぽいイメージを持っていた美桜は、意外そうに目を大きく開いた。

 個々のパーツを磨いている時と、組み上った全体を見てみるでは、また見え方も変わってくる。

 色合いに関しては、まだ未塗装なこともあって、美桜に不満はない。

 ただ、全体から感じとれるイメージはそうでもなかった。


「本物そっくりなのに、なんか変?」


 美桜にはその違和感を説明できない。

 CGモデルと比べてプロポーションが崩れているわけではない。むしろ忠実と言える。

 それでも美桜の満足度は低かった。


「もうちょっと、胸がおっきくてもいいのに」


 この事実はゲーマーである美桜に衝撃を与えた。

 美桜にはモニターの中が世界の全てだった。

 モニターに映るものと戦い、モニターに映るものを愛してきた。

 しかし、美桜の机の上にあるプラモデルからは、効果音も鳴らなければ、エフェクトが光ることもない。

 ゲームのキャラクターは、そういった助けがあること前提のバランスでデザインされている。

 それがない模型には、エフェクト抜きでの格好良さでデザインする必要がある。

 模型は本物であるが、本物を作ってはいけないのだ。


「どうしようかな、コレ?」


 困惑した顔のまま、美桜はJカーンをつまみ上げた。 

 腕を曲げてみたり、腰を捻ってみたりしているうちに、色がついていない場所が気になってくる。

 つまらなさそうにプラモデルをいじっていた美桜の手が、不意に止まった。


「あー、ゲームだと見えないとこだ……」 



 Jカーンが背負ったコンバーターの裏側。 

 美桜が見つけたそこには、四角いモールドが刻まれていた。


「え、なんで? 普通に飾ってれば見えないじゃないの?」


 美桜は自分の言葉で気づいた。

 ここはモニターの中ではない。

 視点変更は完全自由で、解像度に至っては無限である。

 初めにフィギュアに欲したものが、手の中にあることを見つけたのだ。

 あとは自分の技量次第。


「もう幻想はいらない。私は私の現実を生きる……ってコトで!」


 ゲーマー美桜の攻略魂に火が付いた瞬間であった。 



工具と組み立てに関してはこんなところです。

失敗続きの美桜ですが、プラモデル経験者ならザマァと笑い、未経験者なら自分で同じ失敗して笑ってください。

失敗はそれだけでは悲しいものですが、リカバリーするのは楽しいのです。


次回は接着と塗装をしてみるお話になる予定です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ