4月2週目 オルファン④
「あー。そうなっちゃったんだ」
「猫目氏といたときには、ああじゃなかった訳ですか」
「そうだね。一回目の出産直後から猫村さんに渡すまでの間、ごく普通にしていたからね。久しぶりだったから、油断したなぁ」
「俺の方も、意識から外れていましたよ」
俺はオルファンの事で相談が、と、猫目氏に連絡を取った。
現在は別ゲーの海中都市で落ち合い、海鮮料理を食べながら話をしている。
新しく生まれた幼竜、名を朔としたあの子については、先輩諸氏にお任せしてある。幼い子供を構うのが好きな連中だ。寂しいといった感情を抱く暇もないぐらいに構い倒すだろう。
猫目氏に聞いたところ、オルファンの情緒不安定については、俺のところに来てからとなる。
そうなると、ああなった理由は一つだ。
生まれたばかりの子供から、無理矢理引き離したこと。
俺と猫目氏はゲームをゲームとして捉えすぎたがために、ごく一般的な考え方を見逃したようだ。
すなわち、生まれたばかりの娘から、母親を引き離したという事に。
ゲーム的な思考をせずに一般的に考えれば、俺たちのやったことは外道の一言。
その後、外出許可を与える事も無かったわけで、心象は最悪でしかない。
オルファンの側から申し出てくれればよかったのだが、プレイヤー側に気を使わせないためか、そういった申請をされたことは一度もない。一応他のドラゴンたちにも話を聞いてみたが、そちらに前の牧場への未練を漏らすといった事も無かったようだ。
事情と経過を顧みるに、前の牧場での出来事をいったん記憶から封印していたと推測できる。
そして子供が生まれたことで記憶が戻り、その精神的な負荷によりフリーズした、と推測できる。
ふー、と大きく息を吐く。
重いよ!? アリかこれ!?
少なくとも『ドラゴンソウル・リンケージ』は普通にレースゲームを楽しみたい、ブラッドスポーツを楽しみたいというプレイヤーがターゲットのはずだ。AIたちのドロドロとした日常を楽しむものではないはずだ。
少なくとも俺は牧場の連中とは仲良くやっていきたいし、「ちょっとしたトラブルがあっても楽しい毎日」っていうレベルの生活を維持したかった。ゲームにここまでのリアルを持ち込んでほしいとは、一切考えていない。
普段はAIを半ば人間扱いしているが、ゲーム的なやり取りに対してここまでの問題を含ませる必要はないはずだ。小さいお子さんが入れなくなるだろ? ゲームのプレイアビリティ考えろよと声を大にして言いたい!!
男二人、現状への認識の甘さを苦情に代えて吐き出し、愚痴る。
ちなみに猫目氏は同じことを1年ぐらい前にもやったのだが、その時の事はあまり記憶に残っておらず、やらかしたらしい。もともと厩舎の許容量の関係で、引き渡しは月が変わってからの方が多かったのだが、今回はまだ知り合って間もない俺への実績を早急に作る為、慌ててしまったというのがミスをした理由だ。
こういった取引は数をこなし、信頼関係を作るところから始まる。新しく有用かもしれない伝手を作るのは大事だから、まあ、しかたがなかったと言えるだろう。
しかしだ。
やってしまった過去は理由を付けようが美化されるわけでもないし、無かったことにもできない。
男二人、額を突き合わせて相談する。
「やっぱり、正攻法しかないよな」
「ええ、下手な言い訳など、何の役にも立ちませんよ」
「じゃあやっぱり」
「謝って、頭を下げて。誠意を示すだけですね」
「ですよね」
小細工を弄するというのは、分かってしまえば心証を悪くするものだ。なので、そういった策を弄することは一切できない。
頭を下げて、許しを請う。侘びの品などとは考えず、行動制限を緩くする。
失った時間を取り戻すことは出来ないが、残った時間の分だけでも積み重ねることが出来れば、多少はマシになるだろう。
俺と猫目氏の話し合いは、意外とあっさり終わった。
こんな考え方をAI相手にしないといけないVRが面倒で、ディスプレイの前でマウスやコントローラーをカチカチやるゲームが未だに人気なのも頷ける話だ。
しかし、こういった「人とほとんど変わらないAI」とのお付き合いは、それはそれで貴重なのだ。やって損はないと思っている。人間同士の付き合いよりは、まだマシだからな。
後は個人の判断というか、趣味嗜好の問題だ。人間相手にゲームをする方が楽しいかどうか、だな。
「というわけで。すまなかった」
「ごめんね」
後日、俺と猫目氏はオルファンに土下座を披露した。
場所はオルファンの部屋。他の連中はいない。というか、他の連中は部屋に入れない。
猫の姿なので分かりにくいかもしれないが、頭を下げていることぐらいは分かってもらえるだろう。
アバターを変更しても良かったが、素の姿で謝った方がいいんじゃないかという結論に達したからだ。小細工は、禁止である。
俺たちの土下座にどうこたえていいか分からなかったオルファンは、周囲を見渡し、そもそも他の奴等部屋に入れていないことで味方というかフォロー要員が期待できない事を悟ると、ほぅ、とため息をついた。
「今更ですね。私にどうしろと?」
「幸せに、なってほしい」
「は?」
「細かい話は横において。不幸な奴が身近にいるのは嫌なんだよ。だから、幸せになってほしい」
頭を上げ、オルファンの目を見る。相手の目を見て喋る方が礼に適っているからだ。
俺の発言が意外だったのか、オルファンは呆気にとられ、気の抜けた顔をした。
が、その顔がだんだん怒りに染まる。
「本当に、今更です。時間は巻き戻らないんですよ? それを分かって言っていますか?」
「分かってる。だから、今からでもできることを、全部やるだけだ」
「……っ!」
「どこぞの国みたいに「未来志向でいこう」なんて無能な発言はしない。
でも。やれることをやらないで、幸せになれなんて言う事もできない。だからやれることをする」
「なんですか……何ですかそれは…………」
オルファンの怒りは収まったが、今度は苦悩が表に出ている。
今更であることは百も承知。しかし、時間が経てば経った分だけ、負債が溜まるようなものだ。今やっているのは「負債が溜まらないようにする」事であって、「溜まった負債を処理している」訳ではない。そこをはき違えたつもりはない。
溜まった負債を処理するというのは、俺たちにとっては謝ること。それだけだ。
オルファンもそれを承知しているから、苦悩している。
感情が許したくないと叫んでいる。でも、理性はこれから幸せになるために許せと言っているような状態。怒りや憎しみを抱えるというのは「幸せではない」からな。
……本当に、ゲームの本分あら外れた話だなと思ってしまう。
言うべきことは行ったと思うし、オルファンからの返答はない。
俺は再び頭を下げ、許しを請う。
そして、オルファンからの返答は――




