3月3週目 駅伝イベント③
俺にとっては最終コースとなる10区間目。
距離で言うなら20㎞、一般的には中距離の、ごく普通のトラックコースだ。
しかしそれを無視して飛ぶ巨大な古竜達が、コースを尋常じゃないものに変えていた。
スタート位置から見て左から右に飛んでいく彼らを潜り抜けるため、上下左右、どちらにもコースは広くとってある。
しかしながらそれは気休めに過ぎず、油断すれば一瞬で終わるのが10区間目という悪夢であった。
一応、クラブの方で蒼さんから「10区間目は危険」という話を聞いていた。
ダンジョン物のゲームで言うなら10階層ごとに強力なボスが出るようなもので、難易度が桁違いだと言っていた。
まさかこんなことになるとは欠片ほども想像しなかったが。
目の前の非常識な光景に一瞬だが呆然とし、すぐさま現実に復帰する。時間は有限かつ制限付きで、呆けることに使う時間などない。
いつもと同じように、ただ他のドラゴンと一斉にではなく単騎のみでだが、スタートを切る。
基本的にコースを飛ぶのはドラゴンの側に任せ、俺は古竜たちを最大限に警戒する。
豆粒ほどのそれが見えると、その進路を即座に割り出し、必要に応じて回避運動を要求する。
運よく自身の進路と重ならないそれを見つけた場合は、気にせずにそのまま飛ぶ。
それだけだと自分に言い聞かせた。
俺だけではないが、スリップストリームを使うプレイヤーは多い。
誰かの後ろを飛ぶことで空気抵抗を減らし、体力を温存する飛び方だ。正確には、前を飛ぶドラゴンへと引き寄せるように気流が生まれるので、前に引っ張られるという部分もある。
それを、古竜たちが飛ぶことで発生するモノに当てはめるとどうなるか。
答えは、“飲み込まれ接触し墜落する”だ。
それに気が付いたのは、第一コーナーを飛んでいた時のことだ。
後方から来る古竜を警戒していた俺は、ついに自分たちの近くを飛ぶであろう古竜を見つけてしまった。
どのあたりを飛ぶか、正確なところは分からない。しかし、今の自分たちの下スレスレを飛ぶと判断した俺は、ドラゴンに上昇するように指示する。
「グルゥアァァ」
ドラゴンの側も古竜にぶつかるなど冗談でも嫌らしく、素直に体を傾け、上昇していく。
ある程度安全マージンを取ったと思ったところ。ついに古竜がやってきた。
豆粒ほどに見えた時からほんの数秒で数10㎞を飛んだのか、こちらを後ろから追い抜くような形であったのに、あっという間に追いつかれた形である。
そのことに戦慄しつつも、早めに距離を取れて俺は安心していた。
しかし、それが甘かったとすぐに知る。
彼我の差は100m以上。俺にしてみれば十分な距離はあっただろうか。だというのに、とんでもない暴風が俺たちを襲う。周囲の空間ごと圧倒的な力で引き込まれようとしていて、咄嗟に≪風の加護≫を使わせるが、それでも耐えきれない。自力飛行を維持できず、風呂の栓を抜いた水のように錐揉み状に吸い寄せられた。
だが距離を取るように飛んでいたことが功を奏し、それに耐えきることは出来なかったが、接触という最悪だけは回避できた。
相手が超高速で飛んでいたため、接触するまでに離れて行ってくれたようだ。もしかすると、≪風の加護≫がブレーキになったのかもしれない。
細かい考察をここで行うには不適当で、なんとか態勢を整え直した俺たちは再び10区間目のトラックコースへ挑んでいく。
第二コーナーを抜け、今度は右を警戒しながら飛んでいく。ほとんど運任せという恐ろしい状況で、平常心と心の中で呟きながら右を警戒する。というか、それしかできない。
直線を何とか無事に終え、挑むは第三、第四コーナー。
今度の警戒対象は正面である。
ふと、俺はクラブを見学した時のことを思い出した。
あの時、変則的なレースを試していた連中がいたが……もしかして、こういった事態を想定しての事だったのだろうか。
古竜は用意できないが、それに近い環境を作ることで対応能力を鍛えていたのか?
これについても、考えて答えの出る問題ではなかった。
俺は思考に蓋をして、目の前のイベントに集中する。
来る。
そう思ってからは一瞬だ。
第三から第四に切り替わるあたりで、正面から来る古竜を発見。
今度は下に、全力で向かうように指示する。
「間に合えーー!!」
「グルゥアァァ!!」
さっきはよっぽど怖かったのか。ドラゴンの側も必死に距離を取ろうとする。周辺にいた他の連中も同様だ。
轟、と暴君が通り過ぎる。強制的に引き上げられるのは先ほどとほぼ変わりないが、距離が先ほどよりも離れていたこと、全力で離れようとしていたおかげでほぼ真下に向かっていたのが、水平飛行になっただけで済んだ。
俺とドラゴンは一息つくと、すぐに気持ちを切り替えゴールを目指す。
変則的過ぎるコースのため、ヘロヘロになりながらであったがなんとか時間内にゴールにたどり着いた。
クリアタイムは98秒。9区間目の繰り越しで3秒ほど延長されていたので、残り5秒。ギリギリで間に合った。俺はラスト5秒の逆転ファイターではないので、時間ギリギリでもパワーアップは出来ないのだ。
ゴールを越え、ドラゴン乗り換え用の中継地点にたどり着く。
俺の出番はここまでで、あとは他の人に任せるしかない。
次の騎手、キティにバトンを渡すと、俺は精神的な疲労からその場に突っ伏した。