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1月2週目 猫大人②

 猫大人(ニャンターレン)師匠の逸話は枚挙に暇がないが、特に深く記憶へと刻まれたのは、俺の初陣である。


 あの時、俺たちは劣勢だった。

 味方は少なく、敵は多い。クラスの友人に頼まれ助っ人として参戦したのだが、素人を援軍に頼むほど状況が悪かったと言えば分かってもらえるだろうか? そのまま戦えば、負けが確定した戦だった。


 俺達はそれでも戦うことを選び、誇りを示そうとしたのだが、ニャンタ師匠だけは違った。

 勝つために、徹底的に周囲を巻き込んだのである。悪い意味で。

 あの時、ニャンタ師匠が打った手を正確に理解している人間は誰もいない。ただ、言えることは結果だけだ。


 敵対している者も中立の者も関係なく、ひたすらすべてを戦争に巻き込み。

 状況を混乱させ敵味方の区別をなくし。

 大所帯の敵が特に被害を受けるよう、周囲を誘導した。


 時に変装して疑心暗鬼を招き。

 時にだれが言い出したかもわからない怪情報で人を操り。

 時に弱みを握り、相手を脅し。


 本当にロクでもない手段で、誇りとともに殉死しようとした仲間の覚悟を置き去りにし、見事勝利を掴んで見せたのだ。

 本人も混戦の中、その武を披露してはいたが。俺にしてみれば、そっちよりも暗躍の事実だけが深く記憶に残っている。いや、他のみんなも同じだろう。


 ゲームである以上、必勝無敗という訳ではないが。

 それでも「やるからにはルールの中で取り得るすべての手段を使って勝つ」というスタンスを絶対に崩さない人だった。


 しかしニャンタ師匠はその苛烈なまでの勝負根性とは裏腹に、普段勝負が絡まない時は非常に面倒見のいい人である。悪辣と言っても過言でないその手法も味方に振るわれることはなく、仲間を叱咤することはあっても、悪いイメージの無い人だった。


 ただ。

 VRゲームの特訓という事で。

 地獄というか。

 一部の出来事に対しちょっと(?)した精神的外傷(トラウマ)を抱えていて、頭が上がらないというよくある話である。



「ご無沙汰しております。師父(しふ)

「うむ」


 右の拳を左の掌で包み、一礼。

 ニャンタ師匠は香港出身の中国人で、オフ会で見せてくれたリアルの姿はイギリス人(金髪碧眼)のそれである。

 流暢(ネイティブ)な日本語を操ることが出来るのだが、身内だけの時は怪しい中国人の喋り方をする。


「して。お(ヌシ)がここに来るとは、珍しいでアルな。またやらかした(・・・・・)のか」

「ご賢察の通りです、師父。己の未熟さに、打ちのめされておりました」

重畳(ちょじょう)、重畳。相も変わらず繊細アルな。無茶をする割にすぐに転ぶ。立ち上がるのが早いのは美徳だけど、転ばぬ慎重さをそろそろ学ぶアルよ」


 口元の、白く長い髭を撫でながらニャンタ師匠は呆れたように言う。昔から面倒をかけていたため、成長してない事に対する呆れも苦笑に変わる。


「“最初からラストスパート”事件の事とは違うようアルが……今度は何をしたアルか?」


 ぐっ。

 先週の一件、言われるとは思っていたが、やはり言われたか。

 あのあと、からかう為のメールが何件か来ていたが、ニャンタ師匠からも、もちろん届いていた。

 当分言われ続けるんだろうなぁ。


「重賞に挑戦するにあたり、騎手としての未熟をかみしめていました。しかしながら、本日より参戦するにあたり、師父のお言葉を思い返すべくここに参った次第です」

「「やるからには勝て」アルな。初心に帰るとは結構、結構。この分なら、吾輩の助力助言は要らないアル」


 糸のように細い目をさらに細め、ニャンタ師匠は満足したように微笑む。


日々是修行也ひびこれしゅぎょうなり。精進するアル」


 そう言ってニャンタ師匠は店に入っていった。

 俺もおともするべきかと付いて行こうとしたが、「勝負前に、訓練するアルか?」と言われては下がるしかない。


 俺は牧場に戻り、残り時間はパヴァと訓練をしていた。





『天空回廊、本日最終R(レース)、クラウドゲートステークスGⅢ(ジースリー)。16頭で雲海を渡る、12㎞のコースです。直線のみの、短距離スピード勝負(ライトニングブリッツ)です』


『パヴァ5番ゲートに入りまして、一番人気クロクヒカルアイツが8番ゲートに入ります。最後にウンカイテイオー。……全ドラゴン、ゲートに入り終えました』


 他の出走者の情報は、調べていない。

 いくつか聞き覚えのある、オープン前に一緒に飛んだ連中がいるが――追いつかれた、という事だろう。パヴァの人気はそれほどではなく、足踏みしたことと、俺というマイナスファクターにより8番人気、単勝11倍という結果になっている。


『青のランプが付きまして――全ドラゴン一斉にスタートを切りました』


 だが、周囲の評価など気にするべきではない。

 自分の全力を持って事に当たるだけだ。


『まずは先行争いです。パヴァが躍り出ました。その後方からはクロクヒカルアイツが追走している。そこにウンカイテイオー加わりまして、バブルクラッシャー、ミズミズアクアが――』


 数少ない、12㎞直線のレース。

 騎手たる俺の未熟さが影響しにくいのでこれを選んだ。


『先頭はすでに半分を切った! 先頭はパヴァ、先頭はパヴァ! 会心のリードを維持して、残り6㎞を通過した! 2番手集団固まっていますが、ウンカイテイオー単独トップ、クロクヒカルアイツが並んでいます』


 二番手はコロコロ変わっているようだが、やや引き離した状態を維持している。

 そちらに意識を向けることなく先頭を飛ぶ。


『おお、おお!! 東の端より雲流が巻き起こる! コースの半分が雲の壁に(おお)われた!!』


 っ!?

 ゴールまで残り3㎞のあたりに、雲の壁が出来上がった。天空回廊の名物ともいえる現象だ。

 雲とはいえ、時速1000㎞オーバーで突っ込めば大怪我は必至。普通のドラゴンなら回避するしかない。


「パヴァ! ≪風の加護≫を!」

「クルゥゥゥゥ!!」


 ラストスパート用にスタミナを温存していたが、それを削って別スキルを使用。≪風の加護(シルフィード)≫の力で風の結界を纏う。


「グッ!」

「クゥゥ!」


『コースに現れた雲の壁、そこにパヴァが突っ込む! 壁に大きく穴が開いた!! 後方集団、そこに追従する!!』


 パヴァのスキル≪風の加護≫は雲や雨程度なら無効化可能な防御スキルだ。今回のような事態でその真価を発揮する。

 しかし、雲を切り裂いた分、他のドラゴンに道を作ってしまうという欠点もある。自分はスタミナを消費して道を作り、そこを他のドラゴンが通る。かなりのロスであり、致命的とは言わないが、利敵行為に他ならない。


『壁を抜けた先、ドラゴン達のラストスパート! 先頭は変わらずパヴァだが、他のドラゴンの追い上げも凄い! ウンカイテイオーが一気に来たぁっ!!』


 ≪限界飛翔≫を使うものの、≪風の加護≫による消耗のせいでいつもより加速が弱い。

 逆に楽をできたウンカイテイオーは余力を全てラストスパートに回すことが出来たので、ものすごい追い上げをしてくる。


『これはいけるか! これはいけるか!? ウンカイテイオー、パヴァの鼻先まで追いつい――ゴォーーーール!!』


 ギリギリで。

 本当にギリギリで。

 どちらが勝ったか、全く分からない勝負になった。


『これはここからでは判らない! 勝負の行方は写真判定に任されます!』


『勝ったのは……パヴァ! パヴァが一着!! 二着ウンカイテイオーです!! 鼻一つの差でした!! まさに接戦、どちらが勝つか分からない勝負でした!! 一着はパヴァ、二着ウンカイテイオー、三着ミズミズアクア!』


『パヴァ、無敗のまま重賞を制覇しました!! このドラゴンは強い!!』



 判定が、下る。

 何とか今回も勝ちを拾えたようだ。最後、待たされた分だけ、どっと疲れが押し寄せてきた。



 俺は写真撮影と表彰を終えるとそのままログアウトし、眠りに就くことにした。


「あー、今日はイベントが多かったなー」


 まだ昼過ぎだったのでただの昼寝ではあったのだが、夕方までぐっすり寝てしまい、夜、なかなか寝付けなくなってしまった。

 仕方ないのでそのままログインして、パヴァと戯れ、二人だけの祝勝会をして時間を潰した。

 俺はどこか重賞初制覇の実感もないまま、この日を終える。


 ちょっとした、爆弾に気が付かぬまま。

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