1月1週目 配合事情①
「さて諸君。ドラゴンソウル・リンケージにおける3つの要素は覚えているかニャ?」
「配合、調教、競争だろ? って言うか、諸君って、俺しかいねーよ、キティ」
「シャラップ!」
新竜戦から一夜明けて。
あのあと精神的疲労からさっさとログアウトして寝た俺を待っていたのは、友人たちから届いた嫌がらせのごとき量の、メールの嵐。
あのレースを見ていた奴は結構多くて、何人かは開始早々のラストスパートに爆笑していたようだ。……いい友達を持って、俺は幸せだよ!!
その中でも無視できなかったのがキティからの呼び出しで、件名は「親竜の譲渡について」。
俺は言われるまま、キティの牧場に向かうのだった。
キティの牧場は、現在できる改築をすべて終えた状態の、最終形態とでもいうべき大牧場である。
改築にはいくつかの方向性があり、全ての改築はできない仕様となっている。敷地面積に制限があり、全ての施設を揃えることが出来ないのだ。
そんな中で、キティが選んだ方向性は「少数精鋭」だ。数は少なくとも優秀なドラゴンを産み育てるための施設が重点的に配置されている。他の牧場では数を揃え、配合理論を自前のみでも駆使して優秀なドラゴンが出てくることを期待するなどの方向性もある。
幸いにもキティはいろいろと伝手があるらしく、友人を巻き込み自前のドラゴン以外を使って配合理論を詰め込むことに成功しているが。要するに、俺もその中に組み込まれているという訳だな。俺は配合理論をどう詰め込むかなど考えもつかないので、すべて任せるつもりだが。
少数精鋭とはいえ、ここには成竜・親竜・幼竜あわせて20頭近いドラゴンがいるようで、たぶんパヴァの親らしきドラゴンもいる。
牧草地に目を向ければ、日向ぼっこをしている光属性らしきドラゴンや、さらに山と盛られたステーキを食べている風属性のドラゴンがいた。……ステーキ、か。リアルな表現は発禁処分だろうし、たぶんそういうことなんだろうなぁ。見える範囲だけで、ずいぶんくつろいだ姿のドラゴンが5頭ほどいた。
他のドラゴンは厩舎の中や飛行中なんだろうね。見てみたい気もしたが、勝手に人の牧場を見て回るのはマナー違反だからそこは諦めた。他人のスキル構成を詮索するのはネトゲの中でも嫌われるしな。
ちょこちょこと歩き、キティに付いていくこと数分。俺は、事務棟最上階の展望室に通された。
展望室は牧草地側が一面ガラス張りで、飛行中のドラゴンの様子も見える。牧草地の方は変わらずなので特筆すべきことも無いが、飛行中のドラゴンをこうやってじっくり見るのは初めてだ。今まではネット上にアップされた動画がせいぜいだったからな。
速力重視のドラゴンは時速1000㎞と、無茶苦茶な速度で飛翔する。今、かなり離れた位置で飛んでいるドラゴンを見ているが――視界の左端から右端まで、目算2㎞をほんの数秒で移動する。えーと、秒速換算だと278mぐらいになるのか? 2㎞でも10秒かからない計算になる。これ、今は距離があるからいいけど、近くでは一瞬過ぎて何もわからないだろうなぁ。
って、あの速度のまま岩礁を抜けるか。無茶苦茶だな。
今回はそうやって飛び続けるドラゴンを眺めながらの会談だ。
空を飛び交うドラゴンが風を切る音など聞こえはしないが、なかなか素晴らしい環境である。
用意されたソファーは人間ようなので、アバターをケット・シーに切り替えて対面する。
挨拶としばしの雑談を交えてから、本題を切り出す。
「で、貰えるっていうドラゴンなんだけど」
「んー。引退させる子が1頭いるんだけどね? その子を引き取ってもらおうと思うのニャ」
「引退? この時期に?」
「そーニャ。そっちに譲るために、引退をちょーっと引き延ばしたニャ」
キティの説明では、レース用のドラゴンとして保有しているドラゴンだが、自前ではなく他牧場生産のドラゴンらしい。で、引退させると自牧場に引き取らなきゃいけないから放置しているらしい。なお、その牧場は他プレイヤーのところではなくNPC運営の牧場らしい。血統構成が気に入ったので購入したのだが、思ったより成績が伸びなかったのと代替ドラゴン入手のアテが出来たこと、牧場の枠を圧迫することを理由に俺への売却を決めたらしい。
「売るのは風属性、サンダー・ドラゴンの純血種ニャー。サファイア・ドラゴンの純血種と掛け合わせて半純血種にしたかったんニャけど、ルミナス・ドラゴンの純血種が交配できる予定ニャ! サンダー・ドラゴンの種族スキルも捨てがたいけど、ルミナスの種族スキルが入手できるチャンスの方がレアニャのニャ!」
キティは風属性がメインなのだが、補助的に光属性のドラゴンの交配もしている。扱う属性が増えると施設数を圧迫するのでその2属性のみを扱っているが、それでも枠の管理はなかなか厳しいようだ。
「繁殖の終わったドラゴンがいニャくなったりするし、枠は来年までに少しは増えるけど、雀の涙ニャ。でも、増えすぎると管理しきれないニャア」
俺が素直な感想を漏らすと、キティからは濁流のような愚痴とその制限の中で遊ぶ楽しさが溢れだしてくる。
まあ、このゲームは「俺TUEEE」みたいな無制限強化ができるタイプじゃないし、世代を重ねて奇跡を起こそうとする姿勢に好感を持てるタイプだからシステム的な縛りは楽しみ方の一つではあるが。もどかしさを感じなくなるわけじゃないんだよねぇ。
「このクラスで取れないあのスキルが欲しい」「今だけこの制限が無ければ」って、どのゲームでも面白くなってくるたびに感じることだし。
「まーいいけど。何なら、俺のところでもう1頭ぐらい引き取ろうか?」
「嫌ニャー。ちっこい牧場に長くつなぐと、パラに悪影響が出るニャ」
俺の牧場は貧弱だから、過剰な協力は害悪になってしまうのか。
「それに、ファーストボーニャスをそうやって無駄にするのは感心しないニャ」
「ファースト……ボーナス?」
「ニャんで知らないニャ!!」
ちょっとした注意のつもりだったのだろう。軽く言われた言葉に聞き覚えが無く、口の中で転がすように繰り返してしまったのだが……キティの何かに触れたらしい。いきなり怒られた。
「初めてのプレイヤーが少しでも楽しめるように、初めてのドラゴンから数えて3頭にはボーニャスが付くニャ。成竜と、今日渡す親竜に、まだ見ぬ幼竜。それぞれに割り当てるのがベストっていうのが基本ニャ。その3頭を軸に頑張って、牧場を大きくするのが最初の試練ニャのニャ」
初めて手にしたドラゴンが弱かった場合、ゲームを楽しむことなく辞めてしまう可能性が高い。勝てなければ収入が無いし、収入が無ければ強いドラゴンを手に入れるのも難しい。
それを回避するために、開始直後に入手するドラゴンにはちょっとボーナスが入るらしい。つまり、パヴァは相当能力値を底上げされているという事だ。
もちろんリミットが存在し、最強クラス手前のドラゴンを入手すればボーナスも微々たるものになり、もともと最強クラスのドラゴンならボーナスはカットされるようだ。インチキで最強ドラゴンを作ることはできない仕様だ。
キティによる、初心者救済システムの説明が終わったところで一息つく。
当初の予定である親竜の引き渡しについて簡単に用件を済ませ、今後の説明を受ける。
親竜を手に入れたんだ。次の話は予想が出来た。
そう。このゲームのキモとなる部分の一つ。
配合である。