森林の乙女 6
「あ、あの……、今日はとてもいい天気ね」
「そ……、そうだね」
言って男は苦笑いをしつつ両手で小さく"お手上げ"してみせる。
「わたしも初めて弓を持った時は全く的に当たらなかったわ」
「えっ?」
そう男が驚くのも無理はない。なぜならばシェイン族の女性は狩りをしないからだ。しかし彼女は育ての親である祖父に遊びがてら弓の扱いを教わっていたのである。
「弓、使えるの?」
「少しね」
と彼女が短く返事する。それに興味を持ったのか、
「良かったら、お手本見せてくれないかな?」
と男が言いつつ持った弓を彼女に向けて、こちらへ来るように促す。誘われるまま彼女が男の方へと近寄っていき、仕方なさそうに弓を受け取る。そうして弦の張り具合を確認する彼女を男は不思議そうに見つめていた。
「かなり固いわね、少し緩めてもいい?」
「いいよ」
それを聞くと彼女は弦の調節をし始め、ものの一、二分で調節を終えると一つ深呼吸をして弓を構えようとする。
男は、
――そう簡単に引けるものか。
とタカをくくっていた。だが彼女はそんな男の予想を裏切って、あっさりと弦を引いてしまう。
「うん、こんなものね。それじゃあ矢を貸してくれる?」
戸惑いつつ男が矢筒を渡すと、彼女は人差し指を口に含み、それから空を指差した。
「それは?」
「風を読んでるの。こうして指を濡らすと風の吹く方向がひんやりして、どう流れているかわかるのよ」
「へえ」
言いつつ男も彼女の真似をしてみる。
「ほんとだ、今は風が右から左に流れてる」
「そうね、じゃあやってみるわね」
言って彼女は目を閉じ、深く静かに呼吸をして精神統一をはかる。周囲にはごく僅かに風の吹く音が聞こえ、それに応えるように草木もなびいていく。だが彼女の精神が外界を離れて深く沈んでいくと、木々はおろか空も無くなった。まるで万籟息をひそんだかのようだ。それでいて彼女自身だけがそこに在る。やがてその存在も居なくなった頃、彼女はゆっくりとまぶたを開いた。碧青のつぶらな瞳に映るは十五メートル先の的。徐々に狙う的が大きくなってこちらに向かってくる。そんな彼女の様子を男が固唾を飲んで見守っている。そうして彼女のことを北欧神話に登場する戦乙女のようだとも思っている。