2月3週目 パヴァ⑥
目覚めると、そこには一匹の妖精がいた。
課金か他ゲーをプレイすることで連れ歩くことが出来るそれは、『パートナーフェアリー』と言われるF&D社の人気を支える重要ファクターの一つである。
身長30㎝程度の可憐な美少女。髪も、肌も真っ白な彼女はその背に蝶を思わせる翅を持ち、肌と同じく白いレオタードに身を包んでいる。ちなみにレオタードは背中が大きく開いているので、翅の邪魔になることは無い。
俺が見ず知らずのはずの妖精に驚いて思考停止していると、妖精さんは微笑みを浮かべ、聞いたばかりの声を出した。
「おはよう、猫村。もうすぐレース。行こう?」
「……お前……パヴァ、か?」
「うん。そうだよ?」
俺は慌ててステータスウィンドウを開く。
パヴァの項目を見ると、スキル欄に≪妖精化≫とあった。
≪妖精化≫は≪人語理解≫からの派生で、完全に趣味スキルと言われているものの一つだ。引退間際のドラゴンにスキル枠の空きがあった場合、ネタとして覚えさせる程度の代物だ。
効果については見ての通り。姿をドラゴンと妖精で使い分けることが可能になるというもの。
また、さらにそこから派生するスキルがあり、NPCトレーナーとして雇うことも可能にするという。育てたドラゴンとの別れが嫌で、だけど牧場の厩舎を占有させたくないという我儘プレイヤーへ運営が示した道の一つだ。完全に趣味の世界だが、少なくない数のプレイヤーがこれを覚えさせているという。
なお。≪妖精化≫の他に≪人化≫という人間になるためのスキルも存在する。≪人化≫の方がコスト的には重く、より趣味が強く反映される形になっているがそれは仕方が無いだろう。色々と遊ぶ自由度が高いのはそっちだし。
いや、妖精となったことのメリット、デメリットはどうでもいい。
大事なのは俺の計画に大きな支障がでたことだ。
貴重な10個しかないスキル枠を一つ潰し、残しておいた大事な経験値をほぼすべて失った。今月中には《急発進》を覚えたかったというのに。それも適わないだろう。
自分の判断ミスなら諦めも付くが、システムから攻撃されたかのようなこの仕打ちには怒りを覚える。
「猫村、怒って、る?」
「パヴァに怒ってるわけじゃないよ。大丈夫」
俺の内面にある怒りに反応し、竦んでいるパヴァの頭を撫でる。
ついでに深呼吸して可能な限り自分をなだめた。
悪いのはパヴァではない。運営だ。謎仕様でプレイヤーにストレスを与える運営が悪い。
次に、システム的にその可能性を知っていながら何もパヴァに言わなかった俺も悪い。頭の中で色々考え、それをパヴァに伝えなかったのも原因だ。パヴァに一個の人格を認めていれば、言葉が通じなくても話ぐらいはしていたはずだ。それを怠ったのだって無視していけない原因だ。
運営が何でこんなシステムを組み込んだのかは知らないし、考えて分かることでもない。
だから今はもうすぐ始まるレースに集中したい。
再び深呼吸して思考を切り替える。
完全に切り替える事はできないが、多少マシになった。
レースが終わったら、路地裏の喫茶店に顔を出そうと心に決める。
オープンだから、まだそんな酷い事にはならないだろうと自分に言い聞かせながらレース場の控え室に移動する。
そうだ。
待ち時間に、運営宛ての苦情を送り付けてやろう。それぐらいしてもいいよな?