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1月1週目 パヴァ②

『さて、天空回廊レース場、本日3R(レース)目でございます。風は前Rから変わらず穏やか。レースの結果はドラゴンと騎手の実力次第となっております。さて、次に出走しますのはこれより名を挙げる若きドラゴン。新竜戦でございます。未来の英雄はここから始まるのか、期待の一戦が始まります』





 レースまで残り10分の段階で出走するドラゴンの情報が開示される。タイトルレースならもう少し、いや1日ぐらい前から飛ぶドラゴンが分かるのだが……一般レースではこんなものである。


 レース前の八百長を防ぐため騎手には個室が与えられ、俺はそこで待機している。よって、今は独りで瞑想というか、イメージトレーニングをしていた。

 パヴァと一緒に、と思うのだが、そこは融通が利かない。残念。

 レース前という事で、心はずいぶん高揚している。だが、頭の中は冷たく澄んでいて、思考はクリア。非常にいい精神状態である。本番まで続くなら、初のレースとはいえいい結果を期待できるだろう。


 このドラゴンレース、競馬のように勝馬投票券ならぬ勝竜投票券――略して竜券とそのまんま――によるギャンブルが行われている。

 関係者も一応は購入できるのだが、自分のドラゴンにしか賭ける事は出来ないし、2頭以上が出走する場合は不可となる仕様だ。今回は自分に賭けることが出来るので、賭けれるだけ賭けておく。

 倍率は単勝で2.6倍と1番人気。どういった情報が出回り人気が集まったのかは知らないが、新人騎手に対しずいぶんな期待の仕方である。もちろん、勝つつもりで飛ぶのだが。



「猫村様、お時間です」


 集中していると、出番を告げる声が聞こえた。

 俺は意識を内から外に向け、立ち上がる。アバターは猫のままなのでこの言い方が正しいかどうかは分からないが。

 ほどよい緊張に包まれ、俺は外に向けて歩き出した。





『さて。各ドラゴン、ゲートに入りました』


 俺がゲート入りしてから1分。残るドラゴンもゲートに全て入った。

 新竜戦は上限8頭まで。距離は12~26㎞。ハンデの類は一切ない。あと、レース場に障害物も無い(・・・・・・)。そして、今回のコースは最短の12㎞なので、直線のみのシンプルなレースとなっている。

 天候を含む環境はランダムだが、あまり荒れることは無いと聞いている。今日も快晴のステージが選ばれたようだ。


 ゲートは材質不明の白い部屋。目の前のコースとの間には分かりやすく柵が降りていて、飛び出せないようになっている。

 正面に見えるコース場は天空回廊というだけあって、足場一つ見えない空だけだ。いや、コースアウト防止のため、赤いラインが視線の高さにある。あと、視線を上や下に向ければ同じように上限・下限の赤ラインも。まあ、まっすぐ飛ぶだけだから今回は何も気にしなくていいのだが。



『それでは、レースが始まります』


 目の前のシグナルが色を変える。

 赤、黄、青と色を変え、並んだドラゴンが一斉に空へと飛び立つ。無論、俺も遅れることなくスタートを決めた。


『各ドラゴン、一斉にスタートを切りました。出遅れたドラゴンはありません』


「全速、全開! いっけぇえぇぇ!!」

「クルゥゥゥゥ!!」


 ドラゴンレースにはいくつか種類があるが、今回のこれは短距離戦(スプリント)。しかも直線のみのため、コーナリング技術なども一切影響しないスピード勝負。人間で言えば100m走にあたるだろうか。

 他のドラゴン(たにん)のことなど一切考慮しないでもいい、自分との勝負。故に、俺はパヴァにただひたすら「速く、速く!」と願う。


『おおっと! 先頭に躍り出たのはゼッケン1番、パヴァ!! おいおい、いきなり全力で飛んでいるぞ!! 後続を大きく引き離して無人の空を往く!!』


 このゲーム、ドラゴンごとに「スキル」というものがある。

 ドラゴンは成長するにつれ、最大10個のスキルを覚える仕様になっている。属性や種族、能力値によって覚えられるスキルが決まり、任意で習得する。一回習得したらやり直しのきかない選択のため、これは誰もが慎重になる。

 スキルには常時発動(パッシヴ)任意発動(アクティブ)条件発動(クォリフ)などの種類があるが――まあ、いまはいいや。


 パヴァの保有するスキルは二つ。≪疾風の加護(シルフィード)≫と≪限界飛翔(ラストバード)≫。

 ≪疾風の加護≫は任意発動で強風の影響を無視したり障害物の回避に役立つスキルなんだけど、今回は出番なし。

 ≪限界飛翔≫はスタミナを限界まで消費し、一気に加速するスキル。スタミナを限界まで使う、つまり後が無くなるこのスキルは、通常残り2~3㎞で使用する「ラストスパート」用のスキルだ。


 ……今、このスキルについて説明している意味は分かるよな?

 残り12㎞。というかスタート直後ではあるが、俺はいきなりこのスキルを使わせてしまったようだ。

 演習の時など比較にならない加速をしている。


『これは最後まで持たせる気が無いのか! 5㎞を通過してなお速度を落とさない!』


 普通なら前から順にドラゴンの紹介をするはずの実況が、俺たちの事しか叫ばない。過去に同じことをやった奴がいないのか、誰もが予想外の展開に絶叫する。直接見えはしないが、観客席の叫び声がこちらに届いている。

 いやほんと、時速1000㎞オーバーの世界で周囲の声が届くなんて、リアルでは無い話なんだけどね?


『残り3㎞となりました。先頭は変わらずパヴァ。後続との距離はだんだん詰まっています。ゼッケン5番、2番手のアイゼンナハトも追い上げていきます。3番手――』


 パヴァの必死な思いが、咥える手綱を通して伝わってくる。

 負けたくない、勝ちたいという思いが溢れてくる。

 2番手との差は2㎞。6㎞の時点で3㎞あったはずだが、こちらが3㎞進む間に4㎞進まれたという事。残り3㎞なので、お互いこのままのペースなら勝てるが、相手は余力を残しているはず。ラストスパートが来るだろう。


『残り2㎞! パヴァ先頭、パヴァが逃げる! アイゼンナハト追い上げる! ものすごい追い上げだ!! 一気に追い上げる!! これは分からなくなってきた!! 他はもう駄目だ、先頭2頭を見送ってしまった!!』


 1頭、アイゼンナハトというドラゴンが追い上げてくる。

 実況の言葉が正しければ――実際正しいのだろうが――頑張ればなんとかなるという事か? 一縷(いちる)の望みに賭け、パヴァに祈る。ただ、勝たせてくれと。

 すでに新人騎手にできることなどない。この祈りだけが、自分にできる精一杯だ。


『残り1㎞を割った!! パヴァ、最後の力を振り絞って逃げる! アイゼンナハト、あと少し! これはいけるか!? このままいくのか!? パヴァが先頭、アイゼンナハトわずかに足りない!!』


 勝ちたい。

 勝ちたい。

 勝ちたい。


 他の感情を置き去りに、勝利への渇望が心を占める。


「頼む……っ!」

「クルゥゥゥゥ!!」


 一瞬、パヴァの体が淡い光に包まれる。

 そしてほんの少し、パヴァが加速したのが分かった。


『アイゼンナハト、首一つ分足りない! 一着はパヴァ、一着はパヴァ! 二着アイゼンナハト! 0分34秒5! 最後は接戦、どちらが勝ってもおかしくない戦いでした! ともに初レースとは思えない実力を見せ付けました! 一着はパヴァ、一着はパヴァです!』





 ゴールを越える。

 実況のアナウンスが俺の勝利を叫ぶが、それは俺の耳に入ってこない。

 全身から力が抜け、緊張が解ける。咥えていた手綱が口から外れ、足元に落ちる。終わった、という感覚に支配され、俺はたぶん、間抜け面を晒していたと思う。


 パヴァはゴールを越えてからも慣性飛行を続けているが、俺と同じく脱力したようだ。レース中と違い、全身の筋肉が弛緩しているように感じられる。

 ただ、俺と違い、騎手(おれ)に気を使う余裕があるようだ。前に向かって飛びながらも首を動かし、意識を俺に向けているのが分かる。


「はぁあぁ~~」


 止まっていた息を、大きく吐き出す。

 立っている気力もなくなり、そのままだらしなくパヴァの背中に横たわる。


『猫村選手、表彰台まで来てください』


 「おわったー」と、このまま寝てしまおうかと思った俺に呼び出しが入った。「まだ終わってなかったか」と思い直し、俺とパヴァは案内されるまま表彰台へと向かった。





「では、写真撮りまーす」


 カシャッという機械音と共に、騎手()騎竜(パヴァ)トレーナー兼生産者(キティ)の集合写真が撮られた。

 俺は初勝利の楯を咥えようとしたが無理だったので、立てた楯に前足を乗せ、顔だけ出しての記念撮影だ。

 写真はすぐにメールで俺に届く。さっそく確認してみるが、「祝 新竜戦 勝利 0:34:5」と書かれた下に、俺たちの姿がある。パヴァのサイズだけなぜか縮小されているのが不思議だが……たぶんバランスを取ったんだろう。それでも黒猫(ちみっこ)の俺だけは探さないとどこにいるか分からないんだけどね。3人仲良く映っている。



 賞金や賭けの配当金は自動で振り込まれるので、そっちの手続きはいらない。

 他にここですべきことはもう何もないので、ようやく帰れるようになった。

 ようやく終わったと気を抜き俺たちは牧場に戻ろうとするが、いきなり首根っこを掴まれ、持ち上げられた。


「ニャハハー。終わったと思ったよねー?」


 犯人はキティだった。


「レース。いきなりラストスパートとか、ニャにを考えているのかニャー?」


 満面の笑み。しかし目だけ笑っていない。


「人に! 心配かけて! ハラハラさせて! コニョ、コニョ!!」

「ギャー!!」



 牧場に戻る前、俺はキティに散々いじくられることになった。しかもそれが人前だったこともあり俺の評判を決定づけることになるのだが、その話を人伝(ひとづて)に聞くのは、もう少し先の事であった。

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