06-抗えぬ流れ
あの夜、かの人に送られた先で出会ったのがザックだった。
ザックはどうすればいいかわからないレイアに詳しい事情やこれからの事など様々な事柄を今の地に着き落ち着くまでの一年程の間に、各地を転々をしながら教えた。
どちらかというと強面うえ長身でがたいのいいザックは厳つい男だ。さらに必要なこと以外自分からはめったに話さないので取っ付きにくそうな印象だが、実際は低く落ち着いた声音と包み込むような優しい雰囲気を醸し出しており、レイアにとっても直ぐに頼りなる存在となった。
そんな彼が選んだ地がロッソ村である。ここはグラッドストーン公爵領の一部ではあるが、領地と言ってもほとんど忘れられているような端の端に位置する小さな村で、決して豊かとは言えないが少ない村人たちと協力し合いささやかだが穏やかな暮らしを送ることのできる場所だ。
レイアがラルスを産み、今の地での暮らしに落ち着くと、ザックは他にもすべきことがあるようで旅立っていった。それでも2・3ヵ月に一回、少なくとも半年に一回は今でも様子を見に来てくれ、ラルスも彼を父のように慕っており、彼が来るのをいつも楽しみにしている。
その息子のラルスは年の割に頭も良く、朗らかで、少し過ぎるくらいに活発な少年へと成長した。たまに訪れるザックと自分と息子と、このまま何事もなく穏やか暮らしていけたらと思っていたが……
――この平穏も、もうあまり長くは持たないのかもしれない
少し前から体調崩しがちになっていたところに、流行病にかかってしまった。今日は不思議と気分が良いが、自分の命が刻々と零れ落ちていくのを感じていた。そして自分の命が散ったその時が、かの人が言っていたラルスの茨の道のはじまりとなるのだろう、と予見めいた思いが過ぎる。
――私があの子に出来る限りのことはしてきたつもり。
きっと私が死んだらあの子は悲しむでしょうけど……、あの子を愛し、大切に思ってくれてる人たちがいるのを知っているからそれほど心配は感じない。
……でもあの子の成長を見守れないのは……やっぱり、寂しいわ……
過去と現在と未来に思いを馳せながら、レイアは微睡みに沈んでいった。
ところ変わって居間にて。
「ザック、どうしよう。
母さんの具合、どんどん悪くなってるんだ。今日は調子がいいみたいだけど、昨日とかもう起き上がるのも辛そうだったんだ。
俺、できるだけ栄養のある果物とか体に良いって聞いたものとか色々採ってきて母さんにあげるんだ。でも一口、二口食べて、後は俺に食べなさいって……。食欲もないみたい。
ねぇ、ザック、…………母さん……死んじゃうの……?」
「ラルス……」
レイアの前での姿とは一転して、今まで見たこともないほど力無く項垂れたラルスの姿に、ザックは掛ける言葉を見つけられず、その頭に手のひらを乗せ緩やかに撫でることしができなかった。
戦いの場に身を置き、また彼方此方を旅し、これまでに多くの死を目にしてきたザックにはわかってしまっていた。レイアに死の影がまとわりついていることが……。
それでも……
「2つ隣の領地のサルラキアという町に、この流行病に効く薬があると聞いた。明日の朝ここを発って、行ってくる。一週間、いや、5日で戻ってくる。待ってろ」
「……うん」
ザックもラルスも、レイアがあと5日持ちこたえることができるかどうかわからなかった。
たとえ間に合ったとしても、回復する保証もなかった。むしろ、ほんの少し永らえさせるだけになるとわかっていた。
それでも…………何かせずにはいられなかった……。