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3月4週目 GⅠ

 クラブの連中と仲違いというか、微妙な関係になって数日。久しぶりに、GⅠに出走登録をした。

 出るのはパヴァで、GⅠへの挑戦は実に6回目である。

 これを多いと取るか少ないと取るかは知らないが、1月目に1回、2月目に3回、そして今月は2回目である。


 出ているレースは全て年齢制限付きで、同年代との対戦のみと限っている。少なくとも年上のベテランが混じるレースで勝ち目がないのは、しょうがないと諦めがつく。しかし、同年代であればスペック差はほぼ存在せず互角の勝負ができるはずだ。だというのに勝てないのは――勝負は水物、時の運という奴だろう。運悪く俺より巧いプレイヤーとかち合った。そういう事だ。

 負けたレースのうち、半数はローマン牧場を含む最上位のプレイヤーが生産したドラゴンと対戦した時だ。もっとも、負けた理由はやはりドラゴンの性能差ではなくプレイヤーの経験差でしかない。レース運びというか、スタミナ配分、位置取り、スキルの使用タイミングなどで経験の違いを見せ付けられた。わざと囲まれることでスタミナ消費を抑えたりコーナーを回るときに周辺を飛ぶドラゴンを利用したりする、スキルの効果的な使用タイミングやスタミナを効率よく奪う方法の実演。前を飛ぶにしても、後ろを飛ぶ相手に上手くプレッシャーをかけるなどの考えぬかれたプレイングは、俺にはまだ真似しきれない。


 負けたなりに得た物を考えれば損失のみではない。

 このゲームにおいて敗北はよくあることの一つでしかないのだ。あとは負けた事を糧にできるかどうか。負けた理由を考え、自分より優れた物をどれだけ取り入れるか。対戦格闘などのように使うキャラ、この場合はドラゴンの性能差が無いわけではないが、パヴァというハイスペックなドラゴンを要する以上、負けた理由の大半は俺の至らなさ。それを知り、認めるだけだ。

 今はただ、自分の伸びしろを信じる。





『さて、天空回廊レース場、本日11R(レース)目、ハイランド記念でございます。天候はあいにくの荒れ模様。強い風で空が荒れ狂っております。ですが集ったドラゴン達にそんなことは関係ありません。いずれも激戦を勝ち抜けた猛者ばかり。此度(こたび)も素晴らしいレースを魅せてくれるでしょう』



 ハイランド記念は距離18㎞で、雲の真下を飛ぶ一風変わったレースだ。

 雲の上を飛ぶ場合は雨や雪の影響を受けないが、このレースではその恩恵を受けることが出来ない。

 一部のドラゴンには逆にありがたいのだろうが、パヴァ(ウィンド・ドラゴン)にとってはメリットなど無い。特に今日のような天気では、デメリットが際立つと言える。



『全てのドラゴンが配置に付きました。それではレース開始です』


 いつものように、全力で前に出る。

 先行争いに参戦したのは18頭中8頭。約半数が前に出たことになる。


『全ドラゴン、一斉に前に出ます。出遅れたドラゴンはいません』


 おそらく≪急発進(カタパルト)≫を使ったドラゴンが3頭。そいつらが前を抑え、俺たちは5番手に落ち着く。

 ここで無理をして前に出るメリットは薄い。他のドラゴンが前に出た分、こちらはその恩恵(・・)を上手く使わせてもらう。


『先頭に躍り出たのは3番アールウィナー。続きまして2番ストームプリンセス、18番カーディナルがそれを追います。すぐ後ろに7番クロクヒカルアイツ、11番パヴァと並びまして――』


 前を行く7番の真後ろに付け、プレッシャーを与えつつスリップストリームでスタミナを温存。パヴァもこの流れに慣れてきたので、他のドラゴンが前にいてもストレスがかかることはない。慣れていないころと比べれば、ストレスが減った分だけスタミナ消費をより抑制できる。


 激しい風にさらされる中を飛ぶことは、パヴァに無視できない疲労を強いる。スタミナの消費は通常より早い。ここは慎重に飛ぶべきだろう。

 ニャンタ師匠との特訓では火属性のドラゴンでこんな状況を飛んだからいろいろを試す必要があったが、風属性(パヴァ)ならそこまでしない方がより堅実に立ち回れるだろう。ここは賭けに出るより安定した「訓練通り」を続けるべきだ。



『先頭が第1コーナーを回ります。おおっと、ここで先頭は18番カーディナルに変わりました。ドラゴンはコースに長く並び、かなり早めの展開となっています。先頭は18番カーディナル。その内にいます3番アールウィナー』


 前に出たドラゴンは、自分のペースで飛ぶよりも前に出ることを優先している。結果、無駄にスタミナを消費しながら無理にペースを上げている。先頭に躍り出たアールウィナーは水属性のドラゴンで、この降りしきる雨は彼にとって味方するモノであろうが、無理が出来るほど大きな効果はない。

 おそらく、いま先頭争いをしている3頭は遠からず自滅するだろう。警戒すべきは前にいる7番と、後ろで虎視眈々と牙を研ぐ連中だ。



『先頭が第2コーナーを抜けました。先頭集団の3頭、後続を大きく引き離しております。横一直線に並び、いずれも先頭を譲ろうとしません。リードは1㎞程度、7番クロクヒカルアイツが続きます。内から11番パヴァ、17番ギンシャリボーイ、それから4番エクセルサンガ――』


 コーナーをカーブするときは真後ろでなく、やや内側に。そこの空気抵抗が一番薄くなっている。これが最終コーナーであれば上手く勢いに乗せて急加速も可能。それを防ぐには抜かれないほど内側を飛ばねばならないのだが、クロクヒカルアイツの飛び方を見る限り、そこに考えが至っていないようだ。



 俺達もカーブを抜け、自分たちのペースで先頭集団を追う。

 先頭の3頭はここに来てペースを落とし始め、ゆっくりと分かりにくい程度だが差は縮まっていく。さすがにGⅠに出るほどのドラゴンだ。最後まで無理をして自爆するほど愚かではなかったようだ。スタミナ配分は常識の範囲内に収めてくる。



『中盤を見てみましょう。内にはクロクヒカルアイツ、ここにいます。その後ろ、パヴァが後を追い、外からギンシャリボーイが続きます』


 第3コーナーに入ったところ、俺たちの並びは変わらない。

 ここで先頭集団との差は800m程度で、射程圏内ではあるが、そろそろ仕掛けないと拙い位置関係だ。

 このままスタミナ温存を考えるより、俺は前に出ることを選択。クロクヒカルアイツを使い、大きく加速して内から一気に抜き去る。惑星の重力を使い加速する宇宙探査艇のごとく、綺麗なカーブを描き、先頭の3頭に勝負を仕掛けた。


『ここで11番パヴァが仕掛けます。逃げるカーディナル、逃げるカーディナル! アールウィナー、ストームプリンセス、懸命に追います!』


 俺が仕掛けたのとほぼ同時。先頭集団からカーディナルが飛びだした。それを追うアールウィナーとストームプリンセスの後ろまでは一気に()け付けたが、まだ足りていない。


 第4コーナーを抜けたところで残りは4㎞。

 先頭との差は約200m。

 しかし、その200mの壁が厚く、距離はそこから縮まない。俺と、その前を飛ぶ2頭もまた抜きされずに行く。


 そして残り2㎞まで飛んだところ。ここでアールウィナーが動いた。

 ≪限界飛翔≫ではない。≪氷結領域≫という手段で。


 その効果は絶大だった。

 雨という環境を氷の世界に書き替え、アイス・ドラゴンの為のフィールドを生み出したのだ。

 その結果、水属性のドラゴン(カーディナル)にとって有利な天気が一転して牙をむく。加速は一気に弱まり、翼を止めたのだ。≪限界飛翔≫中であろうカーディナルはひとたまりも無く沈んだ。


 ストームプリンセスやパヴァも巻き込まれ、スタミナを大きく目減りさせている。

 このまま、アールウィナーが独走するかと思われた瞬間、風属性の中でも正統たる2頭が牙をむく。


「パヴァ、≪風の加護≫の直後、≪限界飛翔≫を!」

「分かった!」


 俺とパヴァは≪風の加護≫で周囲の氷を吹き飛ばし、相殺。

 ストームプリンセスもまた≪嵐の加護≫の上位版≪嵐の結界≫で氷から身を守った。


 アールウィナーにしてみれば、これで先頭のカーディナルを仕留め、俺たちを抑えきる心算だったのだろう。追加のスキル使用は無く、俺たちを見送った。


 これでレースはストームプリンセスとパヴァの一騎打ちの様相を呈した。



『ここに来て戦闘がめぐるましく変わる! カーディナルがアールウィナーに止められ、抜いたと思えばストームプリンセス! 先頭はストームプリンセスに変わった! それをパヴァが追う!!』


 ≪氷結領域≫を≪風の加護≫で相殺している間に、勝負を決めに行く。

 だが同じようにスキルを使い、俺より前に出ていたストームプリンセスもまた手強い。差を詰め切ることもできず、決め手に欠ける。スピードが互角で相手に先行分のリードがある今、何もしなければ負けは確実だ。運よく相手が先にスタミナ切れを起こし、逆転する未来も可能性としてはあるのだが、そんな運任せの飛び方を、俺たちは許容しない。



「――スリップストリームを使って、追加で加速する!」

「ん!!」


 残りは1㎞。

 最後の手段。

 抜き去るためにストームプリンセスと軸をずらしていたが、ここでその後ろにスライドする。真後ろに付ければスリップストリームが発生しているので、僅かだが加速できた。

 そんな小さな加速では足りるはずも無く、本当に直近、くっつく寸前で体を捻り、相手の尻尾の下に翼を持っていくような、限界ギリギリの曲芸飛行。前に引っ張られるような急加速を追加で得る。

 もちろんそのままでは俺たちが前に出た時点で相手に恩恵を与えてしまう。それを回避するためにストームプリンセスと距離を取ることも忘れない。

 一連の流れを上から見れば、まっすぐ飛び続けるストームプリンセスの内側後方より、パヴァが外側に体を流しながら急加速したように見えるだろう。もちろん、上から見ているので2頭の影が重なって見えたはずだ。


 内から外へのスライド分だけ無駄な距離が発生したが、なんとかストームプリンセスよりも速くなることに成功した。

 残り300m。2頭が並び。

 残り100m。パヴァが、僅かに前にいる。

 残り50m。互いのドラゴンが一瞬発光し、更なる加速を得る。両のドラゴンに同じ現象が起きたために差が開くことはなく、位置関係は変わらない。


 残り、0m。パヴァが、先頭で(・・・)ゴールする。





 この瞬間、パヴァはGⅠ級ドラゴンとなり、俺たちはGⅠ初制覇の偉業を成し遂げた。

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