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小さな運び屋

作者: 高城飛雄

 俺はアレックス。しがない運び屋だ。


 今日も今日とて、荷物をあっちからこっちへ運ぶ毎日。仲間と協力し、時に食料を、時に建材を、現場から現場へ運んで回っている。

 体力のもつ限り歩き続け、ぶっ倒れるまで荷を運ぶ。それが俺たち、運び屋の日常だ。なかなかハードな毎日だが、愛しのマザーの為ならこの程度、屁でもないね。


「ハーイ、アレックス。調子はどう?」

「セシリア。いや上々だ。お気遣いありがとう」


 彼女はセシリア。俺と同じ運び屋で、同期の仲間だ。

 俺たちは同期ということもあってか同じ現場に居合わせることも少なくない。ま、お互い気が合うってことなんだろう。


「ねえアレックス。私、さっきそこで良いもの見つけたんだけど、一緒に来ない?」

「ほう、そいつはいいな。俺も丁度、マノートスの肉を運び終えたとこだったんだ」

「マノートス!? いいわね! 今夜はご馳走になりそう!」

「期待しててくれ。っと、じゃあセシリア、案内をよろしくな」

「任せて」


 笑顔で応えたセシリアの後ろに付いて、俺は歩き出した。




 しばらくの間、俺は先導するセシリアに付いて進んでいく。

 足元にはゴツゴツとした岩場が広がり、視界左側には岩場の切れ目が見える。あの先には断崖絶壁があるんだが、ま、今の俺たちには全く以て関係ない。


 視線を上げれば、頭上には奇妙な形の黒光りする大地が見える。表面は不思議なほど滑らかに磨かれ、陽の光を反射して鈍く輝く大地だ。未だにアレがなんなのかはわからないが、少なくとも「登ることが出来る」ということは知っている。この岩場にだけ生えている同じように黒い塔を登れば、あの空に浮く大地に立つことができるんだ。一度登ってみたことがあるんだが、上からの眺めはそれはもう最高だった。


「さあアレックス、着いたわよ!」


 おっと、いつの間にか目的地に到着したようだな。

 どれどれ、セシリアの見つけた「良いモノ」ってのは一体何かなっと――。


「おお! 『鬼の甘露』じゃねえか! こいつはすげえや!」


 妙な山に載っちゃいたが、それは俺たちの大好物、『鬼の甘露』だった。


 そもそも『鬼の甘露』ってのは、俺たちの天敵である『鬼』の城でしか作られていないもので、こいつを口にするためには殺されるのを覚悟で奴らの城に侵入するか、若しくは今回のように運よく落ちているのを見つけるかしか方法がない。


 前者なら死に目に美味い思いを出来る場合もあるが、後者だと見つけても精々一舐め出来るか程度の少量だ。

 だが今目の前にある『鬼の甘露』の量はといえば、下手したら俺たち自身溺れちまうんじゃねえかってくらいの量がある。これだけ大量の『鬼の甘露』は、今まで見たことも聞いたこともない。


「ふふーん。どう? すごいでしょ?」


 セシリアはさも得意げな表情を浮かべている。実際大手柄なのだから、その誇らしげな態度にも頷けるってもんだ。


「いや、ほんとにすげえなこりゃあ。これだけあれば、しばらく甘露だけで暮らせるんじゃねえか?」

「でしょ? 私もそう思ったのよね。だから一度、応援を呼びに戻ったのよ」

「なるほどな。それで丁度通りかかった俺にも声をかけたってわけか」

「そゆこと。そのうち他の仲間も来ると思うから、私たちだけでも先に始めてましょ?」

「だな。この分なら、少しくらい味見しても文句は言われねえだろうし」

「そうね。今回だけは私も見逃してあげるわ」


 セシリアと顔を見合わせ、俺たちは同時に走り出した。目指すは目の前の山。そして、頂上にかけられた大量の『鬼の甘露』だ。至福の時は、もう目の前だ。


 そう。そのはずだった。

 しかし――。


「きゃあああ!」

「うおっ!」


 突然、大地が激しく揺れた。大気が物凄い勢いで降ってきて、俺たちは堪らず地面に押し付けられる。何が起きたのかすぐには把握できず、必死で山肌にしがみ付くばかり。


「セシリア! 大丈夫か!」


 声の限りに呼びかけて、彼女の無事を確かめた。


「な、なんとか……。アレックスは?」

「俺は平気だ。それより、ここはヤバい気がする。一旦降りよう!」

「わかったわ」

「よし、じゃあすぐに――」


 押し寄せる空気が弱くなったところで、俺はすかさず振り向いた。それから来た道を戻ろうとして、俺は思わず息を呑んだ。


「おいおい、どういうことだこりゃあ……」


 さっきまでそこにあったはずの麓が、なくなっていた。

 いつの間にか、俺たちが立っている山は宙に浮いていたらしい。


「どうしよう、これじゃあ戻れない」


 セシリアの不安げな声が聞こえる。俺はどうにか脱出方法を探そうと辺りを見回し、そして気が付いた。




 あの『バケモノ』が、そこにいたのだ。




 奴は俺たちの身体の何倍もデカい眼で見下ろしてきて、忌々しげに巨大な鼻を鳴らしていた。山ごと呑みこめそうな口にはこれまた巨大な白岩じみた歯が並び、薄赤色の口内には正体不明の水が光っている。実に醜悪極まりない顔をしているのだ。


 このバケモノ、実はそこら中に生息しているんだが、奴らはその巨体の所為か、俺たちに注目することは滅多にない。だが一度目を付けられると厄介この上ない存在だ。バカデカい脚で潰そうとしてきたり、木の指で潰そうとして来たりと、きまぐれに俺たちを殺そうとしてくるんだ。

 そのくせ奴らは俺たちを喰うわけでもなく、ただ面白半分に虐殺をくり返すだけ。恐らく獣だと思うんだが、これだけ大きな獣はこいつら以外に知らないし、道楽で他の生き物を殺す存在も他に知らない。




 バケモノは俺とセシリアの立っている山肌をまた呆れるほどデカい前脚で摘まむと、地表ごとごっそり削って持ち上げた。再び襲いくる揺れに必死で耐え、俺は途方もなく大きなバケモノを睨む。


 奴は五つに分かれた脚先を動かすと、ひどくゆったりとした動作で俺たちを放り投げた。山肌の欠片ごと、しがみついたままの俺たちは宙を舞い、先程とは逆方向から押し寄せる風を懸命に堪える。


 やがて長い空中浮遊を経た俺たちは、取りついたままの山肌ごと地面に叩きつけられた。二度、三度と跳ね、激しく転がった山肌が漸く止まったときには、俺は身体の数カ所を強く打ち据えていた。


「あっ、痛つつ……。セシリア、大丈夫か?」


 痛む箇所を堪えつつ、俺は同じく痛みに喘ぐ彼女に呼びかけた。


「う、ん……なんとか……」


 どうやら彼女の方も命に別状はないらしい。震えながらも起き上がり、お腹を軽く振ってみている。

 一先ず、彼女が無事でよかったと安心感が浮かぶ。が――。


「っ!?」


 安心したのも束の間、俺はこの時初めて左脚の感覚がないことに気が付いた。なんとも言えない喪失感と虚脱感が、それを教えてくれていたんだ。辺りを見回してみれば、少し遠くに根元からもがれた脚が小刻みに震えているのが見えた。


「アレックス!? あなた脚が……!」


 どうやらセシリアも気が付いてしまったようだ。彼女の触覚が、心配そうにユラユラと揺れている。俺は努めて何でもない風を装って応えた。


「なあに、問題ないさ。幸い、失ったのは中脚だけだからな。歩くのに支障はねえよ」


 強がりとも言えるが、まあ、あながち嘘でもない。確かに左中脚を失ったのは痛いが、後足を失くすよりかは遥かにマシだからな。運び屋の中にも、脚の一つや二つ失っている奴は少なくない。

 なんてったって、もげやすいからな、俺たちの脚は。


「さてセシリア、俺の心配はそのぐらいにして、見ろよ、アレ」


 俺は彼女の気分を晴れさせるためにも、セシリアの向こう側に見えていたモンを示した。振り向き、それを目にしたセシリアは息を呑む。


「痛い目には遭ったが、そいつは手に入ったじゃないか。二人で持ち帰ろうぜ?」

「……うん!」


 それは、先程まで俺たちが掴まっていた大地だ。


 焦げ茶色と黄金色の物体に、『鬼の甘露』が少しだけ載っている。離れていても香ってくる甘い匂いはどうやら、『甘露』だけでなくその美しい大地からも放たれているようだ。つまり、こいつはただの山じゃなかったってわけだな。




 こうして、俺とセシリアは見事極上の食料を手にすることが出来たわけだ。味見と称して一口ずつ頂いてみたんだが、それはほんのり甘く、『甘露』は噂通り蕩けるほど美味だった。幸せそうに大顎を噛みしめるセシリアの姿が、全てを物語っていただろう。


 さて、こいつを持ち帰ったらあいつら、どんな顔するかな。今年の妹たちは特に飯にうるさい分、こんだけ美味いモンなら泣いて喜ぶかもしれねえな。


 マザーは喜んでくれっかな。俺たち姉妹のお袋のくせに、誰より甘いモン好きなんだから、一体どっちが子供なんだか。




 俺は胸に大きな期待を抱きながら、セシリアと共に一族のコロニーへ向けて歩き始めた。


 運び屋の生命線たる脚を一つ失っちまったが、なに、やることは今までと同じ。

 死ぬまで歩き続けるだけさ。



構想から三時間半。勢いだけで書いてしまった。細かい部分は気にしない。

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