センパイぬくいっス。
「さむ……」
まだぎりぎり秋だって言うのにえらく寒いっスね。
昨日まではそんなんでもなかったのに、いきなり寒いっス。
あ……
もしかして女子の体だから寒いんスかね?
そうかもしんないっス。
大変っスね…… 女子の皆さんは。
「はぁぁ……」
僕は手を擦りながら、息を吹きかける。
特に手が寒いっス。
ちょっと痛いくらいっス。
何とかなんないっスかね?
「寒いのか?」
「寒いっス…」
「そっか…… ほら」
「え……?」
センパイが僕に向かって手を差し出す。
え?
なんスか?
「ほら、手ぇだせよ」
「手っスか?」
僕は良く分からないまま、カーディガンの袖に隠れた両手を出す。
「うゃ………」
「ほら…… どうだ?」
センパイがいきなり僕の両手を、両手で包む。
ちょっとびっくりしたっス…… 変な声でた。
「暖かいか?」
「はいっス」
そう言って微笑むセンパイ。
なんか手がこねこねされてるっス。
こそばい。
「相変わらず反応薄いなぁ…… 仮にも俺の彼女になったんだろ? もうちょっと反応あってもいいんじゃないか?」
「彼女ってどんな反応すればいいんスか?」
「え……? まぁ、そうだな…… ありがとう暖かいよ! とか、やさしいね! とか言うんじゃないか?」
「ありがとっス…… センパイ優しいっス」
センパイがそう言うので僕はとりあえず口にしてみる。
「うわぁ…… 全く感情こもってねぇなぁ……」
「そっスか? けっこう込めたつもりスけどね」
「あー…… 俺が悪かったわ、お前に普通は無理だな…… じゃあ今お前が思ってることを正直に表現してみてくれるか?」
「正直にっすか……?」
「ああ、今朱音がどう思ってるのかを素直に俺に教えてくれ」
素直に…… 素直にっスか。
んと……
「センパイの手……」
僕はセンパイの手を握り返す。
「ぬくいっス」
そして、ちょっとだけ笑ってみたのだった。
「…………………………………ぁ」
ポカンとしながら僕を見つめるセンパイ。
ん?
どうかしましたか?
「ぉ…………まじか」
「なにがっスか?」
「あ……ぃや…… こっちの話だ」
「そっスか」
そう言って僕から手を離すセンパイ。
なんか、顔が赤いっスけどどうかしたんすかね?
ま…… なんでもいいスけど。
手も暖かくなりましたしね。
「さ…… 学校いきましょ」
「お…… おぅ」
「やべぇ…… これガチで本気になれそう」
「え? なんかいいました?」
「…………………………なんでもねぇ」
「そっスか」
――――
「おはよっス」
僕は教室に入って自分の席に座り、そして隣の席の雪さんに声をかける。
「あ、朱音くんおは…………よ?」
ポカンとして僕を見上げる雪さん。
どうしたんスか、口を開けて。
綺麗な顔が台無しっスよ?
「朱音…… 君?」
「そっスよ」
「え? 女の子だよね」
あ…… そうでした。
「そっスね」
「なんで……?」
「えっと、話せば長いっス」
「き、聞かせて? 私達友達でしょ?」
「そっスね…… 話します」
雪さんは僕の数少ない友達っスからね。
◇
「へぇ… そんなことがあったの」
「はい、ありました」
雪さんが僕の顔を見ながらしみじみと呟く。
「それで、朱音君は本当に上條センパイの彼女になるの?」
「はい、センパイには恩がありますからね、センパイが望むなら努力はします」
僕がそう言うと、雪さんは心配そうな顔で僕を見る。
「ねぇ… 朱音君って彼女が何をするかって知ってるの?」
「知りませんが?」
「はあ……………………… 朱音君」
雪さんが目のあたりを押さえてため息をつく。
どうしました?
「朱音君…… ちょっと耳かして?」
「はい……?」
僕は雪さんに耳を向ける。
雪さんが僕の耳に囁き始めた。
ちょっとこそばいっス。
「あのね…… 朱音君」
「はい……」
「彼女になった女の子はね……」
「はい……」
「………で、………が、………だよ」
「え……?」
「他にも……」
「ええ……?」
「更に………」
「えぇぇ……」
な……
なんですって?
付き合うってそういうことを……?
す、するんですか?
ほんと……スか?
うわぁ…… たいへんスね。
「あ……… 朱音君?」
「………………………っ」
こ、これは予想の斜め上っス。
「ぅ………………ぅ、うぁぁ……」
………?
ゆ、雪さん?
どうしたんスか?
「うわぁああああぁっ! か、可愛い!! ちょっと顔赤くして無言になっちゃうとか可愛いぃ!! ちょっと戸惑った表情なのがまた可愛い!!」
「ゆ、雪さん?」
ど、どうしたんスか?
テンション高いっスね。
「ああ、可愛い! かわいいよ朱音ちゃん!」
「お、落ち着いてくださいっス」
◇
「ご、ごめんね朱音ちゃん」
「いえ、いいっスよ」
雪さんがちょっと焦りながらそんな事を言う。
てか、呼び方はもう「朱音ちゃん」で決定なんですね。
まぁ、別にいいスけど。
「と、とにかく、上條センパイには気をつけるのよ! 男は本当にそう言うことするんだからね!」
「はぁ…… 気をつけるっス」
てか、僕…… 元男なのにそんなこと全然知らなかったっス。
男ってハードル高いんスね。
「本当に気をつけてね! 朱音ちゃん!!」
「はい…… わかりました」
確かに気をつけた方がよさそうっス。
でもどうやって気をつければ?
んー…………?
えっと………
わかんないっス。
てか、考えるの面倒くさいっス。
まぁ、いつも通りでいいっスよね?
いつも通りでいれば、センパイだって僕にそんな事しないっスよね?
だって、僕相手にそんなことしたくならないっスよね?
うん…… 多分そうっスね。
いつも通りでいいっス。
「だけど…… 本当に可愛いね、朱音ちゃん」
「そうスか?」
「そうだよ! サラサラの黒髪で、可愛いたれ目で、桜色の唇で…… さっきから皆がこっちを見てるの分かってる? あれ、皆、朱音ちゃんを見てるんだよ?」
「そうなんスか?」
「うん…… 皆、”あの美少女誰?”って言ってるよ? 皆になんて説明するの?」
「うーん…… 説明めんどうくさいからしないっス」
「そうなの? わかった……! じゃあ、私が皆に上手いこと説明しとくね!!」
雪さんが僕の手を握って力強くそう言ってくれる。
雪さん凄く力つよいっスね?
「いいんスか?」
「いいよ! 友達だからね!」
「……………………ありがとうございます、じゃあ、お願いするっス」
いい友達を持てて僕は幸せっスね。
嬉しくて頬が緩むっスよ、ちょっとだけ。
「……………………ぁ」
うん? どうかしました?
「わ、わかった! わたし… 私頑張るね!」
「は…… はい」
ど、どうしたんスかね?
雪さんめっちゃ、テンション高いっス。
何かいいことあったんスかね?
ああ… 朱音かわいいよ朱音。
マジで朱音の手を包みこみたい。
マジで。