彼の朗読
その日、男は病室に入るなり「毎日お騒がせしており、申し訳ないです。」と、私に対して謝罪の言葉を口にしてきた。
私は予想外な事態に戸惑いながらも、気にしなくても良いと男に返したが、その日の朗読は聞き取れないぐらいに小さな声だった。
男が帰っていくのを耳で確認してから、私はあの看護婦に心の中で悪態を付く。
翌日、いつもの時間に現れた男に声を掛けると、カーテンの内側へと来るように伝える。
男が入ってきたのを確認すると、私はぶっきらぼうに言葉を紡ぐ。
「気になるんだよ」
私の言葉に対し、戸惑いの音を漏らす男。
私は察しが悪い男に対して顔を横に向けると、語気を強めて言葉を放つ。
「小声で読まれると、逆に気になるんだ!今まで通りに読めよ!」そう言い切った後に、小声で「私の暇つぶしにもなるし」と付け加えると、男は何度も感謝の意を口にしながら去っていった。
暫くすると、男の朗読が始まる。
その聞き取り辛く、声だけは無駄に大きい朗読を聞きながら、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
まずは前編はこれで終了となります。
後編も連載を行いますので、再びお付き合いを頂ければ幸いです。