4月4週目 祝勝会①
「では、天空回廊競技場30位を祝して! 乾杯!!」
「「「「乾杯!!」」」」
グラスの重なり合う音が響く。
他に聞こえるのは肉と野菜の焼ける音。そして、それらを前に騒ぐ声。
今回は前回と違いギリギリとなってしまったが、なんとか30位――イベント報酬上位のボーダー――に滑り込めた。
蒼さんの危惧は正しく、まさにギリギリの勝負となった。
31位との差は、1900万円。オープンクラス2勝で稼げる金額である。
だがしかし、僅差であろうと勝利は勝利。俺達は報酬を手にし、今もその権利を行使している。具体的には焼き肉だ。BBQだ。アルコール(偽)だ。
他にも個別報酬として「スキルコスト半減チケット」や「卵性別産み分けチケット」などを貰っているが、今のところ使う予定はない。そのうち必要と思った時に使えばいいだろう。
今回の打ち上げ、祝賀会は浜辺が選ばれた。
理由は簡単だ。BBQという事もあるが、全員水着着用だからだ。
俺もケモ度5の猫アバのままだが、ちゃんとトランクスタイプの水着を穿いている。キティ(ケモ度5)もビキニタイプの水着にパレオ装備でこの場に挑んでいる。メニー・メリー嬢、宙鳥やアバドンも以下同文。
そして。
蒼さんも。
「なんで……なんでこんなことに……」
「運命だ」
「自業自得です」
「その……力になれず、すみません」
蒼さんのボヤキに、俺、宙鳥、アバドンが返す。
俺と宙鳥の視線は冷たく射貫き、アバドンは蒼さんから顔を逸らし、見ないようにしている。
俺たちの視線はどちらかと言えば例外的なもので、アバドンのように顔を背けるか、逆にガン見する――蒼さんにそれと分かるように――者の方が多い。
蒼さんが身に着けているのはごく普通のビキニの水着。特に露出度が高いものに関しては規制が入っているので、18禁ゾーンでもないと着用不可となっている。まあ、そんな規制があろうとなかろうと露出は抑える方に動いただろうけど。
肌の露出は副次的なものだし。
蒼さんは今、甲冑を脱ぎ捨て水着姿を披露している。彼女のアバターの顔を見た人はクラブの中でもごく少数で、今日初めて見た人も結構いる。
そんな蒼さんのレアな素顔を見たくて非協力的だった人も今日に限って、ラストスパート限定ではあるが手を貸してくれた。祝勝会への参加率で言えば、過去最高だろう。宙鳥の手腕がこの状況を作り上げた。
宙鳥が送った文章はこうだ。
『レベリオン・クラブのメンバー各位へ
現在、イベントは厳しい状況下にあると言えます。このままでは30位外に追いやられると思われます。
よって、30位以内に入った場合は代表がご褒美として水着姿を披露してくれるかもしれません。現在未承諾ですが、それはこちらで交渉します。
イベント参加率増加のため、イベント終了後の打ち上げの参加資格の制限を緩め、このメッセージが届いてから5レース以上勝利した人を加えます。
なお、打ち上げは夏という事で、全員水着着用でお願いします。
残り時間はあと僅かですが、皆、一丸となって事に当たりましょう。
追伸:
打ち上げに参加希望の方は、参加資格の有無にかかわらず私に返信してください。
宙鳥』
まあ、独りで水着姿を披露するのは罰ゲームだろう。
しかし全員水着であれば、蒼さんが水着になるのは“場の空気を読んだ行動”となる。逆らうことは出来なかった。
その場のノリで全員を使い、逆らえない空気で蒼さんを追い込んだ宙鳥は中々の策士と言えるだろう。即興でなければ俺も思いつくが、俺の場合は他の連中への説得力の無さもあるからあの場ですぐに行動に移せるわけでもない。根回しその他に時間を取られ、タイムアップで終わるだろう。同志宙鳥が優秀なのはいいことである。
そんなわけで、蒼さんは甲冑を纏う事を許されず、真っ赤な顔でチマチマと焼けた肉を食べていた。
「ちょっといいかな?」
「ん? アンタか。何の用?」
俺が焼けた肉と格闘していると、アバドンがやってきた。
ちなみに本当にこの場で肉を焼いているわけではなく、金網の上に乗せておくとだんだん肉が焼けていくのだが、焦げたりはしない。また、焼きすぎたと思ったら専用のプレートに置くとまた生に戻る。好きな焼き具合で肉などを食べる事が出来るのだ。あと、何気に一番助かるのは玉ねぎがバラバラにならないこと。リアルだと、皿に取るときに崩れるんだよ。
「君が、今回の――って言うと分かりにくいか。宙鳥君と勝負した時の報酬の件で、等価の代償を求めた事でね。聞いておきたいことがあって」
「?」
「猫村君は、あれを公平な代償だと思ったかな?」
「ん? ああ。同じものを賭けた。それだけだろ?」
俺はアバドンの言葉の意味が分からず、首を傾げた。
アバドンは苦笑し、俺の目を見る。
「公平に、等価の代償を賭けたよね。でも、平等じゃないのは分かってもらえるかな?」
「……ああ、そういう事ね」
俺と宙鳥は、同じものを賭けていた。来月のドラゴンの交配に関する権利だ。
単純に考えれば、賭けたものが同じなら対等かつ公平な話と取られるだろう。
しかし駆け出しの俺とそれなりにやりこんだ宙鳥は、対等ではない。
零細牧場のオーナーである俺はドラゴンの交配を一つ二つするので精いっぱい。
対して宙鳥はと言うと、1頭のドラゴンを俺の我儘に振り回されたところで大した問題は無かったりする。なにせ、奴が保有する親ドラゴンは10を超えるのだから。数で勝負の宙鳥にしてみれば、誤差のレベルと言うことだ。
例えるなら、貧乏人の1万円は大金だが、金持ちの一万円がはした金となるようなものか。
ではなぜそんなものを賭けさせたのか。駆けの代償とすることを認めたのか。
それは俺への問題提起だったからに他ならない。
俺がその前に言われたことは「負けたら出ていけ」で、言い返すように相手にもそれを求めた。
まあ、何も考えなければ公平な話だ。
しかし、在籍期間やクラブ内で積み重ねてきた縁、それらまで考慮すると、平等な話ではなくなってくる。
俺は、腰かけ程度の気持ちで入り、メンバーとさほど仲がいいとも言い難い。だから抜ける事自体にデメリットはさほど大きく無い。
宙鳥は、仲の良い友人もいるし、クラブへの貢献もしてきた積み重ねがある。出ていくというのは、それらの何割かを捨てることで、大きな損失だ。
これを公平だからと強要するのは、本当に正しい事かとアバドンたちは考えたのだろう。
これが「これからレベリオン・クラブで頑張ろう」と思っている新人であれば話は違うが、俺はいずれ出ていく人間だ。それを知っている側にしてみれば、大した掛け金も払わずに大金をせしめようという行為にも見えかねない。ましてや、相手が事情を知らないことも俺を悪辣に見せてしまう。
あまりマナーの良い行為とは、言えなかった。
「すまんね。売り言葉に買い言葉で、思慮が足りなかった」
「うん。分かってくれるならいいよ」
俺は気まずさからポリポリと前足で後頭部を掻く。
アバドンはそんな俺に軽め目の笑いを見せ、なんてことないように言う。
少し居心地が悪くなり、逃避程度に皿の上の肉に意識を集中する。
「それにしても。猫が肉を食べるのは違和感があるね。魚のイメージが強いから」
「猫が魚好きは迷信だからな? 猫は豊漁の守り神として漁船に乗せられていただけで、魚が好きってわけじゃないぞ」
「え?」
「そもそも、猫は魚を獲れん」
「うそ!?」
場の空気を換えるため、アバドンのちょっとした呟きにトリビアで返す。
こいつは空気の読めない男とばかり思っていたが、空気を読まない男だったのかもね。
俺たちはふたり、笑いあいながら食事を楽しんだ。