ゲーム・スタート
空を、ドラゴンと飛んでいる。
アバターひとつでドラゴンの背中にしがみつき、俺は空を往く。
白く分厚い雲を突き抜け、躍り出たのは眼下に雲海を仰ぐ絶景。無限に広がるかのような白が俺を圧倒する。
現実世界なら寒さで凍えるんだろうけど、俺がいるのはVR世界だ。前に進むことで発生する強い風も無い。だからただ雄大な景色を見渡すだけの余裕がある。
俺が呆けたように雲海を見ていると、騎竜が方向を変えた。
切り替わった視界に移るのは、数多の浮遊岩に囲まれた天空大陸『ドラゴンズ・ヘヴン』。『光』属性のドラゴンたちの故郷にしてドラゴンレースの聖地。遊園地にありがちな白亜の城を載せた『陸地』の周りには、今もあまたのドラゴンが飛び交っている。
「竜巻の中じゃないんだよなー」などと、どうでもいいことを考えていると、騎竜はそちらに向かって飛んでいった。
騎竜は城の外壁外側、発着場――でいいのか?――に着くと、ふわりと、一瞬浮遊感を感じさせ、着陸した。加速にはGを感じないのに、運営はこんなところだけ気を利かせてくれる。先ほどまでの、風を感じない飛行は少し物足りないものがあった。だからこそ、こういった演出を嬉しく思う。
着地した騎竜は「降りてくれ」というかのように、体を低くしている。
足の先から地面まで約1m。ちょっと怖かったが、VRだし大丈夫だろうと飛び降りる。思った通り余計な衝撃が来る事も無く、無事に地面へと降り立つ。
ふぅ、と安堵の息を一つ吐く。
少し下を向いた視線を真っ直ぐに戻すと、目の前に――いや、地面に足を付いているので1m以上、上を見なくてはいけない。
距離が近すぎるだろうと言いたいが、NPC相手に言ってもしょうがない。後で運営に苦情を言おうかと思いつつ、目の前の女性NPCの顔を見上げると、彼女はこう言った。
「『ドラゴンソウル・リンケージ』の世界へようこそ、『猫村』様。我々はあなたの来訪を歓迎します」
余談ではあるが、俺のアバターは黒猫。獣人などというチャチなものではない。見た目は完全に猫のそれである。
現代のゲームというモノは、基本的に会社との契約である。
ゲーム会社はゲームを単体で売るのではなく、その会社が扱うゲームを月単位で供給する。「どのソフトを」ではなく、「運営しているゲーム全て」を提供するのだ。
このシステムは、はるか昔、ゲームをソフト単位で販売していた時に不正コピーが横行したからだと言う。また、ゲームのオンライン化が進んだことも理由として挙げられる。
このシステムの利点は、やっているゲームに飽きた時に好きなタイミングで次のゲームをできるという点だ。別に辞めなくても、複数のゲームを同時進行してもいい。常に10本以上ゲームを提供しているところがほとんどだ。手元に現品が残らないので飽きたゲームを売らなくてもいいなど、地味に利点は多い。
サービスが中止されてしまっても少額でデータの基本部分を購入することもでき、それらについてはコピーされようと会社側への被害は皆無に等しい。
定期的に定額が出ていくのはデメリットだが、内部で課金サービスもあるので基本料金は安い。月額1000新円程度のところが多く、毎月どころか隔月でゲームを買うよりも安いのではないだろうか。
ゲームがこういった形で販売されるようになり、企業はそれぞれ独自色を出していく。
PRG専門など、ジャンルで縛りを入れるわけではない。
「ほのぼの系」「ハード系」「まったり系」など、イメージ的なカラーである。
たとえばRPG。古い時代のMMOにあるようなプレイヤー同士の殺し合いは法律で禁止されているが、簡単に死ぬ難易度の高さ、それに見合った報酬の良さ。ギリギリのバランスを考えた戦闘と襲いくるトラップ。それらを相手にする緊張感を欲しがる人向けの物があれば、デフォルメされた動物と触れ合い、ファンシーなエフェクトで戦うコミカルな物もある。
基本的な方向性を打ち出し、それをアピールするのが今のゲーム企業だ。
どうでもいい話ではあるが、ゲームはVRだけではないし、そちらメインの会社もあることを付け加えておく。
今回俺が契約した会社は『フェアリー&ドラゴン』という会社で、系統としては「モンスター系」で「シミュレーション特化」となる。
普通の会社はカラーはともかくジャンルは幅広くやるものだが、F&D社はシミュレーション限定で有名だ。まあ、シミュレーション限定とはいえ、手広くやっている印象が強いが。モンスターをペットとして育成するゲームやフェアリーと一緒にお店をするとか、そんなゲームが多い。
しかし、その手のゲームはこの会社の本質ではない。
F&D社が最初に作ったゲームにしていまだに現役という長寿ゲーム。その他のゲームはここからの派生と言っても過言ではない、有名タイトル。
それが、『ドラゴンソウル・リンケージ』だ。