森林の乙女 5
外は快晴に恵まれ、そこここで小鳥達が歌っている。ふと空を見上げれば、木々の隙間から光条が幾重にも辺りを射していて美しい。霜柱を踏む感触を楽しみつつ彼女が歩き進むと、これから向かう行き先から、コォーン……、コォーン……、と不規則に木を打つ音が聴こえてくる。不審に思いつつなるべく足音を小さくして、身を屈めつつ花を摘みに向かう場所にそろそろと進んでいく。そうして目的の場所に着いて、おもむろに茂みからこっそりと顔を出して様子を窺ってみる。すると視線の先には集落を作る際に木々を伐採したために出来た空地が広がっていて、その中央に一人の男が立っていた。
よく見るとその男は紫のコートを羽織り、その下に白のセーターに褐色のズボン、それから首に巻いた赤のマフラーを風に靡かせている。栗色の髪と犬耳は陽光に照らされて、金色に輝いているのが特徴的だ。遠目に見つつ彼女は脳中にて集落の住民達と男を照らし合わせていた。そうして彼女は自身の犬耳を無意識にねじりつつ、しばらく男の様子を見物することにした。
いましがた、男は弓を構えて練習用の的を見据えている。ややあってゆっくりと弦を引き絞り、矢を放つ。が、どうにも一連の動作にはぎこちなさを感じる。放たれた矢というと、途中でおじぎしては届かなかったり、たまに届いても的からあちこちと外れたり、酷い時はまるで別の木に刺さってしまう具合である。そんな様子に歯痒く思っていたのか、彼女がスカートの裾に隠れているしっぽをムズムズとじれったそうにして振っている。やがてしっぽのムズムズが我慢できなくなると、たまらず彼女は茂みの中から勢いよく顔を出した。それに気づいた男が振り返った途端、ふいに空間と時間が凝縮されたような静寂が二人を包みこんでしまった。
彼女にしてみれば、それは気まずさからの沈黙であった。しかし男からすれば、その沈黙は全く別の理由に起因している。世の男というものはあまりに美しいものを見ると、まず声を失い、次に身を動かすことを忘れ、ついには感覚が麻痺してしまう。今ここで彼女を見つめている男もその一人であろう。
男は、
――兎なら仕留めて初の獲物を持ち帰ろう。
そう思っていた。しかしそんな功名心は一瞬にして吹き飛んでしまった。そうして空っぽになった頭に違うものが入ってきた。それで男は稲妻に撃たれたような顔をして固まっていたのである。そんなこととは露知らず、まるで死のような、鈍重なる沈黙に気まずさを感じた彼女は、このどうにも不味い雰囲気をなんとか変えなくては! という焦りを覚え、やっとの思いで浮かんできた言葉を口にした。
「こ、こんにちは……」
その声は自信が無さげで申し訳なさそうに出てきたが、まるで時が止まったかのような男の意識を揺り起こすには十分であった。