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1月1週目 パヴァ①

「とりあえずー、猫村にはパヴァと騎乗飛行する感覚だけ覚えてもらうニャ」


 笑顔だが、額に浮き出た血管マークを貼り付けたキティが宣言する。


「一週目は私が手綱を取るニャ。二週目は実際に自分でやってみて、絶望すればいいニャ」

「サー、イエッサー、マム!」


 連れてこられたパヴァの前、発着場にて最敬礼。いや、適当だけど。


 あれから、パヴァの生産者として歴戦のプレイヤーとして、なんとか持ち直したキティは鬼軍曹と化した。

 怒鳴り、罵倒し、拳骨を振るう。罵倒はネットフィルターが「ピーー」と掻き消し、最後の拳骨についても痛覚設定オフ(デフォルト)なので痛くない。だが、彼女は迫力一つで言っていることを明確に伝え、ありもしない痛みを与える。

 ……キティの顔にはモザイクが必要だな。目隠しだけでもいいけど、とにかく怖いので逆らえない。「そこの「ピーー」! 真剣さが足りニャいぞ!!」「サー、イエッサー、マム!」いや、逆らうつもりなんて無いんだけどね?



 このゲームのレースは騎手に依存する部分が大きいが、最低限の保証もしっかりしている。

 騎手の腕次第でどこまでも早く飛べるようになるが、騎手がだらしないとドラゴンに判断された場合はドラゴンが勝手に飛ぶのだ。このことを知っていたので俺は気楽にレース出場を決めたのだが……。


「うおぉぉぉお!?」

「目を閉じるニャ「ピーー」!! 貴様の粗末ニャ「ピーー」は飾りニャのか!!」


 障害物――引力を無視し、空に浮かぶ浮遊岩の岩礁――の間にパヴァは飛び込む。

 目の前をすごい勢いで岩が横ぎり、何度も死を感じさせる一瞬が続く。加速によるGは相変わらず感じられないが、それでも左右に体を振るパヴァに合わせ体が傾く感覚は感じられる。

 小刻みに、だが止まることなくものすごい勢いで岩礁を飛び抜けたころには、俺の意識は白に染まる。


 正直、甘く見ていた。

 現在はキティが手綱を取って飛んでいるのだが、俺はその前に猫の姿で座らされている。

 ただ見ているだけ。それでも俺は圧倒される。


 単純に、ドラゴンの最高速を理解していなかったのだ。



 パヴァの最高速度は時速1000㎞。経験を積み、スキルなどを覚えて使えるようになればもっと早くなるし、これでもまだ甘い方だと言う。ただ掴まって目の前を見ているだけでも、かなりきつい。正面からくる風とか旋回時の慣性などはシステム的にほぼキャンセルされているが、目の前の景色が高速で移り変わるのを見ると、自分がやろうとしていることの無謀さが浮き出てしまう。


 ぶっちゃけ、かなり怖い。


 危険が無いとか安全だとか、そんなことは関係なく、怖い。

 障害物にぶつかっても大丈夫と知っている。痛みが無いと頭で分かっている。この世界がヴァーチャルだと、忘れていない。

 それでも、怖いのだ。


 急旋回で景色が一瞬で変わるのが怖い。

 障害物――空中戦では浮遊する岩の間をすり抜けるレースなどもある――の間をギリギリですり抜けるというのに速度を落とさない神経が理解できない。

 単純に、後ろに引き伸ばされる景色を正面から見るのが、怖い。


 なぜ自分はこれを楽しめると思ったのか理解できず、一周し終えた頃には自分の甘さを理解し、愕然としてしまった。



「ふふー。いいカンジに絶望してるニャー」

「……」

「おろー? 本気で凹んでるのかニャ?」

「ああ。自分の甘さが、ここまでとは思わなかった」

「……苛めすぎたかニャ?」


 時間はまだ40分ほどある。

 レース前の待機と言う事で、20分から15分前にはレース場に移動しないといけない。そう考えると、残り時間はわずかしかない。

 先ほどのフライトは練習用コース20㎞を軽く回る程度のものだ。所要時間は2分と短かったが、自分は肩慣らしと言う事で多めに見積もって4分飛ぶだけだが……すでに自信は打ち砕かれている。


「んー。あんまりビクついたまま乗ると、パヴァに変ニャ癖が付くニャ。もし駄目なら、騎手変更するニャ?」


 さすがに心配になったのか、キティが俺の顔を覗き込む。

 精神的に死んでいる俺はロクな反応ができず、生返事すら出てこない。俺、マジ愕然。


「コラ、猫村! 腑抜けちゃ駄目ニャー!! それでも男かニャ!! 腰に「ピーー」付いてるニャー!!」


 猫アバターゆえ体格差があり、頭をグリグリと押さえつけられるように撫でられるが、俺は反応できずにいる。

 そのことに苛立ったのか、キティは俺の首根っこを掴むと、ひょいと持ち上げた。体がぷらーんと揺れた。


「いい加減、シャキッとするニャ!! この肉球は飾りかニャー!!」


 されるがままの俺を見るキティの目が、妖しく光った。肉球をプニプニしていた手が、喉元に添えられた。


 ――我々猫アバターを使う者は、そのほとんどがモフラーである。

 リアルでもぬいぐるみやペットなどを相手にモフモフを行っている者が過半数だ。そして、目の前のキティもまた、重度のモフ中毒患者(モフラー)であり――


 背中に走った悪寒に従い、俺はアバターをケット・シーですらない獣人(ケモ度2)に切り替え、大きくバックステップ。身の安全を確保する。


「……そこで獣人にニャるとは!! 貴様には猫アバ使いの誇りはニャいのか!!」

「お前が言うなよ!?」


 今まさにモフろうとしていた魔手から逃れた俺に、叱咤の声が届くが……逃げるだろ、普通!!


「ふー。まー、ニャんとか再起動したかニャ」

「さっきの悪寒は本物だったが?」

「趣味と実益ニャ!!」


 ようやく動き出した俺を見て、キティは満足げにうなずく。

 どうにも納得できないものがあり、ジト目で見てやるが暖簾に腕押し。どこ吹く風といったところか。モフラーだけに、恥じ入ることではないようだ。

 助かったというのは本当だからこれ以上追及しないが、気持ちをアバターごと切り替えて、俺はパヴァのところに向かった。





 ドラゴン用の厩舎は、本当にホテルを模している。

 もっとも、サイズが大きいドラゴン相手だ。エントランスなどは巨人用とも言えるサイズで、高さにして8mぐらいあるだろう。体を持ち上げたドラゴンが頭をぶつけない程度の高さであるが、如何にドラゴンが大きいか分かるというものである。

 ちなみに、パヴァが後ろ足で立った場合、限界まで首を持ち上げたら7mに届くかどうかといったところである。体長12mの残り5mと少しは尻尾の長さだ。



 エントランスをくぐり、すぐ近くの受付に声をかける。受け付けは人間型NPCが常駐する場所なので人間サイズだ。

 すぐにパヴァの部屋の前に案内される。彼女は今、部屋で大人しくしているらしい。様子を聞くが、テンションは低めらしい。先ほどの演習飛行ではそんな様子はなかったように思うのだが。


 考えても分からない疑問は横に置き、ドアを開ける。ドラゴン用サイズのドアではあるが、「開け」と考えながら触ればあとは勝手に開く。

 部屋の中を堂々と(うかが)えば、パヴァは寝所――ドラゴン用の敷布団といえばいいのか、パなり大きなクッションの上で身を丸め、小さくなっていた。開いたドアに反応し首をもたげ俺を見つけると、そのまま動きを止めた。

 その様子を見て、おれは「ああ」と状況を理解した。


 ドラゴンにはA(アドヴァンスド)・AI、つまり人間にかなり近い思考を可能とする人工知能が割り振られている。よって、こちらの行動によって一喜一憂する、一個の生物と考えて間違いない。

 パヴァの態度をそこから考えると、答えは簡単だ。

 ――俺に、怯えている。


 最初に聞いたパヴァの性格は「甘えん坊」「わがまま」。つまりは子供っぽいという事。

 演習飛行は気合を入れて楽しんでもらおうとキティの言うとおりに頑張ったのに、結果は真逆。飛行が終わった後の俺を見て、失敗した、嫌われてしまったと考えたのだろう。考えが、経験が足りない彼女は何をしていいか分からず、ああやって小さくなっていたという訳だ。



 多少なりともパヴァの思考が読めた俺は、どうするか思案する。

 正直、俺もどうすればいいかはよく分からない。

 しかし、時間が無いという事情もある。俺は考えることなく行動することを選んだ。


「パヴァ、おいで」


 前足を出し呼んでみる。座ってないから四足だし、招き猫にはなれないが、来い来いと前足を振る。

 俺の様子にパヴァは少し反応して体をこちらに乗り出す。

 「もう少しかな?」と思い、さらに声をかける。


「さっきはカッコ悪いところを見せてごめんな。もう大丈夫だから。一緒に、飛ぼう」


 パヴァの体が小刻みに震える。

 と思うと、猛然とこちらに駆けだしてきた。


「クゥゥゥゥ!!!!」


 押さえつけられた反動というか、勢いよくパヴァは体をぶつけてきた。

 俺は咄嗟に自分の位置をシステム的に固定、吹き飛ばされないように設定する。


 体長12mのドラゴンが、体長50㎝の猫に甘える図が出来上がった。


 元は人間用のシステム。座標固定が後ろ足にしか働かないので、疑似的だが俺の体は2足歩行になる。その俺の腹のところにパヴァは鼻先をこすりつけ、全力で甘えようとする。最初の突貫も考えれば、リアルなら俺はぶっ飛ばされてトマトコースである。

 ……VRで良かった。



 俺はパヴァの頭を必死に撫で、落ち着かせようとするが時間が足りず。

 結局レースによる強制移動まで宥め続けることになった。


 同じくパヴァのトレーナーとして強制移動したキティのグーパンをもらったのは、仕方が無いで済ませたくない話であると、言っておこう。

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