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4月3週目 クラブイベント③

 結局のところ、蒼さんも何かアイディアがあって動いているわけではなかった。行き当たりばったりの他人任せではあるが、とにかく動かないと間に合わないという思いで訪ねて来たらしい。

 どちらから訪問するかという判断で俺を選んだ理由が、先に譲歩を引き出せそうな「話の分かる」人間だと言われれば悪い気もしない。


 我ながら単純だと思うが、ここは代表の顔を立てるため、俺は恭順の意を示した。





 こうやって話をする機会を得たことで、レベリオン・クラブについて話を聞くことになった。


 もともと、レベリオン・クラブは他のクラブでもめ事を起こし、追放された人間が集まってできたクラブだという。

 蒼さんを筆頭に初期メンバー15人はトラブルを抱えながらも、このゲームが好きで残ろうとしている酔狂な連中だ。なお、この15人にキティは含まれない。

 蒼さんの場合は気合の入ったアバターが原因か、オフ会の誘いが殺到したのが揉め事の原因だ。俺にしてみればその程度の事でと言いたくなるのだが、誘った連中は周囲を上手く扇動し、参加を強要してきたのだ。それが嫌でクラブを抜け、どうせなら、と自分たちでクラブを立ち上げたわけだ。普段のフルプレート姿はその反動らしい。

 ぐしおんさんやアバドンらも何かしらの事情があってここにいるようだが、その細かい内容については個人の事情が絡むため、教えてはもらえなかった。


 そして(くだん)の騒いでいる奴らも、そんな初期メンバーの集団だ。

 奴らがクラブを抜けた細かい理由は教えてもらっていないが、なんか奴らの場合は自業自得ではと思ってしまった。

 初期メンバー(ゆえ)に縁が深く、簡単に切れない。多少理不尽な要求であっても、完全に無視するには個人的な付き合いが深すぎる。

 蒼さん側の事情は分かったし、こちらが妥協するのもやぶさかではない。

 が、今回限りにしないと、相手の増長を招く点だけは見逃せない。優遇に人は慣れるのだ。そこを曖昧・有耶無耶にしてしまえば、今後、他の誰かと揉める可能性が高い。ちゃんと釘を刺し、自制を促さないといけないとだけ言っておく。

 蒼さんも心当たりと言うか、予想しやすい未来だけに思い当たる節があるのか。神妙な顔で頷いた。


「分かっているわ。でも、今回の猫村君みたいに“スキ”がある相手だと私も言いにくいのよ」

「まあ、ね。だけど、それを言うなら……やめとくか。水掛け論になるし」


 分かってはいても、100%そいつらが悪いわけではなく、こちらにも何割か非はある。たとえば、声をかけられて無視したこととか。面倒がって無視せず、あの場で叩きのめすのが正道であり、自身の理を掲げて強弁するのは上手い手ではない。

 こちらとしてもそこを突かれると弱いのだが、非の割合で言えば、相手7のこちら3がせいぜいだろう。あまり譲りたくないという思いはあるけど。ここでゴネるのも格好悪いし、次からは手抜きせず正論で叩き伏せようと心に決める。


 そのことを宣言もしてみたが、蒼さんはなぜか思いっきり顔をひきつらせていた。

 ……なんでだろうね?



 とりあえず、後で話し合う場だけ用意してもらうとして、この場はお開きとなった。

 蒼さんには悪いけど、上手くいかない方に100万ジンバブエドル。


 さて、そうと分かって、どう切り抜けますかね?





 イベントを絡ませるのは卑怯だろうと、話し合いの場はイベント最終日の合間に時間を取ることとなった。

 こうやって話し合いの場を設ける直前にようやく相手の名前を聞いたが、あの五月蠅(うるさ)そうな人は宙鳥(そらとり)というらしい。アバターは女性タイプで、ツリ目のきつそうな印象を受ける奴だった。珍しく顔は十人並み(ごくふつう)でそこまで目を惹くものではない。

 普通顔アバターの使用者って自己顕示欲は少ないはずなんだけど、たまにはこういう例外もいるのか。


 クラブハウスの応接室の一角に向かえば、宙鳥はすでに来ていた。ソファに座り、後から来た俺に冷笑を見せる。


「ようやく来たの」

「こんにちは。初めまして。猫村です」


 宙鳥は敵対状態なのか挑発的な物言いであったが、こちらはそれを笑顔で受け流す。

 ムカつかないわけではないが、殴り合い以外の戦いでは普通の笑顔こそ最強なのだ。下手な表情を見せるつもりは無い。


 案の定、俺の態度が気に食わなかったのか、宙鳥の額に血管が浮き上がった。

 まず一本。心の中でガッツポーズをする。


「まあまあ。今日は話し合いだから、ね?」

「そうですね。話し合いですよね」


 雰囲気が悪くなったのを察した蒼さんがフォローを入れる。宙鳥はここで騒ぐのはマイナスと判断できる程度に冷静さを残しており、蒼さんの言葉に素直に従った。

 一応、客観的な立場で抑えの出来る人間として、蒼さんとアバドンがこの場にいる。仲介役も無ければこんなことはするだけ無駄だからね。俺よりとして蒼さんを確保し、宙鳥よりとしてアバドンが臨席しているのだ。


「話し合いと言っても、実際どうするんだ? こちらとしては相互不干渉、足を引っ張ることなどせずにイベントでは上の出した方針通りに協力するとしか言えないが」

「ああ、それでもいいんだ――」

「その物言いが問題なのよ!!」


 まずは牽制として、俺の現状をアバドンに確認してもらう。

 少なくともクラブに不利益を出す立場でないことを第三者に認めてもらおうとすれば、宙鳥はそれを許さないとばかりにアバドンの返事を遮った。

 俺は鬱陶しそうな顔で宙鳥を見て、ため息をついた。


「話し合いって言うのはな。人が喋ってるのを遮ったりするもんじゃない。まず、場の空気と流れを読め」

「アンタに言われたくないわよ!」

「じゃあ、少し黙れ。で、アバドン。さっきの俺からの提案、クラブの方針に協力するし意向に従うって言うのは分かってもらえるか?」

「そこは分かっている。猫村君は結果も出しているからね」

「それは重畳」


 二本目。事実確認による“クラブの人間として自覚を持っていて”“実際に利益をだしている”ことは認めさせた。

 この前提がないと、ただの問題児として切り捨てられるからね。相手も今までクラブに貢献してきたのだし、立場が並ぶまではいかない。が、少なくとも問答無用で切り捨てていい相手ではないと、この場にいる全員の共通認識を持たせた。



「でも、他の仲間と仲良くするのもクラブの人間として当然でしょ。連れてきたキティとかは別にして、他の誰とも付き合いを持たないじゃない。初心者にドラゴンの交配や売買で貢献しろとは言わないわよ。けど、他の誰もを拒絶するような奴、クラブの空気を悪くするだけだわ。あの時だって、祝賀会の時だってそうだったじゃない」


 うーん。ここは一つ、一本取られてでもこちらの立場を明確にしておくか。


「基本、人としての礼儀をわきまえてない奴は相手にせんのよ。時間の無駄だし」

「なっ!!」

「アバドンの時と同じだよ。“相手が名乗ったら自分も名乗れ。”少なくとも、初対面の相手に名乗るのは常識だろうが。他から聞いているだろうとか、関係ない。名乗りも挙げん有象無象の事なんて知るか」

「……っ!」


 おーおー、顔を真っ赤にして。

 アバドンは宙鳥に何か言おうとするが、オロオロするだけで何も言えない。自分も同じことをやった身として、それを恥じ入り反省しただけに、宙鳥がちゃんと応対できなければフォローもしにくい。

 蒼さんは甲冑装備なので顔は見えず、オーバーアクションで感情を表現している。今は顔に手を当てて天を仰ぎ、「もうやだこの人」って言っているように見える。

 すまないね。ここでぶれると逆に突っ込まれるし。一本筋を通さないといけないのだよ。



 論破と言うか常識・正論による圧殺(傲慢)をしてみたのだが。いくらでも反論可能な俺の言葉に全員押し黙る。

 空気を悪くしたという意味では俺にとって大きくマイナス。

 周囲の心証を悪くしたのだから、俺へのフォローを望みにくい状況になった。


 宙鳥さんよ。

 反撃するなら今がチャンスだぞ?

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