樹海騒乱
ダンジョンにゴブリンの群れを、招き入れてから30日。
予想を超える爆発的な増加をした。
何と十倍の40,000を超え、今日中に50,000を超える勢いだ。
豊富な餌しかも、豊富な魔力量が原因だと思われる。
数日で、飢餓で栄養失調の様な120~140cm位の体格が、140~160cmで人間に劣らない身体に成っていた。
食糧事情に因る体格は、ゴブリンだけで無く人間世界でも同じだった。
200年前の江戸時代ですら、成人男性の平均身長は150cm程度。
飽食の時代には、170cmを超える事からも、栄養が発育に影響を与える事が伺える。
ゴブリンは十分な栄養か魔力を摂取出来れば、成長する可能性を示唆していた。
但し、ダンジョンマスター程の筋骨隆々で180cmを超す巨漢は居無かった。
体格の影響か栄養かは不明だが、出産期間が早まり、一度に産まれる数迄も増えたのも爆発的な増加の一因だろう。
勿論、成長速度も早まり直ぐに成体に成る。
更には、野生では数千に1体産まれるかどうかと謂われる雌が、1割近い出生率で誕生していた。
食を満たすと、性欲の捌け口として交配可能な獣を多数捕らえ、多様なビーストゴブリンを多数産み出していた。
「ねずみ算どころか、ゴキブリ並みの繁殖と成長じゃね?」
称賛に値する繁殖力と成長力だが、マスターからは呆れた呟きしか出無かった。
「この数が飢えて、暴走したら・・・
正に阿鼻叫喚の地獄絵図だろうなぁ。」
「コア、今在る魔力Ptを全て使い、樹海から出さず池を中心にダンジョン拡張をしろ!」
さてお次は、っと
「コア、スライムの総数が5万を超えた分は、魔力Ptに変換しろ!
それからスライムのリポップ場所を、全て入口部屋に変更!」
「コア、入口部屋からの移動禁止をスライムに設定。」
これで飢餓状態に陥る。直ぐに周辺の餌も喰い尽くすだろ?
飽食状態から一変して飢餓ってのは狂うに十分だろう?狂って暴走かぁ・・・
凍り付く様な怖い笑みを浮かべ、直ぐに起こる樹海の騒乱と、人の領域での惨劇を想像するマスターだった。
マスターの想像を遥かに上回る早さで、群れに混乱が始まった。
常に見える範囲や手の届く位置に居たスライムが、居ない。
気が付くと辺りに、スライムが居ない。
水滴が水面に波紋を拡げる様に、群れに動揺が拡がる。
群れの主が立ち上がり、大きな声で叫ぶ。
「ギャッ、グギャッ、ギャッ」
(大人の雄は、餌を捕って来い!)
巨大な群れを率いた手腕を、遺憾無く発揮する主。
拡がり始めた動揺は、主の叫びで鎮まった。
「へぇーっ、腐ってもボスってとこか?
この数の腹を満たすだけの獲物は、居らんぞ。
どんだけ持つやら?」
マスターの言葉通り足り無い餌。
獣や小動物、昆虫に爬虫類、木の実に草木の根に至る迄も喰い尽くし、生態系そのものを破壊する。
飽食に慣れたゴブリン達に、我慢は無理だった。
口に入る物が無くなると、主の制止など無意味に成った。
日が傾き始めた頃には、西に移動を始めた。
「粗食が当たり前なゴブリンが、飽食に慣れちゃったんだ。
我慢なんか無理だわ。
食欲に性欲、本能に忠実なゴブリンだから暴走も早かったなぁ。
僅か1日も持たないとは、驚きだけど。」
飢える恐怖、飢えは死と同義だ。
死からの逃避が、ゴブリン達を狂わせた。
一度狂えば、幾ら喰らおうと満ちる事は無い。
正気に戻るには、飢えからの死を超える根本的な恐怖に晒される必要が在る。
絶対強者の存在。
蛇に睨まれた蛙と同じ状態。
人間が絶対強者として見られる事は無い。
脅威で警戒すべき存在だが、餌で有り性の捌け口がゴブリンから見た人間だ。
獲物を求めゴブリン達は、人の領域に向かって行った。
ゴブリンの過ぎ去ったダンジョンを含む樹海は、樹木以外の命が皆無だった。
まるで、蝗の大発生を見る様だった。
「コア、妖禽梟と妖禽鷹を、元の場所に巣ごと転移させろ。」
「スライム達よ、移動制限を解除する。地上エリアに行け!」
「コア、スライムのリポップ場所を全てランダムで地上エリアに変更。」
随分と生き物が、減ったなぁ。
虫やら小動物は、植物が再生すりゃ元に戻るだろ?
スライムさえ放っときゃ、肉食獣とかは直ぐに集まるだろ。
マスターの考えは甘かった。植物は、簡単には生い茂る事は無かったし、大型の獣は草食、肉食のどちらもゴブリンの匂いや痕跡が消え去る迄戻らなかった。
食物連鎖の最下層に位置する植物が、壊滅的な事に気が付き、骸骨傀儡に周辺の多種多彩な植物の植え替え指示を出したのは3日後だった。
眷族への被害は逃れたが、樹海の生態系への被害が大きく、暫くは一部の眷族が目立つダンジョンだった。
次回投稿土曜日予定です




