1月1週目 キティ①
今回、俺が始めた『ドラゴンソウル・リンケージ』はドラゴンによるレースゲーム。
ドラゴンを生産する「ブリーダー」、育成担当の「トレーナー」、レースでドラゴンに乗る「ライダー」のどれか一つをメインに楽しむゲームだ。
最初の区分3つはRPGにおけるクラスのようなものだが、多少の補正が入るだけで、他の事が出来ないわけではない。NPCに任せることで放置することもできる。そのあたりはプレイヤーの判断に任される。
全プレイヤーは開始時に生産拠点『牧場』を得て、最初のドラゴンをプレゼントされる。そのドラゴンの育成し、レースに出て賞金を稼ぎ、牧場を運営する。ドラゴンの年齢が上がったらそのドラゴンは引退し、繁殖を行い、次のドラゴンを作る。それの繰り返しだ。
プレイヤーは最強のドラゴンを生産する、最強のドラゴンへ育成する、ドラゴンに最強――レースなので最強ではなく最速が正解かもしれないが、ネットでは「最強」という事が多い――の名誉を与えることが目的になる。
俺は「ライダー」でスタートし、配合や育成方面に関してはあんまり真面目にやる気が起きないので適当に初期入力を終え、自分の牧場に向かう事にした。
牧場へは転移コマンドを使う。視界右下のアイコンから「牧場へ転移」を選択し、一瞬で『ドラゴンズ・ヘヴン』から移動する。ちなみに転移だが、パーソナルスペースへの移動は常に自由だ。他、公共エリアに転移するときは現場に転移用スペースを確保してから飛ぶので、コマンド入力後にタイムラグがあり、確認画面での承認が必要になる。
初めて訪れた俺の牧場は山間の盆地で、小学校程度の広さと建物の配置をしてある。
校舎に相当するのが自分用の建物で、倉庫も兼用しているからそれなり以上の大きさ――つまりは校舎サイズの建物になっている。管理は特に自分が設定しなければNPC任せで、俺にはすることなどない。基本方針だけ伝えればそれで事足りる。ここには常に3人のNPC事務員が詰めていて、運営との情報連絡や各種施設にドラゴンの情報管理を行っている。
NPCの方には当面の運営方針――後先考えない先行投資を頼んでおいた。ドラゴンを増やすのは控えるとしても、最低でも2頭が必要とのこと。それに使う資金を残し、他は施設の強化に充てる。維持費については、最悪借金で頑張るしかないだろう。
体育館に相当するのが厩舎で、普段はここでドラゴンが寝泊まりする。体育館サイズだがこれでも最小サイズで、3頭までしかドラゴンを保有できない。資金が貯まれば拡張できるらしいが、まだまだ先の話だろう。厩舎というと、馬のそれを思い出すがここは違う。人間用としても使えそうなベッド、時間により自動的にオンオフする電灯、食事用のテーブルに水瓶が置いてある。ちょっとしたホテルのような外観だが、馬小屋のような――獣相手のそれ――とは一線を画すように、明るく清潔な印象を受けた。まあ、そんなところをリアルにされても困るのだが。
俺が保有するドラゴンはゲーム開始状態とあって1頭しかいない。現在、我が牧場が保有する唯一のドラゴンは遊泳飛行中らしいので、管理者NPCに一言方針を伝えておくに止める。ちなみに方針は「ストレスがないことを優先する」だ。
校庭が牧草地で、ドラゴンはこの草を――食べるわけではない。ただの遊び場であり、ドラゴンと戯れるために使う事になるだろう。あと、飛び立つドラゴンのための発着場としても使う事になる。牛や馬が放し飼いにされているのは、きっとオブジェのようなものに違いない。
現在は誰もいないしドラゴンも見えないから、ポツンと独り立つ俺涙目。
牧場の機能は以上だ。まだ初期設定なので、これから先、いろいろ増やしていくことになるだろう。
一通り確認し、次は自分のドラゴンに会おうと思う。
ドラゴンには6つの属性がある。ゲームで定番の火・風・水・土・光・闇である。
最初にもらえるドラゴンだが、俺は一番平均的という光ではなく、スピード特化の風を選んだ。やっぱり早く飛ぶドラゴンに乗りたい。
基本的に白く見える成竜だが、光の加減で青みがかかって見えるという、たいそう別嬪なドラゴンである。雄雌でいえばメスだ。是非この血統を強化していきたいものである。配合理論とか、聞いてもさっぱり理解できなかったけどね!
これは補足程度の情報だが、ドラゴンは雄雌ともに3回しか子作りにチャレンジできない。ゲーム的な意味で言えば、単一血統による世界制覇の禁止といったところか。
現実世界の競馬が廃れた理由として、特定の種牡馬が頑張りすぎて次世代のほとんどが近親交配になるといった事件が相次いだかららしい。それを意識しているという可能性もあるけど。
現在は牧草地で、ドラゴンとその乗り手に帰還命令を出したところである。
ご主人様命令ということで、我儘を言ってみた。訓練中断はステータスダウンになるかもしれないが、来たばかりだし、どうしても会いたいと我儘を言うぐらいは許してもらいたいものだ。
どうでもいいが、牧草地の草というのは意外と背が高い。
俺のアバターは完全に埋もれてしまうので、≪空中歩行・1m≫のオプションで浮いているが……なんとなく負けた気分になった。
このままではいけないと、俺はクローゼットから帽子のアイコンを選択。頭の上に乗せ、猫アバターからケット・シーのアバターになる。
この姿になると身長は150㎝まで伸びるので、草から頭を出すなど造作もない。
ちなみに姿が変わるのは、アバターの設定を一括変換したからだ。猫の姿になるときは鈴のアイコンを選べばいい。
姿を変え、しばらく待っていると強い風が俺に叩き付けられた。
風の発生源を見れば、人を乗せたドラゴンの姿が。
これが、猫と竜、初の会合となった。
俺の相棒である“パヴァ”――どこかの国の言葉で“風の踊り”という意味だ――は風属性のドラゴンの一種ウィンド・ドラゴンの混血種で、他の属性のドラゴンに比べ体が細く、翼が大きい。
鱗の色は白で、体毛は無いタイプだ。このゲームのドラゴンは2割ぐらいがふさふさした毛に覆われたファードラゴンで、そちらの方が人気があるというが、俺はドラゴンと言えばやはり鱗だろうと断言する。風属性だとブリザード・ドラゴンがそのファードラゴンだが、全く食指が動かない。特殊能力には少し心惹かれるものがあったので、いずれ交配したいとは思うけど。
それはさておき、パヴァはすぐにレースに出せる成竜であり、結構大きい。俺がこのゲームにログインした時に乗ったドラゴンよりもやや大きい。翼は広げれば18mもあり、口先から尻尾までも12mある。頭の角は4本。真っ直ぐ尖った感じのするやつだ。長さはどれも1m近い。
こちらを見つめる瞳はまるでサファイヤのように青く――というか父親がサファイヤ・ドラゴンという水属性のドラゴンなのである意味当然なのだが――澄んでいる。俺が主と分かっているのか、クリクリした目で俺の顔をじっと見ている。好奇心は旺盛みたいだ。
このゲーム、純血種と混血種、混沌種という分類がある。祖父母4頭の種族が同一であれば純血種、全て違えば混沌種、そうでなければ混血種となっている。
あと、公式ではないが、純血種同士を交配した場合は半純血種と呼ばれている。同じ種族が2:2であっても、純血種同士で無ければそうは呼ばれないので注意が必要だ。このあたりは種族ごとのスキル獲得条件と引き継ぎ条件に起因する。
パヴァはサファイア・ドラゴンとウィンドドラゴンの半純血種の父親と、ウィンド・ドラゴンとストーム・ドラゴン他の混血種の母の間に生まれた混血種である。血統的にはウィンド2:サファイア1:ストーム1と言ったところか。ちなみに祖父母どころか曾祖父母の代まで風属性でまとめてある優良血統らしい。
風の単一属性でまとまっている為、基本的なスピードの速さに加えて瞬発力と爆発力に優れるという特徴を持つ。旋回性能も高い。
反面、スタミナに大きく劣るという弱点があり、長距離レースに関しては絶望的。また、気性が荒く、騎手との連携に難があるのも風属性の悪い特徴だ。このあたりは俺次第というのが気に入った面もあるので、気性については悪いばかりでないのも確かだが。スタミナについては諦めているし、最初の方は短めのレースの方がぼろが出ないだろうという打算もあるので、そこは受け入れている。
余談であるが、光属性は平均的な能力を持ち気性が穏やか、闇属性は平均的に能力が低いが他属性との混血でその能力を極端にする特性があり、火属性は平均的に高い能力を持つがスキルの面で劣り気性が荒い。水属性単一のドラゴンは潜水能力を持ち「水中戦」で無類の強さを持つが「空中戦」に劣り、土属性単一のドラゴンは「地上戦」特化とそもそも他のフィールドでレースをしないといった潔さがある。ああ、水と土の2属性は気性が穏やかで持久力に優れていることが多いのも特徴だった。これぐらいの情報は下調べで分かっている。
パヴァは俺を見つけると、ドタドタと走って近づいてきた。
そして――
「クルルゥゥ!」
「おわぁっ!!」
鼻先を俺の胸にすり寄せてきた。
どう見ても小さな子供が親に甘える図に、俺は降りる機会を無くして騎上のまま所在なさげにしている騎手に声をかけた。
「この状況、何か説明できる?」
「いやー。この子、ものすごい甘えん坊みたいで。「気性が荒い」っていうより、「ワガママ」って感じニャンよ」
俺の声に答えた騎手は、メットとゴーグルを脱いだ。
その下にあったのは俺と同じ猫の顔。いや、品種が違うので全く同じではないのだが、確かに人とは違う、猫を思わせる顔だった。