1月1週目 パヴァ③
今日は、パヴァとの特訓だ。俺の特訓であり、パヴァの特訓でもある。
内容は主に、連携確認である。
前回、俺はスタートからラストスパートをかけるといった無様を晒した。
言い訳などは全て横に置き、理由は「俺の考えをパヴァが十全に理解できない」からである。言い方を変えると、「俺はパヴァに考えを正しく伝える術を持たない」とも言える。
であれば何をするのか。
一緒に飛んで、意思の疎通を図るのだ。
「スキルは合図があるまで使わない。分かるな?」
「クゥゥ!」
まずは口頭で、簡単に確認を行う。
言葉が通じないと言ってはいけない。きっと通じていると信じよう。それに、何もしないでいれば通じないままだ。こういう事は回数をこなし、言語の壁を越えまで頑張った方がいい。
スキル発動に関してはタイミングをこちらが完全にコントロールするつもりで言い含めておく。
俺自身、まだ駆け引きに疎い。だが、強制的に慣れるためにもここは強気でいくのだ。
言いたいことを一通り終えたら、次は実践訓練だ。
言葉で理解してもらったところで実際にできなければ意味がない。
そういう訳で、訓練用のコースを一巡りすることにした。
「よーし、いいぞ! いい感じだ!」
「クルゥゥゥゥ!」
まずは肩慣らし。準備運動程度の気持ちで、5割の力で軽く飛ぶ。
前回のように全速で飛行しているわけではないし、障害物も無しにしてある。恐怖など一切感じず、ただ「飛ぶ」事の爽快感だけがある。
ぐるっとコースを一周し、褒めることをメインとする。
信頼関係というのは、互いを認め合うところから始めるというのが俺の持論だ。
ぶつかり合う間柄でもいい。
それこそ敵対していてもいい。
ただ、互いの能力や人格を正しく理解し、それを認め合えれば。敵対関係ってのはある意味、肩を並べることと同じぐらい「理解し合う」ことになるからな。相当な実力差でもない限り、相手の能力を正しく評価しない奴が勝ち残れるわけもないし。
だから最初は軽く流して、それを実行させるだけでいい。
そうして、それが出来たことを誉めればいい。
ある程度テンションが上がれば、力のセーブなどしていられなくなるだろう。そこで全力を出させて、またそれを褒めるという作戦だ。
小さい子供やゲーム初心者には有効な育成手段である。
5割の力で飛ぶといっても、速度を5割にするわけではない。実際には時速800~900㎞程度でコースを一周した。前回のレースでは最高時速が1400㎞に届きそうだったから、6割か7割程度だろう。
練習中という事で速度計を見ながら飛ぶことが出来たが、たまにスピードを抑えるように言ってはその範囲に収めつつ、最後まで飛ぶことが出来た。
そうやって上手くいったことでパヴァを褒める。上手くできたことでパヴァは上機嫌になりつつ、肩慣らしを終えた。
ここまでは上手くいっている。
「よーし、今度は8割でいこう。今度もスキルは無しで飛ぼうな!」
「クルゥゥゥゥ!!」
俺が声を掛ければテンションが上がりすぎた感じのパヴァが応える。
「まずいかな?」という考えが頭をよぎるが、何もせずに予定変更をするのは下策の一つだ。コロコロ予定を変えるのは部下に不信感を与える上司なのだ。今は俺が指示を出す側、上司なのだから状況をちゃんとコントロールしないといけない。
軽く休憩を入れてからコースをもう一周。
飛び始めてすぐ、パヴァの意識が「早く飛ぶ」ことに向かいつつあるのを感じた。今度は抑えるように言って少しペースを落としても、すぐにまた加速する。言って抑えようとするうちはいいのだが、あまりそれが続くと押さえつけられる不満からこちらに対する不信感につながる。状況はあまりよくない。
「パヴァ、ラスト3㎞でラストスパート。そこで全力を出せる程度に体力を温存してくれ」
「クゥ?」
「さっきみたいにいったん抑え目にして、後で思いっきりだ!」
「クルゥゥゥゥ!!」
こんな時の対処方法はいくつかあるが、今回は「我慢する目標の明確化」と「ご褒美の約束」を選択してみた。
「どこまで我慢すればいいか」をはっきりさせるのは、パヴァに「これぐらいなら我慢できる」と思わせるためのもの。
最初は一周全部我慢するはずだったのだから、多少我慢する時間が短くなったのも駆け引きの一つだ。こちらが妥協することで相手の感情を宥めたというのもある。あまり譲歩しすぎると今度は増長する可能性もあるので、あまり使ってはいけない手でもあるが。
また、「全力を出す許可」を与えることがご褒美として機能するのも重要だ。我慢する理由を与えることで自制心を養うのが目的の一つ。
さらに「全力を出すこと」が「ご褒美である」という事は、「全力を出すのは楽しいこと」という認識につながるのもポイントだ。レースにおいて一着を目指すためには、どこかで全力を出す必要がある。で、その全力を出すことが「楽しいこと」であれば全力を出すときの効率の上昇が見込める。やっぱり苦しいことをするより楽しいことをする方が色々と有利なのだ。
俺の思惑はさておき、パヴァは指示に従い、慣性飛行へ移行することで一気に減速しだした。
そのままコース終盤のカーブに差し掛かり、ラスト3㎞のマーカーが目に入る。
少しフライング気味だが、パヴァは旋回しながら徐々にペースを上げ始めた。
そしてラストの直線に入ると、俺の方からスキル≪限界飛翔≫の使用許可も出す。全力でいいといった以上、言わなくても使うかもしれない。だが、俺からちゃんと許可を出してそれから使う癖を付けさせたいので、この場ははっきりとスキル使用の指示を出す。
「≪限界飛翔≫!!」
「クルゥゥゥゥ!!!!」
今まで以上に大きい声でパヴァが鳴き、≪限界飛翔≫が発動する。
あの時と同じ超加速を、パヴァは始めた。
世界が一気に置き去りにされる。
次々に色を変える視界に圧倒される。
だが、最初の演習飛行のような恐怖も無ければ、新竜戦の時のような緊張感も無い。
コース外の浮遊岩や雲を引き延ばすように視界の外へ追いやり、一気にゴールへと迫る。
時間にして、約8秒。
たったそれだけで3㎞を飛翔した。
時速の方は、最高1400㎞を上回る数字をたたき出しており、20㎞飛んだ、最後のラストスパートだというのに、レースの時の最高速度をわずかであるが上回った。
ハハハ、と乾いた笑いと。
相棒の見せた潜在能力の高さへの驚愕が湧き上がる。
ゴールを過ぎて少しオーバーフライトしたが、発着場へ降り立つ。
そのころにはパヴァも全力で飛びすっきりしたことで落ち着いたのか、俺の言うことをちゃんと聞かなかった、我儘を言ったことを思い出すように理解したのだろう。少し大人しく、イタズラをして叱られるのを待つ子供のように身を小さくしている。
そんなパヴァに、俺は近づくと――
「最っ高だな! オマエは!!」
ケット・シーにアバターを変え、パヴァの頭を抱きしめた。
「クゥゥ!?」
何が起きているのか分からずに、驚くパヴァ。
それを無視して頭を力いっぱいグリグリ撫でる。
「スゲェ! どんだけだよ!? オマエ、どんだけだよ!? メチャクチャ凄いじゃないか!!」
「クルゥゥゥゥ!?」
少々壊れ気味のテンションで、叫び続ける。
パヴァは褒められているところまでは理解しているが、何をどう褒められているかもわからずに目を白黒させている。
「アハハ! 楽しくなってきたな、オイ!!」
俺の狂乱ともいえるテンションは、その後通りすがりのリザが一撃入れて地面にめり込むまで続いた。
思っていたより遙かに高かったパヴァの真価を知り、これから先の展望がはるか彼方まで広がった気分になった俺は、いくつかの見落としをしていたが――この時は洋々たる未来に思いをはせていられた。
いや本当に、あとで思わぬ方向に進化するほどパヴァは凄かったわけだが。